第八章 131.末席の身なれば
【突発放出まつり実施中】
間もなくカクトスは、アンドラスを支持するものたちが開いた秘密の会合に招待された。
皇帝の威光が隅々まで及ぶ宮廷内、よほどうまく偽装しなければ反意ありと悟られてしまう。
アンドラスの住む南の棟の一室で、その会合は催された。
真昼間、皇帝の寝間とは対象的に、中庭に面して広い開口部を取り、吹き抜ける風が爽やかだ。
ここに各自が自慢の酒を持ち寄り、アンドラスの無聊を慰める体である。
初めてのカクトスに、アンドラスが説明した。
「十五ある藩主国のうち、五つまでは反皇帝勢力だ」
そんなに、とカクトスは驚く。
「みんな、聞いてくれ。これはカクトス……新しい仲間だ」
十人ほど寝椅子に寝そべり、酒を飲んでいる。
女っ気はない。
皆が一斉に盃を掲げた。
「新しい仲間よ、歓迎する」
真っ先に声をかけてきた壮年の男性をアンドラスがカクトスに紹介した。
「これは私の伯父、戦象部隊の無敵のシュドルスだ」
「アンドラス様、身に余るお言葉ありがとうございます」
「こちらこそよろしくお願いいたします。ナイロのメランの弟子、カクトスと申します」
「ほう! これは良い頭脳を拾われましたな。先帝が招聘なさった後に宮廷で埋もれてしまうのではと心配していたが……」
カクトスは自分のことを知るものが居て驚いた。
「して、腕っぷしの方は?」
「一通り心得がある程度でございます」
「それは心強い」
内心ひやひやしながらカクトスは答える。
ここにいる者たちの剣や槍の腕を知らない。
「あまりいじめてくれるな。まだ新入りだ」
アンドラスがカクトスの心を読んだように言い、盃を差し出した。
「ありがとうございます」
「先日、皇帝陛下に謁見したが、お前は彼をどう見る?」
「まだまだお元気かと」
「お前もそう思うか?」
少し緊張した声でアンドラスが返す。
「周囲の宦官どもが剣呑なのだ。おまえのおかげで、痛い目にあわせることができたがな」
自ら去勢し、あるいは去勢され、完全な男性であることを諦めた宦官。
子孫の繁栄を図ることができないため、世襲貴族となるおそれが無い。宮廷の奥底に入り込んで皇帝の歓心を買い、我が身一つの栄達に余念がない彼らを、皇帝も重用する。
生きていく為にやむを得ぬこともあっただろうが、アンドラスはそんな彼らの処世術を嫌悪していた。
「殿下、ご勘弁を」
カクトスは醜態を思い出して冷や汗が吹き出す。
「アンドラスで良い。ここにいる仲間たちは皆、名で呼び合っている」
「自分は第二軍団長のマクリオス」
「私は兵器庫の鍵係クレイデス」
「忘れてくれるな。第六軍副団長、ミルティアデス」
「さる藩主国より遣わされた使者にございます」
錚々たる顔ぶれではないか。
「さあ、飲め、カクトス」
都で流行る詩歌や衣類から、金持ちが愛玩する獅子まで話題は幅広く、その中にチラチラと皇帝批判が顔を出す。
カクトスは心の底に不安を覚えた。
聞いていれば、話題は帝位を巡る内向きのものばかりだ。
東帝国の軍団──藩主国ごとに一つ、計十五の軍団と皇帝直属の三軍団がある──は、小さな内乱の鎮圧程度の戦いしかしていない。
これで皇位を巡る本格的な戦闘ができるのだろうか?
ましてや対外戦争に対応できるだろうか。
たとえば、苛烈な戦乱を潜り抜けてきたマッサリア王国と。
たとえば、小国の緩やかな連合のように見えて、いざとなれば大部隊を結集させる南国の諸国家と。
「諸外国との関係は、どうお考えですか?」
カクトスは、一石を投じてみた。
「帝国──と言うより皇帝はインリウムを庇護しておられる」
「インリウム?」
「第一皇女殿下が暗殺された時に明らかになった」
カクトスは小首をかしげる。
「インリウムはマッサリアとも友好的ですな」
「そうなのか!」
「先の多島海の海戦では、インリウムの船乗りがマッサリア側で活躍いたしました」
どん、とアンドラスがカクトスの背を叩く。
「見ろ、この情報通。第八皇子の馬で終わらせなくて良かった」
「恐れ入ります」
シュドルスがやや憂いを含んだ表情で、
「多島海でマッサリアと戦ったソフィア王女は、哀れであった」
「最期は、母殺しのエウゲネスに射殺されたと」
「まだうら若き乙女の身で」
ミルティアデスが調子っぱずれの声で歌い始めた。
「──御年、幾つにてかあらん、男も知らぬ身を船戦に捧げ、多島海に散りし銀の乙女よ」
アンドラスが新たな盃に口を付けながら遮った。
「辛気臭い、止めろ」
「美女であったのは間違いないでしょう」
ヒリヒリとカクトスの心が痛む。
──児戯だ。
こんなことであの皇帝は倒せない。
しかし、今日初参加の会合、批判しても仕方がない。
夕刻、長い宴会は終わった。
皆へべれけに酔い、持ち場や宿舎にヨタヨタと帰っていく。
カクトスも新たにあてがわれた部屋に帰ろうとして、アンドラスに呼び止められた。
「カクトス、今日の顔ぶれを見てどう思う?」
「恐れ多く。私は末席の身なれば」
「だから率直なことも言えよう」
カクトスはゆっくり、一言ずつ押し出すように言った。
「誰一人、信頼なさいますな、伯父様を除いて」
すうっとアンドラスの顔から血の気が引いた。
「失礼ながら、戦力になるものは少ないかと」
「……そうか。お前の目にはそう映ったか」
「申し訳ございません」
「いや。もう休む」
「アンドラス様、少し粥でも召し上がってください」
アンドラスは、よろめきながら自分の部屋に戻った。
いつもの酔っぱらいの真似ではなく、心底絶望した者の歩みであった。
さて、ここからアンドラス一派はどうするか……。
次回 第132回 巻狩り
明日夜8時ちょい前をお楽しみに!




