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第七章 116.指揮官、ゲナイオス王

 ルークとヨハネスは予想通り何の戦果も挙げずに帰ってきた。


「グーダート神国は本気で攻め入るつもりだぞ」

「もう軍隊が集結していますか?」

「いや。顔なじみになったシュルジル峠の見張りに聞いた」


 今回もまた、シュルジル峠の攻防が明暗を分けるだろう。


「それに、あちらでは船を動かす準備もしているということだ」

「今まで海軍を持たなかった国が船ですか?」


 そもそも冬の嵐を恐れる船乗りは多い。

 アッタリア水道は暴風に閉ざされ、西方のオロス島方面が、むしろ冬の航路として選ばれる。


「先の海戦ではオロス島まで手が回りませんでしたからね」

「海賊がいるんだろ、そう簡単にグーダート神国の連中も手が出せんさ」

「アウティスに探ってもらいたいところですが、ちょうど彼は新婚ですから」


 現状を分析しながら、マッサリアからの本隊到着を待つ。

 民会の結果は、すでに彼らの耳に届いていた。


 アルペドンに集っているのは、平和主義者のセレウコスの勝ち目を無くすため、グーダート神国に宣戦布告させた張本人たちである。


 選ばれたアルペドンの精鋭が五千人、家業を中断して集合した。彼らにとって、他国(マッサリア)の内輪もめのとばっちりである。


 程なく、ゲナイオス王とエウゲネスが、そろってアルペドン入りを果たした。


 それぞれ三千人ずつのお抱えの兵士を引き連れている。

 ゲナイオス王は純白のマントに黒く染めた麻鎧、エウゲネスはいつもの真紅のマントに輝く鎧、いずれも鹿毛の大きな馬に乗っていた。


「お疲れ様です」


 マグヌスとゴルギアスが出迎え、ささやかながら、迎えの祝宴を張る。


 会場には豪華な王の間が使われた。

 兵士たちは、王宮外に幕屋を建て、そこで歓迎を受けた。


 ピュルテス河の魚の見事なのを蒸し焼きに、秋の実りの様々な果物、それに、軍隊の糧食の麦のお粥と山賊たちの主食黒パンを付け加えるのを忘れなかった。


 飲み物は蜂蜜酒を薄めたもの、白ワインは甘く独特の風味を楽しんでもらおうと薄めないものを小さな水晶の器に。


「ところで奥方は?」


 ゲナイオス王が、不審そうに聞く。

 王を迎えての祝宴とあらば、表に出て挨拶くらいはするのが普通である。


「初めての出産ゆえ、大事をとって休んでおります」

「懐妊か! でかした、マグヌス。あのときはどうなることかと案じたが、添うてみればまた違うものよ」


 他人事のようなエウゲネスの言いように、マグヌスは唇を噛んだ。


「街中にあった立派な祭壇、戦勝祈願にしてはおかしいと思ったが、安産祈願だったか」


 ゲナイオス王の言葉が知らずに追い打ちをかける。

 マグヌスは、その流れに乗った。


「はい。民は皆喜んでおります」

「初産というのに夫を奪ってすまんな」


 マグヌスは顔を伏せたまま、


「ゲナイオス王、それはお隣のエウゲネス様におっしゃってください。御子たちお二人ともにルルディ様お一人で頑張られたのですから」

「夫が夫なら妻も妻、ご立派」

「そういえば、あのときの侍女はどうした?」

「テラサですか? 彼女は最近街に出て何やらやっております。そのうち報告が来るでしょう」


 会話を破って派手な太鼓の音がしたと思ったら、ペトラたち舞踏団が宴会場になだれ込んで来た。


「エウゲネス様、ゲナイオス様、危ういところを助けていただきました。お礼に南国の歌と踊りなど披露いたしましょう」


「これは懐かしい」


 ゲナイオスが思わず身体を起こした。


 勇ましい音楽を聞きながら、エウゲネスは、


「要は、グーダート神国は、以前からの約束であるシュルジル峠の山賊の討伐ができていないとして、槍を向けてきたのだな」

「はい。早急に山賊対策を取れば、本格的な戦闘にはならぬはずです」


 苦々しげに、


「どうして今まで放置していたのだ?」

「彼らの移住先をアルペドンに作るためです。それはもう、ほとんど完成しています。あとは呼び寄せるだけ」

「ならば話は早い」


 まだ、運河が流れたという知らせは来ない。


「エウゲネス殿、勝手に作戦を進められては困る」

「これは失敬」

「ゲナイオス殿は、王の位に慣れましたか?」


 ふふっと含み笑い。


「忙しいばかりで、人は動かんし、嫌になった。こじんまりやっていた植民市が懐かしい」


 エウゲネスは真顔で、


「では、自分が王位に返り咲いた暁には、マッサリア五将の一人として、名を連ねて貰えないだろうか?」


 エウゲネスが、ゲナイオス王に言った。


「誰かに何かあったのですか?」

 

 ゲナイオスは尋ね返した。


「ピュトンが、もう軍務につかぬと言ってきた。引き止めているが意志が強くてな」


 マグヌスは、疑い深く、


「気を引きたくて言っているだけでは?」


 言いながら、さり気なく、黒パンを薄切りにし、ウサギの内臓の練り物を添えて提供する。


「お前が言葉通りに受け止められないのはわかるが、ピュトンは本気だ。む、これはなんだ? 練り物は美味いが、このパンは?」

「ゲナイオス王、これが、かの山賊たちの食べているパンです。彼らは、グーダート神国から追われ、シュルジル峠に居着いた集団。ライ麦で作る黒パンのかわりに、小麦のパンを食べたがっている」


 エウゲネスが、どれどれと手を伸ばす。

 手渡してやりながら、マグヌスは山賊を擁護する。


「彼らは我らと同じ祖霊神を信仰する者であり、グダル神を崇めるグーダート神国から追われた身。アルペドンに居場所を作ってやりたいのです」

「そういうことか」


 黒パンを飲み下したゲナイオス王が笑顔を作りながらマグヌスに許しを与えた。


「山賊たちの罪を許し、公領アルペドンの領内への定住を許す」

「評議会にかけなくて大丈夫ですか?」

「反対派のセレウコスをあそこまでやり込めたんだ。否とは言わせぬ」

「では、マグヌスは、山賊との交渉に当たれ。我々は、シュルジル峠を固めてグーダート神国軍の侵攻に備える」


 ゲナイオスが、少しばかりの苦笑とともにたしなめる。


「エウゲネス殿、この戦いが終わるまでは、一応自分が王ですぞ、先走られては困ります」

「しまった。つい……許されよ」


 ともに王の貫禄がある……この戦は楽勝のはず……マグヌスはそう思いながら、二人を見守った。

 

──もし、戦になれば。






ゲナイオスとエウゲネスの掛け合いの中に重要情報が紛れ込んでいます。


次回、第117話 艦隊集結せず


木曜夜8時ちょい前をどうぞお楽しみに!




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