第十章 152.退却また退却
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アルぺドン軍が一手に戦象を相手にしている間に、同盟国軍は残りの帝国軍と散発的に戦いを展開していた。
マッサリアの王都防衛のためドラゴニアとメラニコスが抜けた今、東帝国軍に対して数の優位を保てない。
他方、地理に明るくない東帝国軍も、戦象部隊以外は積極的な攻撃を控える。
どちらも戦力を温存し、本格的な戦いにならないまま夕刻を迎え、ヨハネスからの伝令に従って、北西へと退却した。
「こんなことで良いのか?」
と、何度も確認されたが、ヨハネスは「良い」と言い切った。
「無駄な死を恐れなされ、我々と違って東帝国軍は補給を海路に頼らねばならない。内地に誘い込んで弱体化を待つ」
エウゲネスはこれまで積極的に迎撃する策をとってきた。
真反対の戦略に同盟国は戸惑い、不満を持ち始めた。
幸い、グーダート神国軍がとらえた捕虜が口を割り、東帝国軍の内部の情報が漏れた。
最高指揮官は東帝国の第三皇子アンドラス、戦象部隊を指揮するのは皇子の親戚筋にあたるシュドルス軍、王都へ向かったのは、最強を誇る近衛軍のダイダロス将軍と知れた。
「第三皇子を討ち取る絶好の機会に、我らに退却を命ずるのか⁉️」
グーダート神国軍の伝令は不満をあらわにした。
「いくら退却してもよい。我々が象を仕留める時間を稼いでいただきたい」
退却路である北西の道は、アルぺドンへ、そしてグーダート神国へと続く道である。
「エウゲネスを出せ。お前では話にならん」
「だからそのエウゲネス王の指示を僭越ながら、このヨハネスがお伝えしているのだが」
ヨハネスは精一杯突っ張った。
「まもなく王もこちらへ合流なさるはず、今少し持ちこたえてくれ」
(……頼むから戦象部隊に集中させてくれ!)
ヨハネスは心の中で悲鳴を上げていた。
だが戦象の動きは、ほぼ把握できている。
(あとは、どこに罠を仕掛けるか)
ヨハネスは一心に地図を眺めていた。
「ここ。少し狭いが戦象部隊だけを引き込めれば勝ち目はある」
両側が森になった、南北に開けた土地。
荒野とて、地元のものしかその名は知らない。
決断をくだす重み。
ヨハネスはまさにその重みがのしかかって来るのを感じ、思わず自分の首筋を揉んだ。
マグヌスから聞かされていた前の騎兵隊長カイもこのような重圧に苦しんだのだろうか?
「よう、頑張ってるじゃないか、ヨハネス」
からかい混じりの声にムッとして顔を上げると、ルークが立っていた。この人物はもはや鑑札など見せなくても顔だけでアルペドン、マッサリア両軍を自由に動けた。
「いつこちらへ? 王都の防衛は成りましたか?」
「今来たばかりだ。王都の防衛はこれから。どうやら、敵さん、軍団を一つ王都に向けたらしい」
「近衛のダイダロス将軍ですね。では、マグヌス様は……」
「王都の防衛はドラゴニアとメラニコスに任せて、こちらへ来る」
ほ、と小さなため息をヨハネスはついた。
万が一にもマグヌスが王都防衛を優先して、こちらに来なければ、もう、同盟軍は崩壊寸前だ。
「奴が兵を率いておよそ三日。その間、辛抱しろ」
「ルーク、同盟国が離脱を言い出しています。三日待てればいいのですが」
「黙って待つんじゃない。その間に戦象部隊を始末しろ」
「マグヌス様に頼めませんか?」
ルークは首を横に曲げて唇を横に引いた。
「やっぱりだめですか」
しょぼくれるヨハネスの背をルークは叩いた。
ヨハネスは改めて同盟国に伝令を飛ばした。
「指示に従って退却せよ。勝機を見極めよ。そして東帝国軍の進路にあたる住民には避難勧告を」
これがまた、同盟国には気に入らない。
眼の前の決戦ならいざ知らず、他国の市民など知ったことか。
針の筵の三日間、ヨハネスは耐えた。
(同盟国め、離反するなら今しろ)
しまいには彼は癇癪を起こした。
東帝国軍がじわじわと圧力をかけてくるのに対し、ヨハネスは退却を命じ続けた。
地図で見つけたあの空間に東帝国軍を誘導しながら。
「そこがそんなに大事なのか?」
地図を読めないルークには分からない。
「マグヌスの野郎とそっくりだ。始終紙切れをにらんでやがる」
引きつった笑いを浮かべながら、ヨハネスはまたしても退却を命じる。
「報告! 東帝国軍のものと思われる輸送集団が南からこちらへ向かっています」
「ちょうどいい。離反したがっているグーダート神国に襲わせろ。奪った物はすべて彼らのものにしていい」
知らせを聞いて、グーダート神国軍はすぐに動いた。
この戦いは大勝と、彼らの信じる神は告げている。
「行け! 奪え!」
放たれた猟犬のように彼らは輸送部隊に襲いかかった。
ホッとしているヨハネスにさらに良い知らせが舞い込んだ。
「エウゲネス王が間もなく到着される。隊列を整え軍旗を掲げてお迎えするように」
マグヌスは、五千の兵を率いて堂々と姿を現した。
従えているのは主にルフト侯領から逃げた兵士たちだ。
「ヨハネス! 戦象部隊の顛末を報告せよ」
マグヌスはヨハネスだけを側に呼んだ。
「マグヌス様……」
情けない声を出すヨハネス。
「わかっている。よく頑張った。あと一息、象の始末をつけねばならない。象の動きを間近で見たお前にしかできないことだ」
「おまかせを」
力強く答えて、彼はふとマグヌスに聞いてみた。
「戦闘中に私の横に簡素な鎧を纏った騎兵があらわれ、忠告を残して消えたのですが、あれは誰だったのでしょう?」
かつて、アケノの原の戦いで戦死したカイ隊長ではと尋ねようとしたが、残念ながら、マグヌスはもう彼をエウゲネスと信じる千人隊長に囲まれており、返事を得ることはできなかった。
次回、いよいよ戦象部隊との対決です。
第153話 煙撃
明日も夜8時ちょい前をお楽しみに!




