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序章 13.死と栄光と

「中央の重装歩兵、前進」


 マグヌスはすぐに伝令を飛ばした。

 テトスがいれば早すぎると苦情を言ったに違いない。

 だが、マグヌスには迷いがなかった。


「カイ、耐えてくれ……」


 カイの率いる騎馬隊は苦戦していた。

 ほとんどが下馬し、白兵戦を繰り広げていた。


「持ちこたえろ!」


 カイ自身はいまだ馬上にとどまり、鐙を踏みしめて立ち上がり部下を鼓舞した。

 ただ、数の差、装備の差はいかんともしがたく、倒しても、倒しても、新たな敵が現れる。


「重装歩兵の隊列が崩れるまで待て」とマグヌスは言った。


 しかし、まだその報告は無い。 


「マグヌス様、いつまで……」


 カイは天を仰いだ。 

 その時、敵兵がカイの死角から彼の馬の腹に槍を突き刺した。

 馬は悲鳴を上げて跳ね上がった。


「うわっ‼️」


 さすがのカイもはねとばされ落馬ではなく……左足が鐙に絡まり、宙づりになった。

 もがいて外そうとするが、跳ね回る馬の動きに振り回される。


 ガッと嫌な音がして、カイの頭に馬の後足の蹄が激しくぶつかった。

 だらんと力が抜ける。


 馬はカイをぶら下げたまま一つ所をぐるぐると回り始めた。


「隊長の馬を抑えろ!」


 異変に気付いた兵士が数人がかりで馬を抑えようとした。


「鐙革を切れ!」

「隊長!」


 カイの身体はどさりと地面に落ちた。


「馬はダメだ、楽にしてやれ」


 そんな声が遠くで聞こえた。


「隊長、しっかり!」

「……マーナ……」


 カイは一言つぶやき、絶命した。



 一呼吸早く出発したマッサリアの重装歩兵は、アケノの原の中央あたりでメイの重装歩兵とぶつかった。


 さすがに正面の兵は強くなかなか崩れない。

 数に劣るマッサリア軍は押され気味だった。


 ぶつかり合う大盾、その間から繰り出す槍。


「待てよ、横から邪魔が来ないじゃないか?」


 マッサリア軍から見て右翼の騎兵はカイたちの奮戦によって押し止められている。左翼の騎兵は軟弱な足元に苦労し、マグヌスが「貧弱」と呼んだ彼の歩兵の槍に苦しめられている。


「ひるむな! 重装歩兵同士は五分だと思え!」


 そのうち伝令が来た。


「テトス将軍から伝言です。裏から攻めている。ここで先頭の精鋭を押しとどめておけ、と」


 背後を襲った一団が思う存分蹂躙している。


「聞いたことがないぞ、挟撃、殲滅か!」


 盾に身を隠して、槍で相手の鎧の隙間を突く……、両者とも譲らず、激しい戦闘は続いた。



 丘の上の本陣からパラスらと共に戦いの成り行きを見守っていたアルペドンの指揮官、ドルジュ将軍は我が目を疑った。


 騎馬隊は突破され、重装歩兵の戦列の裏側に一隊が現れて前後から彼らを挟み撃ちにし、あまつさえ、丘の本陣めがけて駆け上って来る一団がある。


 生き残っている右翼の騎兵はのろのろ前進しているが、今から他へ支援に出すには手遅れに思われる。


 数に物を言わせて、ゆるゆると包囲、殲滅を狙っていたドルジュはマッサリア側の速度についていけなかった。


「一時退却する!」


 ドルジュは命じた。


「許さん」


 と言ったのはパラスだ。


「数はこちらが多いのだ。簡単に負けるわけがない。引くのは許さん」


 ドルジュは無視した。

 戦闘というものは数だけで決まるものではない。


「各隊に退却を命じよ」


 パラスはいきなり剣を抜き、ドルジュの背後から突き刺した。


「命令は取り消す! 戦うのだ」

「将軍に何をする!」


 パラスはたちまち護衛兵に切り伏せられた。

 そのさなかに、テトスの一隊が到着した。

 惨状に目を見開く。


「我らマッサリア王国の騎兵隊。指揮官はどこに!」

「ここに……」


 地面に横たわったまま、ドルジュは虫の息で答えた。


「降伏します。部下の命を助けてください」

「良いだろう。すぐ伝令を出せ」


 テトスは馬から飛び降りた。


「傷は浅い。しっかりしろ」

「……裏切り者が……」

「何だと」

「メイ城を売ったパラスがそこに……」


 刃を受けてずたずたになった遺骸を指さした。


「裏切り者は、最後まで裏切り者……。アレイオ様に栄えあれ」





 敵将ドルジュの降伏と死により、戦いはマッサリア側の勝利となった。


 最大の損害を受けたのは、やはり、マグヌスの騎兵隊だった。


 カイの遺体は盾に載せられて帰ってきた。

 髪がべっとりと血に濡れている。


 マグヌスは青ざめた顔で、変わり果てた部下と対面した。


 テトスが肩に手を置いた。


「騎兵に事故は付き物。彼の働きが無ければこの勝利は無かった」


 カイの足には呪いのようにまだ鐙が絡んでいた。マグヌスはひざまずき、震える手でそれを外した。


「カイ……」

「最後にマーナと」

「嫁さんの名だ」


 マグヌスは鐙を懐へしまおうとした。


「部下思いは結構だが、命取りになるぞ」


 テトスが冷静な声で言った。

 マグヌスは聞こえなかったように動作を続けた。


「よさんか」


 テトスは、無理やり鐙をむしり取り、戦場のはるか彼方へ放った。


「何をするんです!」


 抗議して殴りかかるのを、逆に張り倒した。


「情に流される将軍など、マッサリアには要らぬ」


 そして、あたりを見まわし、大声を張り上げた。


「勝利の歌を歌え! 互いに傷の手当てをしろ! そして、動けるものは墓穴を掘るのだ」


 足元のカイの遺体を一瞥(いちべつ)し、


「良く戦った」


 と、自分のマントを脱いで覆ってやった。


 マグヌスの初陣は自ら戦場に立つこともなく、見事な戦果を上げてここに戦いは終わった。








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― 新着の感想 ―
[良い点] アルぺドン側の内輪もめも、戦場ではこういう事もありそうだよなぁと思いました! カイ隊長の死を悼むマグヌスさんがとても素敵でした。 部下を使い捨てとして考えているのではなく、ちゃんと人間関…
[一言] 心境と行動によって、そこにいる方達の息吹を感じられます!
[良い点] 戦は常に生死の分かれ目……。どんな人物もあっさり……。 マグヌスは頭は切れるけど優しすぎるのね。 カイ隊長、安らかに。
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