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第十章 153.煙撃

【突発更新まつり実施中】

 ろくに戦いもしないで退却していくマッサリア軍に、東帝国軍の総大将アンドラスはだんだんと不安をつのらせた。


「メントール将軍、どう思われる?」

「戦象に恐れをなしているものかと」

「なら良いが……」


 メントール将軍は鼻の下に蓄えた髭をなでながら、子供をなだめるように言った。


「恐れ多くも皇帝陛下の軍でありますぞ。刃を向けるなどもっての外。平伏して我らを迎え入れるのが当然でしょう」


 アンドラスは返事をしなかった。

 確かに緒戦では戦象は十分な働きを見せた。

 しかし、その後はどうだ。

 騎兵隊にあしらわれて何の戦果も上がっていないではないか。


「カクトス……私はもしかしたらお前の恐れる学友と戦っているのかも知れないな」


 四つの軍団はシュドルスの部隊を先頭に、逃げる敵を一団になって追った。


 進路に略奪できるものはほとんど無かった。

 住民たちは避難していた。

 井戸には動物の死骸が投げ込まれ、汚染されていた。


「どこまで逃げる気だ?」


 頼みの綱の船からの物資も敵に奪われた。

 次の便を急がせているが何時になることやら。


 象たちは鎧を解かれ、森の木々の葉や冬にも枯れぬ下草をむしっていた。

 それができない兵士たちは、日々小さくなる配給のパンを悲しみ、小川で不潔な水を飲んだ。







 様相が変わったのは、二十日あまり進軍した後だった。


「敵兵が、陣地を構築している模様です」

「それよりこの煙、なんとかならんのか?」


 南北に広がる野原、おそらく流れる川が作ったであろう小さな平野の北側で、マッサリア・アルペドン軍は何やら作業をしていた。


 はっきりわからないのは、陣地の一番南寄りに一列に焚き火をし、生木やら雑草やらをそれに放り込んでもうもうと煙をあげていたからだ。


 冬の北風に乗って、遠慮なく東帝国軍の陣地に流れ込む。


「シュドルス、象たちは大丈夫か?」

「苛立っております。この煙、酷い嫌がらせですぞ」


 アンドラスの問いにそう答えを送るしかなかった。

 象使いの長は、象の足を鎖で縛り、勝手に走り出さないようにした。


「象を怒らせればむしろ此方のものよ」


 煙の向こうに、ところどころ馬たちの姿が見える。


「煙で姿が見えないのはお互いさま。今こそ襲うべし」


 シュドルスは戦象に準備をさせた。


 その間に、焚き火はほぼ燃え尽き、ブスブスと(いぶ)るだけになった。


 そのむこうに急ごしらえの木製の陣地が見える。


「この程度の火なら戦象も恐れずに走るだろう。進め」


 静かに動きたかったが、象がしきりと鳴くので、隠密行動は諦めた。


「突撃!」


 シュドルスの命令一下、陣地を目指して象たちは走り始めた。

 前回の教訓を生かし、原野の左右いっぱいに広く展開して騎兵の逃げ場を無くす。


 焚き火の跡は問題なく走り過ぎた。


 そして、そこから数歩、急に象は(つまづ)いたようにガクリと前のめりになった。

 

 はずみで背中の(やぐら)から人が放り出される。


 あちこちで象と人の悲鳴が交差した。


「小癪な! 落とし穴か!!」


 しかし、象一頭落とすだけの落とし穴となると、大変な作業になる。


「あの短時間でそれは無理……」


 シュドルスは下馬し、何が起きたのか確認しようとした。


 落とし穴なのは確かだった。幅は広いが深さわずか膝丈ほどの。

 それが空堀のように原野を東西に走っている。

 そしてその底にはビッシリと矢尻や槍の穂先が埋め込まれていて、雲を通した太陽光に鈍く輝いていた。


 足の裏を傷つけられた象は、悲鳴をあげながら立とうとする。

 だが立とうとすればするほど刃物が無防備な皮膚に深く食い込む。


 象使いの長が足を引きずりながらシュドルスのところへやってきた。


「象たちが……みんな……」


 自分もその浅い落とし穴に落ちたのだろう、手からも脚からも血を滴らせている。


 もがく象たち。

 背中の櫓はひしゃげ、足の裏だけではなく倒れたときに負った刺し傷からも血が吹き出している。


「ああああ……」


 シュドルスは、声にならない声を上げながら、眼の前に展開する光景が事実だと信じようとする。


「敵襲!」


 眼前の惨劇から視線をあげた一人が警告を発した。


 すぐそこに、アルペドンの騎兵隊が迫っていた。

 横倒しになった象を避け、自分たちが作った落とし穴を軽々と跳躍して、肉薄する。


「シュドルス様! 敵が」


 茫然自失の体のシュドルスを彼の馬に押し上げる。


「これを掘っていたのか……」


 アルペドンの兵士たちは、ピュルテス河の治水事業で土木工事は慣れたもの。


 そして、まだ戦象を失ったのだという実感がないシュドルスたちに、ルフト侯領の遺臣たちが畳み掛けるように襲いかかった。


「友の仇、覚悟!」


 シュドルスは一度振り返り、騎兵隊の先頭に真紅のマント姿を確かに認めた。


「エウゲネス! 卑怯なり!」


 雪崩を打って自陣に逃げ戻りながら、シュドルスはうめいた。






「ヨハネス、良くやった」

「マ……エウゲネス様、ありがとうございます」

「戦象部隊が除かれれば、あとは数の問題だな。同盟国がどこまで力を貸してくれるか」


 戦闘に加わらなかった同盟国の指揮官たちが、のたうつ象を見て肝を潰している。


「死んでないようだが、大丈夫なのか?」

「ご心配はもっともなこと、ただ、象はその大きさが災いして、四本脚でないと立っていられないのです。馬と同じと言って良い。この矢尻で傷付いた足の裏では、もう立てますまい」

「これが戦象対策だったとは。恐れ入った」

「いえいえ、それほどのものでは」


 ヨハネスが知ったふうな口をきくのを、マグヌスは黙って聞いていた。

 元々は彼の案である。


 だが、ヨハネスが身近で象の足の運びを観察し、象は跳躍できないと確認して調整しなければ仕掛けられなかった罠。


「こいつらはどうなるんだ?」

「かわいそうだが、助ける術も楽にしてやる術もない」


 ヨハネスが付け加えた。


「大事な象を殺されたんだ。象部隊は死物狂いになって我々を追って来るぞ」

「退却しましょう」


 しれっとヨハネスが言い、また退却かと同盟国の首脳はため息をついた。



戦いはまだ続きます。


次回 第154話 王都攻防戦


明日で【突発更新まつり】はいったんおしまいです。

木曜夜8時ちょい前をどうぞお楽しみに!

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