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第九章 150.一夜限りの夢

【突発更新まつり開催中】

 王都の周囲を一周してから、マグヌスはメラニコスと合流し、王都内へ入った。

 ドラゴニアも後に続く。

 まるで凱旋軍を迎えるかのような歓呼の声が一行を迎えた。

 だが、マグヌスは警戒を緩めない。


「ドラゴニア、メラニコスと共に王都の守備を頼む」

「エウゲネス様はどちらに?」

「我々は帝国軍の象を北寄りに引き付けて片付けなければならない。すべてが乗ってくれはしないだろう……インリウムが敗れた今、帝国軍がこちらに兵を割かないとは限らない」

「かしこまりました」


 マグヌスはねぎらいの言葉をかけるのを我慢した。

 エウゲネスはしないからだ。


「エウゲネス様、ルルディ様がお待ちかねです。どうぞ奥へ」


 家宰の言葉にうなずいて、


「心配をかけたな」

「信じておりました」


 マグヌスは武装を解かないままで、ルルディの待つ北の館へ入った。

 入口で剣を従卒に渡す。


「大丈夫だ。妃に変なことはしない」

「マグヌス様……」

「気をつけてくれ。東帝国軍に勝利するまで秘密だ」


 扉を開けると、ルルディが両腕を広げて抱きついてきた。


「よくぞご無事で……」


 胸に顔を埋める。

 マグヌスはそっと細い背に腕を回し、優しく抱きしめた。


「ルルディ、落ち着いてよく聞いてくれ……」


 ハッと彼女は抱擁を解き、まじまじと兜の中の相手の顔を見た。


「……シッ」


 マグヌスはルルディの唇に指を当てた。


「奥へどうぞ……奥で私自身が鎧を脱ぐのを手伝いましょう」


 ルルディが落ち着き払って目で合図した。


「身体を清める湯と布の用意を」


 血と土埃で汚れているマグヌスを、夫と変わらぬ愛情を持って清めてやりたかった。

 マグヌスは王夫妻の寝室に招かれた。


「マグヌス、どうしてあなたが……エウゲネスはどうしました?」


 彼は兜を脱ぎながら答えた。


「お気を確かに。王は行方不明です」

「ああ……そんな」


 ふらつくのをマグヌスが抱き止める。

 ちょうど侍女たちが大きな(たらい)に湯を満たして持ち込んだ。


「お湯の準備が出来ました」


 夫の無事に気の緩んだ妻の姿に見えただろう。

 ルルディは気丈に、


「私が身体を拭いて差し上げるわ。お前たちは下がって」

「かしこまりました」


 マグヌスは鎧と鎖帷子を脱いだ。


「自分でやりますよ」

「いえ、私にやらせて」


 ルルディは袖をまくって熱い湯に亜麻布を浸した。


「では、お言葉に甘えます」


 汗臭い肌着も脱いだその背に残るいくつもの傷跡。

 ルルディは、初めて見る裸体を丁寧に拭いた。


「背中だけで」


 マグヌスは麻布を受け取り、身体の他の部分を自分で拭く。

 ルルディには背を向け、胸の烙印は隠したままだ。

 仕上げに盥の湯で直接足を洗う。


「お陰様でさっぱりしました」


 彼は軽い麻の夜着を身に着けた。

 エウゲネスの物だが、ぴったり合っている。


 寝台に腰掛けていたルルディが思い詰めた表情で見上げた。


「マルガリタのことは聞きましたわ。辛かったわね」


 マグヌスは口ごもった。

 マルガリタに対する複雑な感情は他人に言えるものではない。


「マグヌス、お願い。私たちを見捨てないで」


 彼女は立ち上がり、マグヌスの側に寄った。

 色の濃い金髪が揺れている。

 彼女は着物(キトン)を留めている帯に手をかけ、解こうとした。

 この身を(かた)に差し出して……。

 いや、それは口実で彼に抱かれたいという思いが先走ったのかもしれない。 


 マグヌスは、静かに押し返し、黄金造りの短剣を取り出した。彼女にも見覚えのある短剣だ。


「何を……」


 彼は黙って鞘を払い、それを寝台の中央に深く刺した。


「義兄を裏切らないでください」

「マグヌス……」

「王都の守備はドラゴニアたちに任せますのでご安心を」


 マグヌスは先に寝台に横になった。


「休みましょう。明日からのほうが大変です」

「そ、そうね」


 ルルディも短剣が画した寝台のもう片側にもぐり込んだ。


 動悸が抑えきれない。

 突然に現れた愛しい人……わずかに短剣一本が隔てるのみ。


 ルルディは掛布の下でそっと手を伸ばした。

 マグヌスの手と触れ合う。

 彼のしなやかな手が力強く握り返した。


(想いは一つなのだわ)


 ルルディの目からほろほろと涙がこぼれ、枕を濡らした。


 彼の側にいるといつも感じる不思議な安堵感に包まれ、彼女は眠りに落ちた。


 そのまま、どれほど眠っただろう。

 目を覚ました時にはすでに寝台の隣は空だった。


 ただ、短剣だけが冷たく光っていた。

 あれは夢ではない。


「王は!」

「疲れているようだから起こすなと言われて……夜明け前に立たれました」

「そんな……」


 見送りもしたかった。

 無事も祈りたかった。


「いいえ」


 今はそれより大切なことがある。


「ドラゴニアはどこにいます?」

「一番高い東の館の塔に」


 ルルディは着物の裾をめくった。


「私も行きます」

「王妃様!!」


 たしなめる者には取り合わず、彼女は人一人やっと通れる狭い階段を通って、東の館の塔に登った。


「ドラゴニア……」

「これは王妃様……ご覧の通り、インリウムの裏切り者はエウゲネス様に成敗されました」

「何を心配しているの?」


 ドラゴニアは言い淀んだが、


「帝国軍がこちらにも来る可能性がございますので」

「……そう……王都ですもの、当然ね」

「本隊はエウゲネス様が引き付けてくださいます。私どもは王都を守ります」


 女二人、狭い塔に並んで立つ。


 東の地平線が薄っすらとけぶっているのが見えた。


「あれが……」

「そうです。来ますね」


 方や重装に身を固め、二本の剣を操る女将軍。

 方や王都の留守を任された王妃。

 二人揃って東の地平線を見つめる。


「持ちこたえましょう。皆が帰って来るまで」

「おまかせを」


 王妃の激励は、竜将ドラゴニアの心を奮い立たせた。




こうなったら行けるところまで行きます。

【突発更新まつり】新章突入!!


次回、第151話 ヨハネス奮戦す


明日も夜8時ちょい前をお楽しみに!

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