第十章 151.ヨハネス奮戦す
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東帝国軍の侵攻が遅れたのは、勝利の分け前を争っていたからだった。
戦象部隊を率いてマッサリア軍の本隊を破ったとシュドルスが言えば、王を取り逃がしたと他の将軍が責める。
「そもそも、ここまで追ってきて良かったのか? 王の死体を確認するまで留まっておくべきだったのでは?」
「あそこで死んだとは限るまい。本隊とともに逃げて来た可能性が高い」
王の行方が分からないという事態は、アンドラスを困惑させた。
「カクトス……」
「はっ、広く斥候を出してみたところ、マッサリア軍は王都の守りを固めるとともに、もう一つアイリカとかいう平野部に集結しており、その規律は乱れていないとのこと。王は未だ健在で指揮を取っていると考えた方が無難でしょう」
「ううむ」
アンドラスは床几に座り、膝を組んだ上に肘を乗せて顎を支えた。
「シュドルス、今一度象を出してくれ」
「彼だけに手柄を与えるつもりですか、殿下」
「お前にも用意してある。部下を率いて王都を攻めよ」
「王都を?」
「王はそちらにいるかもしれないだろう? 城攻めの指揮は、カクトス、お前が取れ」
近衛軍のダイダロス将軍は露骨に嫌そうな顔をしていた。
逆にお目付け役を追い出したアンドラスは晴れ晴れした表情である。
「カクトス、分かったか?」
「承知いたしました」
すべてを飲み込んで彼は主人の言葉に従う。
「アンドラス様は?」
「千人の子飼いを連れて、ムネスタレエのメントール将軍の本隊へ向かう。シュドルス、頼んだぞ」
「かしこまりました」
今回マッサリア側と相対して、騎兵が多いなとシュドルスは不審に思った。
「えい、構わぬ、前進せよ」
だんだんと勢いを付けて戦象は走り出す。
あと一息、と思ったところで騎兵は一糸乱れず左右に別れて戦象をやり過ごした。
「お? 行き過ぎてしまう、止まれ」
勢いが落ちたところを狙って、馬上から矢が放たれた。
象ではなく、その背の櫓の弓兵と象使いに狙い撃ちに矢が浴びせられる。
「待て、馬上からそんな強い弓を?」
シュドルスは急いで、戦象の向きを変えさせた。
小癪なことに、その間に騎兵隊はまた一つに戻っている。
「愚弄する気か。もっと早く!」
象が走り始め、目標が定めにくくなるとピタリと矢は止む。
そして、前回と全く同じように左右に別れ……二十頭の戦象は地響きを立てて虚しく騎兵隊の間を通過した。
「どこへ行く気だ!」
「逃げる気か⁉️」
「こっちだぞ、おーい!」
あろうことか、その背に罵声が浴びせられる。
「止まれば矢を受ける、左回りに回り込んで突入しろ」
かろうじて平常心を保ちながらシュドルスが命じた。
(前の軍とは別物か!)
象たちは指示通りに緩やかに旋回、三度騎兵隊に突撃をかけて、今回もかわされた。
──いや。
今回は、無傷で通過することはできなかった。
象の速さに慣れた騎兵たちが櫓めがけて、今度はてんでに槍を投げたのである。
矢は防げても、重い槍は櫓の板や兵士の鎧を貫通し、悲鳴があがった。
地上からと違い、高低差の少ない馬上からの投擲は威力も増す。
槍を受けて転落する象使い。
慌てて地上に控えていた予備の象使いが前進の指示を出した。
「いいぞ、その調子だ」
騎兵隊の先頭に立つヨハネスは、徐々に象というものに慣れていく自分と騎兵隊に歓喜の叫びをあげた。
「残りの騎兵隊は?」
象に夢中になっているヨハネスをたしなめるような声がした。
声の主を求めると、ヨハネスの横に、質素な武具を着けて鐙を踏みしめた騎兵の姿があった。
「マグヌス様に言われていただろう?」
「そうだ、象のことばかり考えていた……」
敵の部隊には騎兵も重装歩兵もいる。
ヨハネスは、最初に一万五千の騎兵を三等分し、二つを戦象部隊に、残る一つを騎兵隊同士の戦いにあてていた。
対騎兵の部隊は馬に鞍や鐙を使っていない「馬に自信のある」ものの多い部隊。
その戦いぶりが互角以上なのを見てヨハネスは安心した。
「心配要らない。むしろ押している」
と、先程の声の主を探したが、どこにも居なかった。
「あれがまさかカイ隊長?」
思考は中断された。
戦象部隊が、巧妙に逃げ回っては攻撃する騎兵隊に業を煮やし、目標を重装歩兵の隊列に変えたのだ。
「来るぞ! 逃げろ!」
ヨハネスは大声をあげて味方の重装歩兵に向かった。
敵味方、それぞれ短く太い弧を描いてぶつかり合う横腹に、戦象部隊は突入した。
「味方を巻き込むな!」
怒号があがる。
翻弄され尽くしたシュドルスの目は血走り、多少の犠牲はいとわぬ覚悟。
だが彼は呆然となった。
しっかり隊列を組み、前へのみ進むはずの敵の重装歩兵の部隊にポカリと空間が空き、シュドルスはまたもそこを得るものなく通過したのである。
「シュドルス様、これ以上は象が保ちません」
象使いの長が馬上のシュドルスの足を引っ張って涙目で訴えた。
彼は象たちとともに自分の足で走り通しに走って来たのである。
「馬鹿な」
戦象部隊がこれだけ働いて何も戦果が得られない。
騎兵隊と重装歩兵は互角に戦っているが、戦象部隊が引けば、均衡は破れる。
シュドルスは焦った。
他の三つの将に援軍を求めるには、彼ら東帝国の指揮系統は硬直化していた。
「シュドルス様! 敵が引いていきます」
補佐官の叫びに我に帰る。
西に差し掛かる太陽が沈む前にという判断か、マッサリア・アルペドン軍は粛々と北西方向へ引き上げていく。
「追い打ちを!」
「いや、止めておこう」
自慢の戦象部隊を騎兵隊に虚仮にされた憤怒を、彼の長年の経験が押し留めた。
「あれは計画的に引き上げているだけだ。追い打ちなどかければ逆襲される」
そして象使いの長に命じた。
「この平原を今夜の宿所とする。後続の荷駄隊から象の餌を運ばせろ」
「他の三軍への連絡は?」
たちまちシュドルスは渋を舐めたような顔になった。
「アンドラス様だけに報告」
一言吐き捨てると、馬に背負わせた革袋から、直接濃いワインをあおった。
【突発更新まつり】一応、今週木曜日までとします。
さすがにストックの底が見えてきました(笑)。
新章突入!!
次回、第152話 退却または退却
明日夜8時ちょい前をどうぞお楽しみに!




