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第九章 142.戦象部隊

【突発更新まつり実施中】

 冬至わずか前。

 マッサリアから放たれた斥候は、大地を埋めるように西へと進む帝国軍を認めた。

 進軍のための単純な縦列ではない。

 戦闘に備え、道を外れ、麦畑を踏みつけて部隊ごとに前進する。

 

「すぐにも攻撃に移れる体勢だ……」


 エウレクチュスでの待ち伏せは察知されていると見た。


「象は……」


 心配なのはやはりそれである。


 いた。

 軍勢の中央、ひときわ目立つ巨躯が、一塊になってゆっくりと移動している。


 灰色の背に豪華な掛け物──鎧を兼ねているのだろう──そしてその上に数人の兵士が乗る(やぐら)が組んである。

 うちわのような耳をバタつかせるたびに、耳に取り付けられた黄金の垂飾がキラキラと輝く。


 長い牙も黄金で飾られている。


 周辺には一頭あたり十名ほどの軽装歩兵が厳重に足元を固めていた。


「二十頭……」


 頭を回せば、象と離れた位置に数千騎の騎兵集団が四つほど。

 これも脅威である。


 歩兵の数三万は超えるだろうとしかわからなかった。

 さらに荷役の馬やロバ。


 斥候は馬を飛ばして急ぎ戻り、見たままを告げた。


「やはり、象か……」

「聞いたところによりますと、矢を通さぬ象の皮も、脚の付け根は薄いのだと。重装歩兵の槍でそこを突ければ……」


 テトスが苦しい対策を出す。

 戦象対策を万全に整えているアルペドン軍の不在は大きい。


「うむ……」


 有効な策が見出されないまま時は過ぎ、その日の夕刻、双方の軽装歩兵が接触した。


 双方矢を射掛け、多少の損害が出た。

 高地に陣を構え、両翼を広げた形のマッサリアと連合軍が多少有利である。


 だが、象はまだ後方にとどまっている。


 次の朝早く、帝国軍は動きを見せた。

 密度の高い集団となって、丘の上のマッサリアの本陣を狙う構えである。


 先頭に二十頭の象がいる。

 すべて身体の大きな雄ばかり、黄金で飾られた牙に刃物が取り付けられ鋭く輝く。


 足元を守る軽装歩兵を従えて重々しく歩を進める。


「来るぞ!」


 ラッパにも似た、聞いたことのない象の叫び。

 戦いの前に麦酒(ビール)を飲ませて鼓舞するというがこれがその効果なのだろうか。


「ドラゴニア、軽装騎兵を出せ。象の足元は並の兵だ」

「かしこまりました」


 本来、これはアルペドン軍にやってもらいたかったところ。

 

 ドラゴニアの騎兵は、象に近寄っては足元の兵を狙い、即座に引き返した。

 帝国軍も、負けじと応戦する。


「エウゲネス様、象の近くに寄ると、馬が暴れて制御できません」


 ドラゴニアの悲痛な声が上がる。


「ならば、遠矢で良い。象の背中の象使いを射殺せ。メラニコスも出よ」


 逆効果だった。


 地上から矢を浴びせられた戦象は怒った。

 鼻を高々と掲げ、走っているとも見えないのに両者の距離はみるみる縮まった。


 象使いが鉤棒で指示するままに、なお速度は上がる。

 同時にその後ろから騎兵隊が左右に展開する。

 さらにその後ろには重装歩兵が控えている。


「見事!」


 エウゲネスは思わず感嘆の声を漏らした。


「テトス、お前の騎兵を前に出せ。ドラゴニア、メラニコス、両翼の同盟軍とともに、敵騎兵を迎え撃て」


 ふと不吉な予感がよぎったのか、


「メラニコス、インリウムの裏切りには気をつけろ」

「心得ました」


 ほとんど同時にテトスが部下に命令を下す 


「騎兵、前へ!」


 千騎の集団に二十頭の戦象が地響きを立てて突進する。


 騎兵集団の左斜め後ろに二千の重装歩兵が控える。


 ちょうどその間に戦象は突っ込んだ。


「騎兵、重装歩兵、左右に別れてやり過ごせ」


 だが、兵は間近で見る巨体に恐慌(パニック)をきたした。

 馬も、(おび)えて言うことを聞かない。


「逃げろ!」


 矢を射掛けられて興奮した象はたちまち両者に追いついた。


「逃げるな! 戦列を保て」

 

 脚の付け根を狙えと言われた重装歩兵が、象の周囲の軽装歩兵を廃して肉薄するが、たちまちに長い鼻に巻き取られて、味方の中に叩き返された。


 血反吐を吐いて地面に倒れる。


 これでは近づくことも出来ない。


 戦象は、戦陣の中央をゆうゆうと前進する。


「重装歩兵、象の上を見ろ。弓兵から目を離すな」


 テトスが命じる


 帝国軍は象の背という高い位置から弓兵が狙い撃ちにしてくる。


 象の足も早い。


 見上げる角度からではテトスの言うように正確に矢の狙いをつけるのは難しい。


 それでも矢と投槍の雨が弓兵と象使いを襲う。

 彼らは盾で受ける。

 投槍を数本打ち込まれてしまえば盾は重くて持っていられないのだが、アルペドンと違ってマッサリアの騎兵は(あぶみ)を使っておらず、体勢は不安定、浅い傷しかつけられない。


 それでも二、三人が象の背中から転落した。


 乗員を多少失っても象の突進の勢いは止まらない。


「オーラララ、オーラ」


 地上の象使いの指示に従い、騎兵を弾き飛ばしながら、先頭はエウゲネスのいる本陣に向かって、丘を駆け上がろうとしていた。


「逃げろ!」


 秩序ある退却ではなく潰走が、戦象部隊に触れたところから始まってしまった。


 王の間近でも、浮足立ち、てんでに逃げようとするものが現れた。


 このままでは指揮系統が壊滅する。


「仕方がない。丘の後ろに回ろう。いったん退却する!」


 丘を登りきったところで象の勢いはおさまった。

 本陣と信じたところを占拠して満足したのだろう。


 丘の上から眺めれば、両翼では激しい戦闘が続いている。


「エウゲネス王を探せ!」


 戦象部隊のシュドルスが命じていた。


 混乱の中、エウゲネスがその居場所を丘の後方に移したことを知る将軍はテトスしかいなかった。


「王は逃げたのか? それも発見は時間の問題」


 戦象部隊の活躍に満足してシュドルスがうそぶいた。



【突発更新まつり】

明日も更新いたします。


第143話 裏切り


夜8時ちょい前をどうぞお楽しみに!!

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