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第七章 107.失脚

 翌朝。

 評議会会場にはぎっしりと議員が詰めていた。


 対する演台には緋の衣をまとい、細い黄金の冠を着けたエウゲネス王。


 傍聴は禁止された。

 王を裁く重大さを鑑みての処置である。

 成り行きを心配する者たちは、秋風の中、議事堂の階段に座り、結果を待つしかなかった。


 場内に、議長セレウコスの声が響いた。


「王という立場はご理解か?」

「民からの信任を受けた評議会から任命され、国のために最善を尽くすのがその使命と」


 よどみなく答える。


「しかしながら、八十隻の三段櫂船を預かりながら、最終決戦に残ったのはわずか十隻。この事実をどう弁明する」

「三段櫂船は貴重だが戦えば損耗するもの。陸戦で軍馬は貴重だが失われるときには失われる。加えて、三分の二を失ったかのような誤解は解いていただきたい。補修すれば航行可能な船が、連中がネオ・ルテシアと呼んでいた港に大切に保管されている」


 ここまでは様子見である。


「では、船がありながら動かせなかった理由を述べよ」

「それは……」


 ピュトンから、事前の工作はほぼ無効だったと聞いている。

 他国での戦いに明け暮れている間に、評議会の顔ぶれは新しくなり、彼が影響力を持っていた者たちは引退してしまっていた。


「それは、漕ぎ手に選んだルテシアの解放奴隷どもが反乱を起こしたからだ」

「反乱を防げなかったのはなぜか?」

「察するに、市民権を与えるという寛大な処置が彼らを増長させたものと。その決定は評議会が行ったもので間違いありますまい」


 議席がざわざわと不穏を帯びる。

 追求の穂先が変わった。


「臨時に彼らを奴隷として扱い、鞭をもって働かせてみたが、ネレイデスの大洲の最終戦で彼らが見せた働きは、奴隷として見事なものであった」

「評議会の決定が間違っていたと言うのか?」

「彼らをどう扱うか、決定権を戦場の我々に委ねなかったのは短慮であったと述べさせていただく」


 王の言葉は、権限逸脱ぎりぎりである。


「戦場の刻一刻と変わる状況を、離れたこの地で安穏と木陰に座って過ごす方々に、正確に判断できるのか」

「王よ、言葉が過ぎるぞ」


 言葉が飛んだ方へ向き直り、


「マッサリア王エウゲネスではなく、太陽に灼かれ、潮風に煽られ、衝角の餌食となって海に沈んだ者たちが語っているのだ」

「テオドロスの子、エウゲネスよ。確かにここは戦場ではない。戦場で作戦を立てるのは王や将軍に任されている。ただ、評議会はそれが妥当なものであったかどうか、検証しなければならぬ。それは理解しておられるな」

「間違いなく」


 実際の事件の発端──ピュトンが解放奴隷たちを適切に扱わなかった件は徹底して伏せるつもりである。

 だが……。


「漕ぎ手たちの扱いは本当に適切だったのか?」

「もちろん」

「非道を訴える宣誓密告者がいるが、発言を許すか?」


 議員たちの大声がいくつか上がる。


「認めろ!」


 評議会が強気な理由が分かった。

 宣誓密告者とは、身の安全を保証されて真実を語ると宣誓した者で、身分は問わない。ただし、国家の利益になる者に限られる。


「自分には拒絶する権限は無い」


 神に守られた者を示すオリーブの枝を持って、身体をかがめたルテシア人が議場に呼ばれた。

 彼はピュトンの元で漕ぎ手だったルテシアの解放奴隷と名乗り、兵士たちの乱暴狼藉、ことに立つこともままならぬ者を働かせようとして剣で脅したなどと証言した。


「それに対して我が身を守ったのが反乱の発端です」


 エウゲネスは呻吟しんぎんした。

 すべてをピュトンに被せてしまえば、自分の責任は軽くなる。

 しかし──。


「それは、自分が許した。ピュトンはこの度の戦いの帰趨(きすう)を決める火玉の開発に尽力した。機密を守り、引火しやすい火玉を取り扱う以上、多少厳しくしても仕方がない」


 納得する者もしない者もいる。


 ここで、短い昼の休憩時間が取られた。

 評議員たちは外の空気を吸いに、三々五々外に出る。


 ドラゴニアの父、リュシマコスが姿を見せた。

 議事堂の階段を降りきらぬうちに、ピュトンを除く四人の将軍が彼を取り囲む。


「審議の具合は……」

「良くない。宣誓密告者が現れた。将軍の漕ぎ手に対する横暴を告発している」

 

 ドラゴニアが早口でまくし立て始めた。


「では、(わたくし)たちも証言を。ピュトンはともかく、それ以外の将軍はふさわしい対応をしていたと」

「ピュトンも、火玉を開発して勝利に貢献した。自分はあまり使いたいとは思わぬが」


 と、テトス。


「良い結果は期待するな。王は全ての責任を負おうとなさっている。下手に口を挟むとお前たちも罪に問われるぞ」


 リュシマコスは愛する娘に目をやった。

 今日は武装を解き、艶やかに薄紅色の着物(キトン)と白い外套を着こなしている。ただ、(ふところ)からちらりと覗く短剣以外は、妙齢の女性である。


「娘や、お前もそろそろ女としての仕事を身に着けたらどうだ?」

 

 ドラゴニアは、高貴な生まれには珍しく小麦色に日焼けした腕を伸べながら、


「今さら、機織りと糸紡ぎですか? 御免こうむります。それに、(わたくし)が伴侶を探しても父上は反対するばかり」


 ちらりとマグヌスの方を見る。


「私領も持たぬ者に大事な娘はやれぬ」

「そして、大きな公領を得たときには、すでに手遅れ」


 マグヌスが引きつった笑顔を見せている。

 ドラゴニアが主催する宴会ごとの強引な求婚は頭痛の種の一つだった。


 昼時を過ぎ、皆が再び議場に戻ると、議論が再開された。主に宣誓密告者の信頼性を問うものだった。


 そして例によって王の判断の是非が問われる投票へと移った。


「投票結果を発表する」


 議長セレウコスの声に、しん、と静まり返る議事堂内。


「テオドロスの子エウゲネス。判断は非とする。王の任を解き、追放を命じる。なお、財産は没収し……」


 エウゲネスは立ち上がった。

 手には王冠が握られている。

 

「自分は一人のマッサリア市民として、また王として、再審議を要求する」


 一瞬の沈黙の後、議場は怒号に包まれた。


「すでにそなたに市民権は無い。お分かりか」


 議長の声。

 エウゲネスは王冠を足元に叩きつけた。


「最後に一つ聞かせてもらおう。自分以外に王の重責を担う者がいるというのか? 誰を次の王とするつもりだ⁉」




さあ、海賊と戦ってる間に足元が崩れてしまいました。どうするエウゲネス。


次回、第108話 月蝕の夜に


木曜夜8時ちょい前をどうぞお楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんと! ここでエウゲネス王の解任と言う展開が来るとは! ファンタジーとなると、所謂「絶対王政」的な君主の権が圧倒的に優位にある設定が一般的だからこそ。 古代地中海世界の時代をモチーフに…
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