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第九章 141.遅参

【突発更新まつり実施中】

 舞踏団のペトラたちが、泣き声を上げる。


「あいあーい、あいあーい……」


 弔いの悲しみを死者に伝える泣き女として、胸を叩き悲しみにくれる様を大げさに表現する。

 それとは別に人目もはばからず号泣する女たちの群がある。


 猛毒を飲んで自死したマルガリタの葬儀が執り行われていた。

 マグヌスは、喪主にふさわしい生成りの麻の着物を身に着け、グダル神の神樹であるイトスギで編んだ花冠を頭に、悲しみの葬列の先頭にいる。


 天気は今にも泣き出しそうな曇天で、いやが上にも陰鬱な雰囲気を醸し出していた。


 王都の郊外、小石混じりの草原の一角の、松材で組まれた火葬台の上にマルガリタは寝かされた。


 誇り高きアルペドンの元王女、オレイカルコスと密通し夫を殺そうとした悪女、悔い改めても赦してもらえなかった哀れな妻は、今、最後の別れを告げようとしている。


 白い顔はあくまで穏やかで、結い直された黒髪に乱れは無く、激しく生きた彼女の人生の最期がこれほどまでに静謐(せいひつ)なものになるとは思われなかった。


 初冬のことで清楚なヒナギクが添えられた、簡素な火葬台だった。


 グダル神の神官が、死者をいたわる呪文を捧げ、火葬台に火がつけられた。


「お母様……」


 キュロスがマグヌスの隣に立ち、彼の着物を握りしめた。

 今、改めて見れば、キュロスはオレイカルコスというよりマルガリタに生き写しだった。

 黒い瞳が涙で濡れている。


「キュロス、来なさい」


 マグヌスはキュロスを抱き上げた。


「お母様に別れを言いなさい」


 初めてマグヌスに抱かれたキュロスは、そのことに気付かず、火葬台に横たわる母の亡骸を凝視していた。


「こちらへ」


 子どもに見せるものではない……とマグヌスはキュロスを連れて天幕に入った。


 人一人燃え尽きるまでの約半日、熱が冷めるまでのもう半日、参列者の多くは天幕の中で時を過ごした。

 普通の葬儀ではここで軽食が出るのだが、なにしろ彼女の死には毒が絡んでいる。

 参列者たちは飲まず食わずで一日過ごした。


 神官とマグヌスとキュロスが、焼け残った骨を骨壷に納めた。

 

「アルペドンの王族の墓所に、我々が安置します」


 グダル神の神官の言葉にマグヌスは「頼む」と言って骨壷を手渡した。


 火葬場跡には、来年花が咲くようにと、様々な種が撒かれた。


「アルペドンでは、何日間妻の喪に服するのだ?」


 マグヌスは目を泣き腫らしたゴルギアスに尋ねた。


「人によります。全く服さない方から一年まで」


 帝国軍がマッサリアに迫っている。


「一月か……」

「俺もそれが良いと思う」


 ルークが、外していた長剣を背中に負いながら、


「お前も毒を飲んでるんだ。しばらく様子を見た方がいい」

「このような事態です。遅れる旨、使者を立てましょう」


 ヨハネスがうなずいて賛成した。


「すまない」


 マグヌスは誰にともなく詫びた。

 マルガリタの衝撃的な死のあと、マグヌスは全く元気がない。

 テラサが付きっきりで世話を焼いているが、彼女もマグヌスの心を癒やすに至っていなかった。


(こんな状態ではとても戦場には出られない)


 せっかく集合した騎兵隊、重装歩兵も一度解散した。

 その多くが各々マルガリタの喪に服し、鎧を脱ぎ、食事も質素なものに、衣類も粗末なものに変えて、音曲を控えて一月を過ごした。




 




 アルペドンからの知らせは、エウゲネスたちを驚かせた。

 マルガリタが心中を計ったこともさることながら、


「一月も遅れるのか!」


 やはりそれであった。


 アルペドンの強力な騎兵は期待されていた。 

 破壊力は抜群ながら小回りの効かない戦象部隊に対して、互角に戦えるとしたら、彼等しかいない。


 他の四将は、固唾を飲んでエウゲネスの決断を待っている。

 予定通り出陣すれば万全の兵力を欠いたものになるし、アルペドン軍を待てばそれだけ帝国軍の侵攻を許すことになる。


「仕方がない。出陣の日は変えない」


 祖霊神の神託も仰いで決めた日付である。

 諦め顔のエウゲネスに、ピュトンが苦情を言う。


「妻の死とはいえ、戦列を離れるのは重罪に当たります」

「それだけではない、マグヌスも毒にあたっているのだ」

「肉親とはいえいささか甘いのでは」


 ピュトンは疫病で親族すべてを失いながら、マッサリア王国の発展に力を尽くしている。


「ピュトン、今の王国があるのはお前のおかげだ。だが、これ以上の批判は許さぬ」


 エウゲネスはきつくたしなめた。

 義弟(マグヌス)夫妻の悲劇は、元はと言えば政略結婚を強いた自分に責任がある。


(ルルディが何と言うか)


 マグヌスびいきの妻である。

 キュロスの実の父をマグヌスだと信じて、可愛がってもいる。


(キュロス、哀れな孤児(みなしご)よ)


 自分よりも幼くして実の両親を失った少年にエウゲネスは同情した。

 とは言っても、彼に何ができるわけでもない。


 この戦乱の世、父母を失い頼るものは、キュロスの父母に裏切られたマグヌスしかいない。情に厚い彼がここまで成長を許したキュロスを放逐するとは思われないが、少年の行く末になにかしら不吉なものを感じた。


 かくしてマグヌスの遅参をやむを得ないこととし、マッサリア軍は強力な援軍を欠いたまま、エウレクチュスに急行した。

 東帝国軍は間近に迫っている。


「そこの丘に指令所を。麓のなだらかな坂に布陣しましょう」


 (たなごころ)を指すようにテトスが助言した。


「援軍を左右の(よく)の端へ」


 ことに裏切りが心配なインリウムの兵は遠ざけておきたかった。


 海上でも、提督ゲナイオス率いる三段櫂船が、風を拾って進む丸船にあわせて進軍していた。丸船に積まれた食糧や備品なしでは船旅はできないからだ。


「東へ向かえば向かうほど向かい風は収まる。頑張れ」


 ゲナイオスは配下に声をかけた。


 ずっと遅れて、インリウムの船団が水平線上にうっすらと見える。


「インリウムに負けるな」


 彼は帆を操作しようと苦心している船員を励ました。




【突発更新まつり】

次話は、明日投稿いたします。


第142話 戦象部隊


夜8時ちょい前の更新をどうぞお楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 自身には何らの責も無い咎を、生まれながらに負わされて生まれ落ち。 そして今や幼くして身なし児となってしまった哀れなキュロスに。 自らの境遇を重ね合わされつつ想いを馳せるエウゲネス王の、一…
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