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第六章 104.再起

 さすがのエウゲネス王も、顔をしかめた。


「漕ぎ手が半減……」


 被害確認と善後策を協議する会議が、朝日も登り切らぬうちから始まった。


「一から再編したほうが早いでしょう」


 智将テトスはもう切り替えたようだ。


「動かせる三段櫂船の数は三十隻かと」

「果たして指示どおりに動いてくれるか……」


 マグヌスは、以前からの懸念を口にした。


「少し前から、気力を失った漕ぎ手を目にしております」

「手抜きを許していたのか?」

「いいえ、ピュトン、あなたの船にもいたはず。櫂を握る気力さえ失った漕ぎ手たちが」

「ピュトン、この件はいずれ評議会にかけられる。マッサリアに戻って、我々に落ち度は無かったと評議会に働きかけるように」


 このエウゲネス王の言葉は、漕ぎ手たちの憎悪があの火攻めを計画したピュトンに向けられていたことを考え合わせて、やむを得ない措置。


「マグヌス、お前は被害の少ない重装歩兵を率いて、引き続き南下と拠点の制圧を続けてくれ」

「承知しました。いかほどまで?」


 王は少し考えた。

 ルテシアの残党は主要航路沿いに南下している。


「海賊どもの後を追ってネレイデスの大洲の南まで」

「はい」


 これも、ルテシアの漕ぎ手たちの恨みを配慮した動き。ネオ・ルテシアの地まで随伴してきた重装歩兵は、忠誠心に疑念の余地のないアルペドンかマッサリア出身者ばかりだ。


 ネレイデスの大洲は、南大陸よりのよく知られた難所、東回りの主要航路の直ぐ側にあり、大小二つの島をつなぐ浅瀬であるが、特に大洲の存在を示すきりのように尖った小島は、航行の目印にもなっている。


「他の方面はどうする?」


 ゲナイオスが問う。


「船の数が足りん。後回しだ。すまぬ。ここに残ってこの地を守ってくれ」


 三段櫂船の指揮を取るのは、テトス、メラニコス、ドラゴニア、そしてエウゲネス王だ。


「反乱を企てた者どもだ。評議会が決定を下すが、それに先んじて奴隷として扱って構わぬ」

「お言葉を返しますが、そうせざるを得ぬまで追い込んだ我々に本当に責任は無いのでしょうか?」


 マグヌスは王とにらみ合った。


「それは評議会で言え。我々は戦いに勝つことを優先しなければならぬ」


 ドラゴニアがマグヌスの背を小突いた。


「王のおっしゃるとおりだ。鞭で責めてでも櫂を握ってもらわねば」

「では、勝てば解放奴隷のままでは?」


 マグヌスも粘る。


「この荒れ始めた海で勝てると思うのか?」

「勝たねばならぬと思わせるのです」

「保留とする。お前は上陸作戦に専念せよ」

「わかりました」


 引き結んだ唇もそのままに、マグヌスは軍議の場からはなれ、港へ急いだ。

 時間が無い。


 マッサリア軍の内紛が知られる前に要所に重装歩兵の駐屯地を設けようと彼は考えた。


「ネレイデスの大洲か……見たこともないな」


 そこに至るまでには、航路上四つの人の住む島がある。


 そこへの人員配置はヨハネスにまとめて任せ、自分は五十の手勢を率いて、興味に駆られるまま、ネレイデスの大洲方面に偵察に向かった。


 

 他方、ルテシア海軍はというと、クラクシア港を出る際、三分の一の三段櫂船を捨てていた。


 もはや海軍の体をなさず、補給も不確実となった今、維持、整備、運用のいずれにも費用のかかる三段櫂船は無用と判断されたのだ。


 わずか二十余隻。


 丸船と呼ばれる櫂の少ない帆船と混成になり、次の行く先を占う。


 対するにマッサリア海軍は、島々の拠点ごとに占拠していくという当初からの方針が功を奏し、着実に多島海の支配権を握っていく。


 ずるずると逃げるルテシア側だったが、ここで思わぬ朗報が入った。

 マッサリア海軍から離反した四百人あまりの解放奴隷たちが、五隻の三段櫂船を強奪してここまでたどり着き、合流を果たしたのだ。


「マッサリア海軍は、三段櫂船の漕ぎ手のほとんどを失いました」


 いささか誇張されてはいるが、マッサリア側の漕ぎ手を務めていた同胞からの情報にルテシア海賊は飛びついた。


「次こそ、決戦の機会。海は荒れ始め、不慣れなマッサリアの連中は手も足も出ないでしょう。」

「それに火攻め、あれはもう、あの油が尽きているのでは? あれば、ネオ・ルテシアにも使ったはず」


 相談相手のヒッポダモスを失い、いささか不安ではあったが、ソフィアはうなずいた。


「北上しましょう。戦場は、そうね……ネレイデスの難所。重装歩兵を先行させて」


 陸戦を得意とするマッサリア軍に備えるためである。丸船に乗った重装兵千人が、決死隊の面持ちでネレイデスの大洲の付け根にある大島と大洲の先の小島に向かう。


 大小二つの島を結ぶ水深の浅い砂の帯がネレイデスの大洲と呼ばれる難所で、満潮時には水没して航行可能となるが、周辺は暗礁だらけ、よほどこの地を知った者でない限り、尖った小島を大きく迂回する航路を選ぶ。


 丸船五隻は慎重に暗礁を避けながら、個別に分かれて二つの島に接近した。


「待て、すでに船があるではないか!」


 船をつけるところを探して小島に接近した丸船の見張りが、声を上げる。

 帆柱に真紅の旗を掲げた、見間違うことのないマッサリアの船があった。


「三段櫂船ではない。俺たちと同じ丸船だ……」


 ということは、すでにマッサリアの手が回っているということか。


 相手は一隻だけである。


「こっちに上陸した人数は少ないな。取り返せる」


 それは、まさにマグヌスたちの部隊だった。

 帆で進む丸船はよく目立ち、接岸前にマグヌスたち上陸班の知るところとなっていた。

 マグヌス率いる歩兵が身構えているとも知らず、二百人のルテシア兵たちは上陸を開始しようとした。


 数はルテシア優位だが、地の利、時の利はマグヌス側にある。


 接岸する(いとま)も許さず──。

 盾では防ぎきれぬ矢に数名が船内に倒れ込む。

 その屍を乗り越えて船縁から飛び降りるルテシア兵。


 重い投げ槍がそれを貫く。


 小競り合いの後、ルテシア兵たちは小島への上陸を諦めて、一時撤退した。


 その間に、後続のマッサリアの丸船が到着した。

 ヨハネスが手を振っている。


 すでに前哨戦が始まったことも知らず、三十余隻のルテシア海軍は、仮の宿としていたミュスタの港を捨て、ネレイデスの難所近くの海岸に向かって進軍を開始した。



さあ、両者拮抗、分からなくなりました。


次回、第105話 ネレイデスの大洲

梶一誠様の地図(第一章冒頭部分をご覧ください)にも記された多島海最大の難所。


第6章最終話となります。

木曜夜8時ちょい前をお楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] マグヌスさんは部下のことも捕虜や奴隷たちのことも、ちゃんと人間として見ていて、関係を築こうとしている……そういう人こそ王様になって欲しいなと思いました。 そんなマグヌスさんだからルークさん…
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