270 【SIDEサヴィス】10年前 1
オレはナーヴ王国の第二王子として生を受けた。
それまでナーヴ王国の王の子は、2歳年上の兄のみだったため、継嗣に何かあった時のスペアとして望まれたのだ。
―――そう考えるのが普通だろうが、幼い頃のオレは一度だって、そんな風に考えなかった。
母が何度も話して聞かせてくれたからだ。
「サヴィス、あなたを一目見た瞬間、私が待ち望んでいた子はあなたなのだと分かったわ。だから、もう一人だって子どもはいらないわ。私がほしかった子どもはあなたなの」
幼い頃、オレは一度だって、母の愛情を疑ったことはなかった。
「サヴィス、あなたの金の目は特別なのよ」
そんな風にいつだってオレのことを特別だと言い続け、手元に置きたがったから、オレへの愛情に溢れていると信じて疑わなかったのだ。
母が言うように、オレの金の瞳は特別だった。
ナーヴ王国の初代国王は、金の瞳を持つ精霊王を父に持ったという。
そして、その名残で、王家にはごく稀に金の瞳を持つ者が生まれるらしい。
片方だけとはいえ、オレはその金の瞳を受け継いで生まれてきたのだ。
「王家に金の瞳が確認されたのは、300年前の大聖女様が最後になります!」
オレの目の貴重性を強調する貴族の言葉を聞きながら、母は嬉しそうに目を細めた。
「そんな珍しい金の瞳を持つ者が私の息子として生まれてきたなんて、素晴らしいことだわ。これは運命ね」
手放しで褒められることが面映ゆく、オレは誰も指摘しない大聖女との違いを口にした。
「大聖女は両目とも金の瞳をしていました。しかし、オレは片方だけです」
大聖女と比べると半分の価値しかないことは明白だろうに、母は決して落胆した様子を見せず、誇らし気に微笑んだ。
「一つあれば十分よ」
そんな母の姿を見て、オレは息子として愛されているのだと信じていたのだ。
オレは王の息子ではあったものの、次男ということもあり、比較的のびのびと育てられた。
兄と違って厳しい帝王学を修めることもなく、晴れた日は暗くなるまで川や森で過ごし、雨の日は図書室に籠って好きな本を読み漁った。
「あの子は金の瞳を持って生まれてきたのだから、その祝福された体を健やかに育てることが最重要だわ。美味しい食事を食べさせて、適切な運動をさせて、後は出来る限りあの子の好きなように過ごさせてあげて」
随分後になって、母が教育係にそう口添えしてくれたのだと聞かされた。
その話を聞いた時、嬉しくて思わず笑みを浮かべたが、同じように教育係の話を聞いていたローレンス兄上が、呆れたようなため息をついた。
「はあ、僕はお前が心配だよ。母上に大切に思われていることが分かって嬉しいのだろうが、そんなに素直に感情を露にして、この王城でやっていけるのか? ここにいるのは皆、化かしあいに長けた老獪な連中ばかりだぞ」
兄の言うことはもっともだったが、実際のところ兄の方がオレより感情豊かで直情的だ。
そのため、王になる兄が今の性格でやっていけるのであれば、王にならないオレは一切問題にならないだろうと考える。
しかしながら、オレは賢明にも思ったことを言葉にすることなく話題を変えた。
「そういうのは兄上にお任せします。オレは剣を握るのが性に合っているので、騎士になります」
「そうか、騎士団は我が国の要だからな。お前は王族だから、騎士団に入るのならば、そう遠くない未来に騎士団総長に任じられるだろう。責任ある地位だから、色々と大変だぞ。お前の身分を考えると、剣を振るだけの立場になれるはずもないからな」
望むところだと、オレは頷いた。
「オレは立派な騎士になって、王と聖女をお守りします!」
王となる兄を守るのは当然のことだ。そのことは幼い頃より決意していた。
しかし、それ以上に、聖女は非常に大切で重要な存在で、王家は聖女を守るために存在しているのだと、王家に生まれた者として繰り返し教育されてきた。
『聖女は国の礎であり、彼女たちを守ることで国は成り立つのだ』、と。
だから、聖女を守るための騎士になるのだと、オレは信じて疑わなかった。
―――オレにとって、聖女は特別な存在だったから。
初めて聖女の話を聞いた時、その特別性がすとんと胸の中に落ちてきた。
普段であれば、それほど簡単に何事かの話を信じ込み、心動かされ、傾倒することなどないのに、なぜか聖女の話を聞いたときに、はっきりと実感したのだ。
『聖女は特別な存在だ』、と。
酷い怪我を、長年の病を―――命に係わる領域の案件を改善することができ、オレを守ってくれる唯一の存在だ、と。
まるで聖女に救われたことがあるかのように、オレは聖女の特別性を実感として受け入れたのだ。
そして、聖女を特別に思う気持ちは、聖女について学習することで補強されていった。
神から与えられた特別な御力。
恐らく、聖女が特別な存在だからこそ、特別な力を与えられたのだろう。
聖女について学ぶにつれ、どんどんそのことを確信するようになった。
聖女の学習の中で最も時間を割かれたのは、300年前の大聖女についてだ。
大聖女は卓越した能力と慈愛に満ちた心で、数えきれないほど多くの者たちを救っていた。
それだけでなく、長い歴史の中で唯一、魔王を封じることに成功していた。
誰もなし得なかった偉業を達成した、尊く美しい大聖女。
その髪色は鮮やかな赤い色をしており、瞳は精霊王と同じ金であったという。
大聖女は王家の血筋ということもあり、その肖像画は王城にいくつも飾られていた。
肖像画の中で、真っ赤な髪をなびかせ、金の瞳で挑むように見つめてくる大聖女は、その色の特異性も相まって、正に選ばれた存在に見えた。
だから、オレの母が大聖女と同じく赤い髪と金の瞳を持った聖女であることが誇らしかった。
次席聖女であるシリルの母は、決して娘が生まれぬ王の血筋に嫁いだことを嘆き、聖女としての資質を子に引き継げないことに腹を立てたという。
しかし、母は同じ状況にありながら息子を二人も産み、「待ち望んでいた子だ」と言って、オレを慈しんでくれた。
だから、オレは慈悲深さというのはこういうものだと感激し、筆頭聖女である母を守る立場にある王家の一員に生まれたことに感謝した。
兄に言ったことは事実だ。
オレは剣を握るのが性にあっている。
しかし、騎士になりたいと願った真の理由は、母を含めた聖女を守る盾になりたかったからだ。
オレの望みは叶い、17になった時、騎士団のトップである総長職に任じられた。
本日、大聖女12発売されました。
どうぞよろしくお願いします。








