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第七章 119.冬の和睦

 目の前で問題の山賊たちが退去するさまを見せられて、グーダート神国の指揮官たちは緊張を解いた。


 そして、エウゲネスが和睦を願う使者としてグーダート神国の陣に赴いた。


「懸念される山賊どもは、皆、アルペドン領内に収容した。これからは、貴国がシュルジル峠を治められるが良かろう」

「峠まで我らが領土に?」

「マッサリア領アルペドンからの詫びだ。これで軍を引いてはいただけないか?」

「すべては、グダル神の御心のままに。今は停戦のみを約束しよう」


 停戦は成った。

 エウゲネスとマグヌス兄弟の尽力で、かつて激戦の場となったシュルジル峠には、今回は一滴の血も流れることがなかった。


 しかし──。


「元々祖霊神とグダル神は兄弟同士。山賊の問題も片付いた今、両者が争う必要はあるまい。軍船も引き上げて貰えないか?」

「待て待て。祖霊神をグダル神の上として祈りを捧げるお前たちと我々がやっていけると思うのか?」


 祖霊神──名を呼ぶことは許されていない──と、その子にして弟神のグダル神。


 旧帝国の神話では、天上を支配する祖霊神が炎の槍をもって大地を深く引き裂いて地下にグダル神の領土を作り、死者はこの冥府にたどり着くことになっている。


 祖霊神は、配偶者も無しに次々と神々を産み出したが、最後に産んだ両性具有の美の神の魅力に取り憑かれ、彼、または彼女に海を与えた。


 海の色が天の色を映すのはこのせいだと言われている。


 グダル神を信仰する者も祖霊神を信仰する者も、同じ神話体系の中にいるのだが、グーダート神国は特にグダル神の信仰に篤く、死後の世界の安寧を願うものが多い。


 したがって、戦死の名誉は高く評され、好戦的な気性と相まって戦場では恐れられる国民である。


「これで(あかし)になるだろうか?」


 エウゲネスは連れてきた馬を、グダル神への生贄にと(ほふ)った。

 祖霊神と違い、流れる血が大地に染み込むのを、グダル神が生贄を受け取った印とする。


「軍馬をのう」

「グダル神も喜ばれよう」


 最終的に、神官が和平を許す神託を得て、やっとグーダート神国は剣を納めた。

 謎の艦隊も姿を消した。


 両者は、そのまま本格的な和平交渉に入った。


 ゲナイオス王とエウゲネスの二人が、グーダート神国の首都に招かれる。


 街の中心に位置する巨大な神殿の奥は、地下へと続く洞窟になっている。

 二人はここで和平の誓約が嘘ではないことを試された。


 洞窟の最奥で試練を受けてこいと言うのだ。


「武装を解いて行け」

「まさかこのまま閉じ込められたりはしないだろうな?」

「祖霊神の信徒はそこまで腰抜けか?」


 ムッとした顔をお互いになだめながら、二人は松明を掲げた神官の後に続く。


 ゆるい階段が途中で切れ、足元は滑りやすい岩場になった。

 所々に水が流れ、そのいたずらだろう、洞窟の岩は奇怪な造形を成していた。

 凍るような空気がまといつく。

 言葉を発する者はいない。

 揺らめく松明の火に奇岩の影が揺れて、何者かが襲いかかりそうだ。


 最奥、足元が途切れた。

 水が滝になって流れ落ちていた。

 洞窟はさらに深く暗黒の奥へと続いている。


「グダル神よ、ここに参った者どもの真意を見抜き給え。凶と出ればそのまま突き落として生贄にいたしましょう」


 神官が松明をかざして暗闇に祈った。


 しばし間をおいて、暗黒から雄牛の咆哮のような低い唸り声が帰ってきた。


「吉兆」


 ゲナイオスたちは張り詰めていた肩の力を抜いた。


「では、信じてもらえるのか」

「グダル神の御心のままに」


 無事試練を終えて陽の光を浴びた二人は精力的に交渉に入った。


 今回のグーダート神国と和平は、以前の不安定なものとは違う。


「両国はともに平和を分かち合い、繁栄するものとする。槍を向けるものは永遠に呪われるであろう」


 和議はアルペドンの王宮に場所を移して執り行われた。


 グーダート神国の一行はシュルジル峠の利権を得たことに満足して軍を引いた。


 軍勢が引き上げるのを見て、ゲナイオス王は冠を外すと、それをエウゲネスの頭に載せた。


「ゲナイオス殿、いささか気が早すぎませんか」

「評議会も事前に認めていること」


 ゲナイオスは譲らなかった。



 グーダート神国との流血のない停戦、和睦は、セレウコス派にとって致命傷になった。

 軍の支配が市民の犠牲を出すという彼らの主張に対する、見事な反例になったからだ。


 政争に敗れ、支持を失ったセレウコスは、インリウム国へ亡命者として迎えられた。





 他方、マグヌスは、レステスを頭とする山賊たちを連れて、三日月湖(ミソフェンガロ)に着いた。


「なんだ、ほとんど湖じゃないか?」

「来年にはほとんど干上がる。そこが、元々の湖のあとだ。水が減っているだろう」


 マグヌスに指さされて若いオリーブの樹の茂るあたりを見回す。


「ミソフェンガロは新たに郷里の制に組み込まれる。種籾(たねもみ)は時期を待って支給しよう」


 突然、レステスが、抱えてきた鍋を放り出して湖に駆け込んだ。


「土地だ! 俺たちの土地だ!!」


 二人、三人と、その後に続いて喜びを爆発させる。

 飛沫が上がる。

 凍るような水をものともせず、彼らは踊り狂った。


「誰のものでもない土地がここにある!」

「──麦は支給するが、魚は湖のを採ってくれ。ただ、くれぐれも元の漁師たちと争わないでくれよ」


 マグヌスの言葉も耳に入ったかどうか。


「ヨハネス、部下とともに一月ほど彼らの様子を見てくれ」

「はっ」

「問題があったらいつでも王宮に知らせを」

「かしこまりました」


 ゆっくり王宮に戻ると、すでに、ゲナイオスとエウゲネスは軍勢を率いてマッサリアに帰った後だった。


(義兄(エウゲネス)の王位復帰、山賊たちの始末、これで問題がまとめて片付いた)


 最近留守がちなテラサに代わって、古顔の侍女が清水を運ぶ。


「執務室の方へ頼む」


 マグヌスが王座でくつろぐことはまず無い。

 王の間そのものも床を作り変えて、三段高かった王座を平らな床の上に置いた。


 アルペドンが王の独裁ではなくなったことを形で示したことになるのだが、宰相ゴルギアスたちは階下でなければどうも居心地が悪いらしい。


 執務室の質素な机に向かい、一息ついていると、聞き慣れぬ女の声がマグヌスを呼んだ。


「マルガリタ様が急用です」

「どうかしたのか?」

「いよいよ、お産まれになります」


 マグヌスは思わず手にしたカップを取り落とした。



兄弟の連携プレーで戦争は免れましたが、マグヌスの身には大変なことが……


次回、第120話 インリウムの蠢動


本章最終話です。

木曜夜8時ちょい前をどうぞお楽しみに!!

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