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第八章 134.報復

【突発放出まつり実施中】

 アレクシスは、夜陰に乗じ、手勢二十名を連れて第三皇子アンドラスを襲った。


 近衛兵の隊長である彼にとって皇帝陛下の命令は絶対だった。

 金鉱山の制圧の失敗を取り戻す絶好の機会とも考えた。


 しかし、命令を受けてすぐに動いたのはいささか性急に過ぎた。


 アンドラスの部屋は、廊下まですべて灯火が消してあり、襲撃者たちは松明の明かりで足元を照らしながら廊下を進んだ。


「皇帝陛下の命により、アンドラス殿下のお生命(いのち)貰い受ける」


 声高く宣言したアレクシスの喉元を、至近距離から撃ち出された矢が襲った。


 こちらから狩りの獲物を届けて宣戦布告したのだから、当然、アンドラスたちも準備はしている。


 中庭に向かって大きく開いたアンドラスの居室、半分の手勢は庭の茂みに伏せてあった。

 廊下を伝ってここに来た襲撃者は、思わぬ方向から攻撃を受ける。


「松明を消せ!」


 明かりが矢の標的となっていることに気づいたがもう遅い。


「ミルティアデス、見事」


 アレクシスの喉を射抜いた仲間を、アンドラスが褒める。


「殿下は奥に!」

「私が隠れてどうなる!」


 アンドラスは槍を手に、先頭に立って相手を返り討ちにしようとした。


「こちらの火を!」


 シュドルスが命じた。

 準備されていた灯火がいっせいに灯される。

 あかあかと照らされた廊下と居室。

 もはや逃げ場は無い。


「おのれ!」


 真っ先に隊長を失い、烏合の衆と化した二十人、いやもう十五人か。


「投降せよ。命は助ける」

「失敗すれば皇帝陛下に殺される!」


 剣を抜き必死で立ち向かう。


 矢が尽きたアンドラスの手勢が、中庭から短い階段を駆け上って反撃に加わった。


「た、退却を……」

「逃さぬ!」


 アンドラスが槍を繰り出した。

 その一撃は革鎧を突き抜けて、胸に深手を負わせた。


「私を何人目の犠牲者にしようとした!」


 兵が倒れても、アンドラスの怒りは消えない。

 足元に倒れた兵の背に槍を突き刺し続ける。


「アンドラス様、もう死んでおります」


 カクトスが冷静に主人を制止した。


「……死んでいる?」


 あたりを見回すと、襲撃者たちは全滅していた。


「人を手に掛けるのは初めてでしたな」


 落ち着いた声でシュドルスが言い、アンドラスの背に腕を回した。


「ここは我々が始末いたしますので、しばらく奥でお休みを」

「頼む」


 青ざめたアンドラスは槍をシュドルスに渡すと奥の寝室に引っ込んだ。

 

 翌朝──。


 アレクシスの首は、銀の大皿に乗せられていた。

 無念そうに目が半開きのままだ。


「……アレクシス……忠実な軍人だったが、捨て駒にされたか」


 アンドラスは目を(そむ)け、


「これを皇帝陛下に届けよう」

「では私が」


 カクトスが、届ける役を買って出る。


「ご所望なら、いくつでも料理いたしましょう、と添えてな」

「かしこまりました」


 いつ襲われるか分からない廊下を、血を滴らせながら悠々とカクトスは歩く。


 爽快だった。


 誰かの馬になって這い回った廊下は遠い存在になっていた。


 侍女たちは、生首の乗った皿を捧げ持つカクトスの姿に悲鳴を上げた。

 宦官たちは腰を抜かし、


「陛下! 一大事でございます!」


 と、注進に走る。


「うるさい」


 小さな声だが威厳のあるそれは、皇帝のものだ。


「アレクシスは死んだか。ならば、第三皇子アンドラスに命を下す」

「代わりに私が承ります」

「インリウムの要請に応え、我が帝国(くに)を愚弄するマッサリアを討て」


 思わぬ重大な命令に、カクトスは手を滑らせてしまった。

 がらん、がらんと大きな音がして、アレクシスの首と皿が転がる。


「して、軍は?」

「準備してある。すぐにも征け!」

「はっ」


 カクトスはいつの間にか滲み出ていた額の汗を拭いながら、(あるじ)の元へ急いだ。


 アンドラスは、ある程度覚悟していたのだろう、カクトスの話を聞いて軽くうなずいた。


 彼の呼びかけに応えて、アンドラス派の軍人が続々と集まる。


「マッサリアとの戦争か……」

「インリウムは帝国にとって大事な国だ」

「なんでも、インリウムの僭主の子がマッサリア側に殺されたとのことだ」

「他人の私怨で我らは命を賭けるのか」


 アンドラスは顔をしかめて周囲の論争を聞いていた。


「兵はどのように準備されている?」

「確認中ではありますが、シュドルス様の藩主国を始め三つまでは我らの仲間、近衛兵と皇帝の信任厚いムネスタレエ、各々が一万の計五万」 

「そうか……」

「さらに道案内のマッサリア人、海には皇帝直属の三段櫂船が二、三百」


 アンドラスにはこのような大軍を指揮した経験は無い。

 ズシンと胃の腑が重くなるような感覚を覚えた。


 話題はさらに侵攻の経路に及んだ。


「あの湿地帯は夏はブユが出て刺されると腫れ上がる。目をやられると失明するぞ」

「船で回るか?」

「いや、冬を待とう。カクトス」

「はい。あちらの国では麦を育てるのはもっぱら冬、その時期の戦を嫌います」


 アンドラスが無理に笑い声を立てる。

 

「農夫が兵士を兼ねねばならぬような弱小国、我らが簡単に踏み潰してみせよう」

「踏み潰す──もしや、アンドラス様の伯父様の──」


 期待通りの返事が返ってきた。


「戦象部隊が出る」


 これで勝ったも同然と言わんばかりの雰囲気が座を占めた。


「よし冬まで待とう。(おこた)り無く準備せよ」


 アンドラスの言葉で、臨時の戦略会議は幕となった。


 カクトスは、議題に上げるまでもなかったが、心に引っかかっていることをアンドラスに告げた。


「アンドラス様、マッサリアにはマグヌスという将軍がおります。彼とは決して正面から戦われませぬよう申し上げます」

「マグヌス、知らんな。だが面白い。お前にそこまで言わせる男、ぜひ戦ってみたい」

「ナイロにいた頃、野戦の演習では必ず私を負かした男です」


 アンドラスの目が輝いた。


「お前の学友か!」

「はい」

「なるべく生かして捕らえるよう心しよう」


 敵として相対するのも運命か……これ以上の情ははさまない、とカクトスは決めた。


 


東帝国内の紛争が外部にとばっちり……。


次回、第135話 出陣


明日夜8時ちょい前をお楽しみに。

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