序章 4.戦い済んで
アケノの原の勝利後、テトスは捕虜となったアルペドン兵を引き連れて、メイに向かって進軍した。
メイ城に立てこもっていたアルペドン兵はドルジュ将軍の死の知らせを受けて、無抵抗で降伏した。
「メイ城主殿、これで貴殿は自由になられましたぞ」
テトスが告げた。
「おぉ、ありがたい。それで、私たちの娘は、ルルディは無事かな」
「もちろんです。輿でお連れしておりますので、もう、間もなくかと」
「感謝します、テトス殿」
テトスは少し言いよどんだが、
「姫君をお助けしたのは、私ではなく、マグヌスという者です」
「それは……ぜひ会って礼を言わねば」
マグヌスは、相変わらずルルディの傍らにいた。
彼女の乗る輿を担ぐ歩兵の顔ぶれがかわっている。
戦死者が出ているのだ。
ルルディの無邪気な笑顔が、大切な部下を失ったマグヌスの悲しみを少しだけ和らげてくれた。
「まもなく城門です」
「言われなくてもわかるわ。城門からは歩いていきます」
「そうですか……」
「マグヌス、元気がないわね。戦いは半日で勝利したのでしょう?」
彼は無理に笑顔を作った。
「そうです。圧勝でした。ただ、戦えば無傷では終わらないのが常です」
「そう、そうよね。マグヌス、でも、私の両親には会って」
城門につくと、そこからはルルディに手を引かれるように案内された。
「お父様。お母様、ただいま!」
「ルルディ! 生きていてくれた……」
三人は抱き合って涙をこぼした。
「元気を出せ、マグヌス。いい眺めじゃないか」
テトスが小声で言って、マグヌスの脇腹をつついた。
「痛い。私は怪我人だと何度言えばわかるんです」
テトスがくすくす笑っている。
「お前のそのなりで、メイ城主殿がマッサリア五将の一人と認めてくれるかな」
白銀の鎧に替えのマント、将軍と呼ばれるにふさわしい堂々とした出で立ちのテトスに対し、軍人であるかも怪しいマグヌスの姿。
メイ城主が家族の輪から離れて、二人の将軍のほうに歩み寄った。
「貴公がマグヌス殿で間違いはありませんかな?」
「そうです」
ルルディの父は、娘そっくりに小首をかしげ、上から下までマグヌスを見た。
艶のない長い黒髪を雑に束ね、大きく破れた洗いざらしの上衣……。
テトスが援護にまわる。
「この者は、これでもマッサリア五将の一人。剣を取っては誰にも負けません」
「うむ、見た目で判断してはならぬな」
大きくうなずき、
「マグヌス殿、娘を助けてくれた礼と言っては何だが、そなたに娘と同じ重さの金貨を授けよう。受け取ってくだされ」
「感謝いたします」
マグヌスは頭を下げた。これで、生き残った部下に報酬を払うことができる……。
「ところで、パラスはどうなりましたかの?」
「ドルジュ将軍の陣中で殺害されました」
テトスが軍人らしく簡潔に答えた。
「そうですか……。わしらに、人を見る目が無かったために今回の騒動を起こしてしまいましたのう」
「やむをえぬことです。お気になさいませぬよう」
「ルルディ、お前は下がって着替えなさい。侍女たちが、それはそれは心配しておる」
「お父様、その前に、私がマグヌス様に宝物蔵をご案内してもいいかしら?」
「良いとも。ただし、侍女を連れて行きなさい」
「はい。マグヌス様、こちらへ」
マグヌスはちらりと許可を得るようにテトスを見てから、ルルディの後に従った。侍女数人と荷運び役と心得たマグヌスの部下が付いていく。
迷路のような城の中をルルディは軽やかに歩いていく。
マグヌスは彼女に導かれるまま城の深部へと進んだ。
侍女たちとは少し距離が開く。
「宝物庫はこちらです」
そう言った次の瞬間、ルルディはマグヌスを宝物庫の重厚な扉の内側に引き込み、ぴたりと内側から扉を閉ざした。手燭が落ち、室内は暗闇に満ちる。
「何を……」
「マグヌス……あなたがマッサリア王だったら良かったのに……」
マグヌスは闇の中でルルディに抱擁された。
(──痛っ!)
しばし、時が流れた。
「何か言って……」
「あなたに、永遠の忠誠を、誓います」
マグヌスが、絞り出すように言った。ルルディの背に腕を回すことは無い。
「そう。そうなのね……」
抱擁を解いたルルディの声は、涙で少し湿っぽい。
「扉を開けましょう。皆が心配します」
「ええ」
ルルディが扉を開けると
「姫君! ご勝手は許されません!!」
と、怖い顔をした年かさの侍女が厳しく言った。
「わかっています。さあ、マグヌス様のお連れの方を通しなさい。金貨を運んでもらうのです」
マグヌスの部下は、黄金の光に一斉にどよめいた。
自由民とはいえ零落した身、誰もが金貨などには縁のない貧しい暮らしである。
「えーと、姫君と同じ重さって言ったよな」
「マグヌス様、姫君を抱っこしてください」
いつもの調子で、つい、羽目を外す。
「何をはしたない!」
侍女が叱り飛ばした。
部下も負けてはいない。
「お姉さんより軽いことは確かだ」
「無礼な! マグヌス様、許してはなりません!」
とうとうマグヌスが仲裁に入った。
「許してやってください。戦場で命を懸けた者たちです。お前たちもいい加減にしろ。金貨五袋。それ以上は許さん」
「いいわ。持って行って」
これだけあればマグヌスは高利貸しから解放される。
マグヌスは ルルディに深く礼をした。




