31 有名累進課税
俺が人喰いごっこをやめて五層通路の通せんぼをやめると、冒険者達はほどなくして六層に到達した。そして六層の森フィールドは想定より遥かに冒険者に刺さった。
トレントモドキによる道順攪乱をひたすらやっているだけで迷い迷って元の場所に戻り、時間ロスで生命力を消耗し探索を続けられなくなり引き返していく。トレントモドキが働き過ぎるせいでウィザードゴリラの出番が無いぐらいだ。
六層に冒険者が到達してから五日経過しても六層のモンスターは一体も死んでいない。目撃もされていないため六層にはモンスターが存在しないのではないかとすら言われている。
これが不戦勝……! 戦わずして勝つ……! 最高やな!
ダンジョンの白壁化や突如としてニョキニョキ生えはじめた目に痛い深紅のクリーンキノコは大ニュースとして冒険者界隈を騒がせた。が、ダンジョン関係はいつも大ニュースばかりで業界は慣れていた。いつものダンジョンの不思議で片付けられたのは良かったのか悪かったのか。
そんな大小様々なニュースの中でも二階堂拓真氏(20歳、学生)による詠唱魔法の発見は一際大きく取り上げられた。
かつて存在を信じられ熱心に研究され、科学の隆盛と共に否定された魔法が、今再び歴史の表舞台に上がってきたのだ。二階堂氏には一度会った事がある。その時は他の冒険者に見向きもされていなかったが、今は一躍時の人だ
彼が発見した詠唱は「力よ、貫け」。
不可視の槍で対象を貫く最も基礎的な魔法だ。詠唱に加えて杖……杖というか棒を持ち、敵を指しターゲティングして発射する。
不可視であるため回避は困難。威力は一撃でロックゴーレムを破壊できるほど。ゴブリンならカスっただけで死ぬ。
発動に自分の生命力を消費するためメタクソ疲れ、レベル1では一発撃つのが限度だが、低層モンスターを確殺できる一撃を持てるのは大変大きい。しかも遠距離から一方的に殺れる。
ダンジョンでせこせこ総当たりで呪文詠唱を試していた二階堂氏は魔法発見以降活動の場を地上に移した。
国内だけでなく有名海外メディアからも殺到する取材、身バレ。自宅に押し寄せるめんどくさい人々から身を隠すため、二階堂氏は早々に警察の保護下に置かれた。研究の続行やダンジョンの探索どころではない。
いつまで警察の保護下に置かれるのかは明かされていない。たぶんほとぼりが冷めるまでだろうが、いつになるか分かったものではない。
動向が気になるところだが地上では一般人に過ぎない俺が込み入った情報を探れる存在ではなくなっている。
ただ、ネット上では真しやかにガーディアンズ主導で大々的に言語学者を募集し、世界各地の大学から言語学教授が招集されているとの噂が流れている。
二階堂氏が発見した詠唱は包み隠さず公開されている
力よ、貫けは二階堂氏の刻印である「魔術師」限定のものではなく、他の刻印と互換性がある。秘術師、魔女、屍術士などと共用の呪文なのだ。
魔法の発見と周知によって四大刻印の名は廃れ、まだ効果が分かっていない刻印の謎を解き明かそうという動きが加速している。
そう遠くない内に全ての冒険者は刻印を使いこなすようになる事だろう。
ガーディアンズ管轄の多摩川入口からダンジョンに入ればすぐ簡単に出会えた二階堂氏は遠い人になってしまった。今や確実に歴史に名を刻む有名人。名前は売れに売れ、知名度だけで大儲けできるのではというレベルだ。
俺もかつての知人が大売れして急に遠い人になってしまったような寂しさと羨ましさを勝手に感じつつ彼のSNSを追っていたのだが、ある書き込みを見つけて仰天した。
周囲の女性が急に優しくなってアプローチをかけてきた、と言うのだ。
ハニトラじゃねーか!!!
このタイミング、どう考えても二階堂氏本人が心から好きでモーションをかけてきたわけではない。色仕掛けで取り入る気満々だ。情報を引き出すためか、別の理由かは知らないが。
どうせ寄ってきた女は二階堂氏じゃなくて二階堂氏の知名度が好きなんだろ。
有名人と仲がいい私はすごいって箔付けのために寄ってきてるだけなんだろ。
いい顔して近づいてきて、炎上したり落ちぶれたりしたらアッサリ捨てるんだ。
へっ! そんな男をアクセサリとしか考えてない女、こっちから願い下げだぜ!
全然羨ましくないね!
羨ましく……
…………。
正直羨ましいです……
有名女優とかめっちゃ綺麗なモデルの人達も二階堂氏のアカウントフォローしてるしさ。
夢見がちな中学二年生ぐらいの少年少女の間ではほとんど教祖のように熱烈な支持を受けている。
これだけ物凄い人数に知られていれば一人ぐらい本当に二階堂氏の事が心から好きで5億円ぐらい貯金があって可愛くて性格良くておっぱい大きくて他の男にフラフラしない女性いるだろ。
くそっ、羨ましい。普通に羨ましい。
俺も何か大発見すれば美少女が寄ってくるのか?
今の俺は表向きはダンジョン最前線で攻略を進めている冒険者という扱いになっているが、どうにもパッとしない。冒険者には引き気味で「婚活男」というあだ名で呼ばれていて、SNSでもOIS社や江戸警、ガーディアンズといった大御所に話題をかっさらわれ俺個人が注目される事はない。
しかし有名になれば出会いが増える。
出会いが増えれば理想の結婚相手が見つかる。
つまり有名になるのは実質婚活……!
なんて事だ、すごい真理に気付いてしまった。これは秘密にしておいた方がいいな。このテクニックが広まって真似する人が増えたら相対的に俺が不利になる。
でもダンジョンちゃんにだけは話そう。俺はこの大発見を報告するために早速ダンジョンちゃんに電話をかけた。
話を聞いたダンジョンちゃんはちょっと待って、と言って誰かに電話を替わった。
「やあ」
「その声は評価ボタンさん!」
「ああ、久しぶりだね。有名になる事で出会いを求めるとの話だが、悪質な女に引っかかる可能性も上がる。やめた方がいいね。気付いてないだけで身近に君を心から愛している良い女がいるんじゃないかな」
「いませんよ、そんな人は」
「いるさ。例えば私とかな」
「えっ……(トゥンク)」
~ハッピーエンド~




