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第九章 146.星空に輝く

【突発更新まつり実施中】

 深夜、やっと敗走の勢いはやっと止まった。

 帝国軍もやはり見知らぬ土地で深追いする気はないようだ。


 友軍の姿にわずかに安堵しつつ、てんでに幕屋を張り、あるいはアルペドン軍の幕屋を借り、長い夜に備える。


「どこかに居るはず……」


 マグヌスは、独り敗軍の群れの中を探し回って、やっとエウゲネスの身近で世話をしていた従卒や女たちを探し当てた。

 

 非戦闘員としてもともと後方に待機していたため、攻撃を受けることなく逃れて来たと言う。


 荷物を抱え、震えながら寄り添っている姿が惨めである。


「アルペドン軍から歩兵十名を出して保護しよう」


 すぐに幕屋を手配してやる。

 ホッと安心した気配が読み取れた。

 大荷物を大事そうに抱えて幕屋に入る。


「ありがとうございます」

「そう言えばエウゲネス様は予備の鎧を持っていたな」

「ございます。お預かりした品は何一つ失わず。しかし、エウゲネス様がいらっしゃらなくては……」

「頼みがある。エウゲネス王の武具一式、貸してもらえないか?」


 顔を見合わせる。


「迷っている暇は無い。夜が明ければ皆、てんでに逃げ散ってしまう。今だけで良い、エウゲネス王の無事を演出するのだ」


 主を失って迷う従卒たちに否は無かった。


「マグヌス様、こちらへ」


 今張られたばかりの幕屋の奥、(ひつ)の中から豪華な武具が取り出される。


 キラキラと輝く白銀の鎧。

 緋色に染めた飾り毛の付いた頑丈な兜。

 一対の膝当て。

 青銅を貼り、鷲の紋章が打ち出された大きな盾。


 マグヌスは、自分の鎖帷子の上からそれを身に着けた。

 長い髪は鎧に着込め、顔の半ばを覆う兜を被れば、もうエウゲネスその人である。

 最後に真紅のマントを羽織る。


「馬は?」

「副え馬はいますが気性が荒くて……」

「ちょうど良い。連れてこい」


 言葉遣いまで変わっていた。


 従卒たちは畏怖の念を禁じ得なかった。


「エウゲネス様が取り憑いたようだ」

「愚かな事を言うな。まだ死んだわけではない」


 叱りつけると幕屋の外に出た。

 星明かりの中、飾り布を背にかけた大柄な鹿毛が待っていた。


「マグヌス様、お気をつけて。噛みつきます」


 マグヌスは大声で笑った。


「敵に食いつくよう仕込んでおけ!」


 見慣れた鎧に知らぬ人の匂い……馬は後退(あとじさ)った。


「しばし、背を借りるぞ」


 馬に一声命じ、手綱とたてがみを握ると手助け無しに一息で馬上の人となった。


「剣!」


 慌てて手渡す。


「一人、松明を掲げて付いて来い。各陣屋を回り、エウゲネスの健在を示そう」


 従卒たちは嫌がったので、マグヌスはアルペドンの騎兵を一人呼んだ。


「松明を掲げて私の後から付いて来い」

「エウゲネス様、マグヌス様の命令ではここを守れと……」

「いいから、付いて来い!」


 マグヌスは苛立った声を上げた。

 エウゲネスのままである。


「かしこまりました」


 勢いに負けて従卒の手から明るく燃える松明を受け取る。


「まずは意気消沈しているマッサリア軍から」


 マグヌスは抜き身の剣をかざして駆け出した。

 (とどろ)く蹄の音。

 松明の明かりに剣が輝く。


「うおおおーっ!!」


 マグヌスの喉を破らんばかりの(とき)の声がほとばしった。


 戦い疲れ、逃げ疲れた兵士たちが、何事かと顔を出す。


 荒れ馬に(またが)り剣を松明に輝かせた最高指揮官、その人の姿があった。


「エウゲネス様が!」

「ご無事で……」


 彼の声に応える声が、意気消沈していたマッサリア軍の中から沸き起こった。


 マグヌスは叫んだ。


「裏切り者インリウム、許すまじ!!」

「おおーっ!」

「明日はまず王都に向かうインリウムを撃つ! 今晩は休め」

「インリウム許すまじ!!」

「王都防衛!」


 少し間を置いて、


「東帝国軍撃破の計略はできた。戦象部隊何するものぞ!」


 歓喜の声が大波のように伝播した。


 マグヌスはそのままグーダート神国はじめとする同盟国の陣をも駆け抜けた。


「エウゲネス健在なり」


 逃げ腰だった同盟軍は踏み止まった。


「……よし」


 同盟軍の空気が明らかに変わったのを見て取って、マグヌスは鹿毛の手綱を引いた。


 少し待つ。

 彼らにも、眼の前の光景が事実だと信じる時間が必要だ。

 数人ずつ、夜目にも明らかに高位の者と分かる人物が集まって来た。


「よくぞご無事で」

「むろん。そこで、各々方にはアルペドン兵とともに帝国軍の足止めを願いたい」

「あの象と戦うのか……」

「心配無用。象の相手はアルペドンの騎兵が引き受ける。彼らが来たからには恐れる必要なし」


 同盟軍の指揮官たちにマグヌスは余裕を見せて答える。

 彼が兜を取らないのを疑問に思う余地は、彼らには無かった。

 松明が燃える音が聞き取れるほどの静寂に、マグヌスの声が畳み掛けるように響いた。


「アルペドン軍は戦象と戦う術を工夫している。合流が遅れて済まなかったと言っている。各々方には東帝国軍の騎兵隊や重装歩兵を食い止めて欲しい。彼らに特殊な戦術は無い」

「マッサリア軍はどうするのだ?」

「インリウムの僭主シデロスの背信により、王都が危機にさらされている。まずは王都防衛」


 ここはどうしても譲れない。

 留守の王都を守る守備兵だけでは、インリウム相手に持ちこたえられるかどうか。

 そして、そこにはルルディ妃がいる。

 守りたい。


「承知した」


 すっかりマグヌスの意気込みに飲まれた指揮官が、むしろ安心したような反応を示す。

 

「布陣の工夫などはアルペドン軍に任されよ」

「なぜにそこまで属国を信用なさる?」

「あそこには我が義弟(おとうと)がいる」


 マグヌスは白い歯を見せて笑った。


【突発更新まつり】実施中につき明日も更新いたします。


第147話 偽装


夜8時ちょい前をどうぞお楽しみに!

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