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第十章 154.王都防衛戦

【突発更新まつり最終日!】

「なんだ、女か」


 城門の上に、艶やかな桃色の衣に鈍い金色の鎧をまとった竜将ドラゴニアの姿を認めて、ダイダロス将軍はせせら笑った。


「将軍、侮ってはなりませぬぞ、彼女もおそらくマッサリア五将の一人」


 忠告するのはカクトス。

 アンドラスのお目付け役のダイダロスのさらにお目付け役である。

 彼もまた、セレウコスらマッサリア人から詳細な話を聞いていた。


 女将は城門前の馬防柵の構築を急がせてるようだった。


「戦象部隊がいればよかったのだがな」


 彼らを襲った悲惨な運命を知らぬダイダロスは、つぶやく。


「騎兵を突入させろ。作りかけの馬防柵など無いも同じ」


 ドラゴニアだけに気を取られていたダイダロスは、エウゲネスが不在の王都の兵は少ないと見て一気に力攻めに攻め寄せた。


「かかったぞ。今だ!」


 門を開いて出撃したメラニコスたちが、柵に阻まれて右往左往するダイダロスの部下の騎兵に槍を突き立てていた。

 激しく叱咤する。


「ひるむな! 王都を守れ!」


 呼応してダイダロスたちからも声が響いた。


「寄せろ、寄せろ。空の王都は空樽(あきだる)も同じ。押し潰せ!」


 投石器から巨岩が空を飛ぶ。

 城壁には、いくつもの長い梯子(はしご)がかけられ、アリの列のように兵士が登ってくる。


「ここが勝敗の分かれ目、引くな!」


 ドラゴニアのよく通る声に兵たちは奮起する。


(メラニコスらしくない……普段ならあの程度の寄せ手など簡単に返り討ちにしてしまおうものを)


 メラニコスは、ある程度戦ったあと、王都の中に引き上げてきた。

 疲労の色が濃い。


 王が同行を許さなかったのももっともだとドラゴニアは思った。


「ドラゴニア、どうしたの?」


 見れば、ルルディ妃が大きな石を抱えてきて、城壁にかけられた梯子めがけて投げ落とそうとしていた。

 あわててそれを手伝っていると、


「王妃様、はしたないことを」


 戦時だというのに、華麗な絹を着て銀の花冠を着けた位の高い侍女たちが走り寄ってきた。


 ルルディは侍女たちにピシャっと言い返した。


「ここが落ちたらどうなるのかわかっているの? ほら、そこでテオドロスのばあやが笑っているわ。ああなりたいの?」


「ばあや」は元アルペドン王国の王妃。

 息子たちをすべて失い、槍の穂先に捕えられ、マッサリアの王子の世話をするという屈辱。


 なお言うなら、ルルディは臣下の裏切りによる落城、逃避行の経験がある。


 女たちは沈黙し、次いで、石礫(いしつぶて)や瓦を剥いだものを城壁から投げ下とし始めた。


「どいた、どいた!」


 威勢のいい掛け声に合わせて煮えたぎった油の大鍋を運んできたのは厨房の料理人だ。


「下がっておくんなせえ。危ねえから」


 そして柄杓(ひしゃく)で、ダイダロスの部下たちに熱い油を浴びせ始めた。


「ぎゃああー」

「熱い、熱い」


 悲鳴を上げてはしごから転落していく東帝国軍の兵士たち。


「ぬうう。城主を欠いているのにここまで粘るとは」


 ダイダロスは歯噛みして悔しがった。


 いったん兵を引き、包囲の形をとる。


「ダイダロス様、敵は思った以上に多くおります」

「貴様に言われなくてもわかっているわい!」

「包囲して兵糧攻めにすれば、城内の敵兵の数が多い分だけこちらは有利」

「ん……なるほど」


 ダイダロスは改めて王都の周辺を丁寧に偵察した。

 東、南、西は耕地や原野だが、北は川の急流が削った崖となっており、ここを封鎖するのは至難の技だった。


 果たしてそこを介して穀物の袋が運び込まれる。

 王都の壁からスルスルと綱が降ろされ、穀物袋はそれにくくりつけられて城内へ運び込まれる。


 北の壁の抜け道を塞ごうとダイダロスは躍起になったが、地理を知り尽くしているマッサリアの農民たち、簡単には打ち取れない。


「カクトス! 周囲の村を襲うのではなかったのか!」


 イライラとダイダロスが怒鳴る。


「申し訳ありません。ここまで兵が残っているとは思いませんでした。農村を襲いに動けば、予想以上の数が城内から打って出るでしょう」


 完璧に包囲もできず、内から野戦を挑むには援軍というものが足りず、王都を巡る戦いは膠着したまま春を迎えた。


 城内の穀物はとっくに配給制度となり、ルルディが先頭に立って華美を戒めた。


「一つかみ分、兵士に回しておくれ」


 ルルディは、自らの配給分を兵士のための麦の(かめ)に入れた。

 侍女たちも、しぶしぶそれに従った。


 冬の間、王都の女たちは暖かい羊毛を紡ぐのを止め、包帯に使う亜麻を(つむ)に巻き取った。


──ああ、運命の神よ、愛しい人の生命の糸を絶たないでおくれ、この戦いが終われば、望むままに(にえ)を捧げようほどに──


 錘が回り続け、糸が伸び続ければ大丈夫……。

 いつもの調子の良い歌ではなく、哀歌が労働の歌となった。

 

 錘は回る。

 くるくる回る。

 細い繊維を巻き付けた棒からきれいに撚られた糸が生まれ、錘に巻き取られていく。


 まだ恋を知らぬ少女たちは年寄りの言う「かつて混沌(カオス)の中から秩序ある世界(コスモス)を紡ぎ出したのは無名の女たちだった」という昔話を聞きながら。


 あるいは、敵の剣の林の中で、旧帝国の最後の幼い姫がおぼつかない手で糸を撚りつづけ、羊毛が尽きるとともに命を奪われた話に涙しながら。


 春。

 しかし、春と言うには足りぬものがある。


「ドラゴニア、切られてしまいましたわね」


 彼女には王妃の言わんとすることがすぐに分かった。


「毎春、見事な花をつけていたものを」


 塔から見渡せる果樹の畑は、東帝国軍の(たきぎ)にするためにすべて切り倒されて裸山になっていた。


 東帝国軍はレーノス河を遡上して最短距離で物資を補給していたが、薪は現地調達だ。


「エウゲネス様が償わせるでしょう、きっと」


 東帝国軍を内陸奥深くまで誘い込んだマッサリア・アルペドン軍の様子を知ることは難しい。


「アルペドンに入ったそうね……」

「マグヌスがいてくれたら」

「そうね。アルペドンにマグヌスが居れば負けることはないわ」


 ルルディは彼女一人の胸のうちに秘めた思いに、わずかに頬を上気させた。



お付き合いくださりありがとうございました。

【突発更新まつり】は本日をもっていったん終了させていただきます。


これからも主人公マグヌスと彼を取り巻く人々の数奇な運命を描いていきます。


次回は来週木曜夜8時ちょい前です。

どうぞよろしくお願いいたします。

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