序章 12.決戦の地
ルルディ姫は無事、マグヌスの軍と一緒にチタリスに帰還した。
彼女は一応ケパロスへ勝手に抜け出した詫びを言っておいたが、彼はとがめる素振りをしなかった。
「指輪が無くなってますね」
マグヌスが初めて気付く。
「門番にあげたわ。外出できたお礼のつもり」
ルルディが笑った。
(この笑みを見るためなら何でもする)
マグヌスは思った。
智将テトスとマグヌスの率いるマッサリア軍はそのままチタリスに拠点を置き、メイ城を占領したアルペドン軍と対峙することになった。
両者の間には、アケノの原と呼ばれる野が広がっており、やはり暗黙の裡にそこが戦いの場に選ばれた。
この戦いを制する者がミタールの富を独占する。
アルペドン側一万、マッサリア側七千。
メイ城側にやや小高くなった丘があり、アルペドン軍はそこに本陣を据え、前方のふもとに左右に長く戦列を組んだ。中央に重装歩兵、右翼左翼に騎兵隊。
「やはり、そこをとったか」
テトスは顎を撫でた。
白銀の鎧がキラキラと光る。
「陣を厚くして、戦線を突破し、本陣を襲うか」
「丘を登るうちに両翼と後ろから包囲されてしまいます」
マグヌスが言った。
両者の間には、偵察部隊からの情報に基づく簡単な地図が広げられていた。
「後方からの攻撃は避けねばならぬ」
この時代、先頭の主力は重装歩兵で、大きな盾と長い槍を持ち、緻密な戦列を組んでひたすら前進して敵と当たるのが常だった。むき出しの後方からの攻めには特にもろい。
「ところで、鎧はどうした?」
そうテトスがいぶかるのも当然、マグヌスは普段通りの上衣……先の決闘で破れたもので下に鎖帷子が見える……しか着ていない。
「だから、私は怪我人だと言ったでしょう。戦闘には加わりません」
「ふむ、そうか」
テトスはにやりと笑った。
「では、ここで総指揮を執るがよい。俺は騎兵隊の先陣を切る」
白銀の兜をかぶる。
「お前の作戦に従ってやるのだ。ありがたく思え」
「わかりました」
マグヌスは恐れもせずついと地図を指さした。
「騎兵隊は右翼、あなたの主力重装歩兵はここ中央に、主戦に先駆けてあなたと私の軽装歩兵が弓を射かけます」
「左翼は?」
「そこは沼地で足元が悪いため、敵騎兵の身動きは遅くなります。私の貧弱な重装歩兵が引き付けてから迎え撃てば十分」
「数の不利はどう考えているのだ?」
「機動力にかかっています。急襲してください」
「それだけか? お前の急ごしらえの騎兵隊はどうするのだ? 置いていくぞ」
「そうなるでしょうか?」
だが、マグヌスの提案した作戦はごくありふれたもの、特にケチをつけるところもない。
二人がにらみ合っている間に、早くも戦いの叫び声が聞こえ始めた。
軽装歩兵が戦端を開いたのだ。
「埒が開かぬわ。行くぞ!」
足音荒くテトスは歩み去った。
「カイ! 頼んだぞ。勝敗の行方はお前にかかっている」
「心得ています」
マグヌスは祈るような眼で、鋲を打った革鎧を身に着けたカイの背を見つめた。
テトスはすでに馬上の人だった。
多くの戦士たちがそうであるように、飾り布をかけた裸馬に両脚を支えに乗っていた。
短めの槍と小ぶりな盾も一緒だ。
「前進!」
命令と同時に騎兵隊が敵左翼に向けて速歩で進行を開始した。
馬の速度は徐々に上がり、敵と激突する際に全速力となる。
(目論見通り)
テトスは速度を計算しながら自信を深めた。
敵の騎兵隊が、すぐそこに見える。
「襲歩!!」
最高速、最大の突破力。
ところが彼らを追い抜いていく一団があった。
「テトス殿、お先に失礼いたします!」
声だけを残し、やすやすと追い抜いて先にたって行く。
テトスはあんぐりと口を開いた。
「そうか、鐙か!」
テトスの見ている前で、カイは敵将に迫った。
馬体を寄せ、二度、三度と体当たりする。
「なっ、何をする!」
敵将はこらえきれず、暴れる馬の背からどうっと転げ落ちた。
カイたちと違って、馬上に踏ん張る鐙が無いのだ。
落馬した者は馬に踏みにじられる。
「鐙の威力を見たか!? 下馬を許すな。馬上ならこちらが有利だ!」
カイが叫ぶのが聞こえる。
彼は馬上から槍を繰り出していた。
(真っ先に指揮官を失い戸惑う敵騎馬隊に、かくも無慈悲な攻撃を仕掛けるものよ)
テトスは感嘆する。
馬のいななきと金属のぶつかる鋭い音が響いた。
「カイとやら、働き見事! 敵騎兵を殲滅できるな」
テトス以下マッサリアの騎兵隊が追い付いてきた。
「テトス殿、この場は我々に任せて、敵重装歩兵の裏に回り込んでください!」
テトスは一瞬、躊躇した。カイ以下の騎兵の装備がアルペドン軍に比べると明らかに劣っていたからだ。人数も少ない。
「マグヌス様の指示です。早く!」
「承知!」
応えながらテトスはうめいた。
「マグヌスめ、俺をコマのように使うとは許せん」
テトスの騎兵隊は混乱した敵騎兵隊をやすやすと突破し、アルペドン軍の背後に回り込んだ。敵が驚く暇も与えない。
「十名は俺と一緒に来い。それ以外全員下馬! 隊列を組め」
テトスの命令一下、残る全員が下馬し、陣形を整えた。騎兵が下馬して歩兵として戦うのは珍しいことではない。特に馬具が未発達なこの時代では。
「敵重装歩兵の背後を突け! 駆け足‼️」
よく訓練された一団が、雄叫びを上げて重装歩兵の最も弱い背後から突き崩しにかかった。
意表をつかれたアルペドンの重装歩兵は混乱し、後方から四散していく。
「ようし! 我々は敵本陣に向かう。遅れるなよ!」
テトスは丘の上の敵陣を指した。




