265 筆頭聖女選定会 騎士団長指名 後
「えっ」
デズモンド団長の自己紹介を聞いた私は、驚きに目を瞬かせた。
騎士団長たちの自己紹介は、こんな風に行われるものなのかしら。
お手本がないから正解が分からないけど、名前と所属を告げるだけのシンプルなものだと、勝手に思い込んでいた。
それなのに、デズモンド団長は自慢混じりの自己アピールをしたわよ。
というか、『一番に選んでもらうのはやぶさかではない!』というのは、デズモンド団長を選ぶよう私に圧をかけてきたのよね。
でも、デズモンド団長は目端が利き過ぎるから、一緒にいると聖女であることがバレそうなので、遠慮したいわ。
困ったわね。他の騎士団長たちもデズモンド団長みたいに、自分の希望を言ってくるのかしら。
できればデズモンド団長の自己紹介が個性的だっただけで、他の団長の自己紹介は簡潔であってほしいわねと考えていると、イーノック団長が口を開いた。
「第三魔導騎士団長のイーノックだ。大聖女様の話をしたい聖女様は、ぜひ私を選んでほしい!」
「…………」
デズモンド団長の自己紹介と比べたらシンプルだけど、やっぱり思っていたのと違う。
自己紹介というのは聖女たちに自分をアピールする場だし、好きなことを言っても構わないのだろうけど、聖女たちが聞きたいのはこういうことではないんじゃないかしら。
じとりとした目で見つめると、順番が回ってきたクェンティン団長が、拳でどんと自分の胸を叩いた。
「第四魔物騎士団長のクェンティンだ。魔物とともに戦うことを常態としているので、本日の審査時にはオレの相棒であるグリフォンを同行させる。よろしく頼む」
うっ、クェンティン団長は自己紹介の間中、きらきらした目で私を見つめていたわ。
どうしよう。私がクェンティン団長を選ぶと、信じて疑っていないみたい。
もしもクェンティン団長を選ばなかったら、すごくがっかりしそうだわ……と顔を曇らせると、クラリッサ団長が一歩前に出た。
「第五騎士団長のクラリッサよ。私がご一緒する聖女様には傷一つ付けないわ。たとえ騎士のような立ち回りをする聖女様だとしても、完璧にお守りするとお約束するわ」
そう言って悪戯っぽく微笑んだクラリッサ団長は、大輪の花のように美しかった。
ああー、相変わらず美しくて可愛らしいわね。
そして、先ほどの自己紹介は、「相手がフィーアちゃんでも完璧に守ってみせるわよ」という私へのメッセージよね。
素敵だわ。一度でいいからクラリッサ団長に守られてみたいわ。
そして、こんなに可愛いのにとんでもなく強いという、その戦いぶりを見てみたいわね。
心がぐらりと傾いたところで、ザカリー団長が大きな声を出した。
「第六騎士団長のザカリーだ! オレは普段からこの森で魔物討伐をすることを主業務としている。だから、オレが一番、本日の用務に適している。たとえ1位の聖女様であっても、安心してオレを選んでくれ」
うっ、ザカリー団長からも強めに自己アピールをされたわよ。
『1位の聖女様』というのは私のことだろうから、ザカリー団長を選べとはっきり言われたのよね。
どうしよう。ここまで言われてザカリー団長を選ばなければ、角が立つわね……と困っていると、カーティス団長が凛とした声を出した。
「第十三騎士団長のカーティスだ。フィー様は私を選んでください!」
「ひゃあ!」
何ということかしら。暗に示すというレベルでなく、はっきりと逆指名されたわよ。
ど、どうすればいいのかしら。
想定外のことに焦り、きょどきょどしていると、残っていた地方勤務の騎士団長たちが自己紹介を始めた。
よく見ると、彼らのうちの1人は、霊峰黒嶽を訪れた時にお世話になったガイ第十一騎士団長だった。
あら、ガイ団長だわ。
久しぶりに見たけれど元気そうね。
というか、元気過ぎるから、北の砦でもこの調子で姉さんに迷惑をかけているんじゃないかしら。
そうだとしたら、姉さんは大変じゃないの。
でも、ガイ団長が王都にいる間は、姉さんは北の砦でのんびりできるはずよね。
そうであれば、姉さんのために一肌脱いで、ガイ団長が王都でゆっくり過ごすよう画策すべきよね……いやいや、フィーア、現実逃避をしてはいけないわ。そうではなく、どの団長を選ぶか考えるのよ。
選定会と関係ないことをもだもだと考えていると、無情にも全員の自己紹介が終わってしまう。
そのため、事務官が冷静な声で私に告げた。
「それでは、順位の高い聖女様から順番に、騎士団長を指名していただきます。フィーア聖女、よろしいでしょうか?」
私はごくりと唾を呑み込むと、ベールの下から騎士団長たちをそろりと見回す。
すると、なぜか全員が、自分が選ばれるに違いないという自信満々の顔をしていた。
マズい。マズいわ。
フィーア、考えるのよ。そして、被害が最小限で済む最良の騎士団長を選ぶのよ。
あなたはやればできる子だわ!
「わた……私は慈悲深い聖女です。だから、動物が好きです。そのため、動物を使役する第四魔物騎士団のクェンティン団長を希望します!」
できたわ! 誰にも文句を言わせない完璧な三段論法だわ。
そう思ったけれど、なぜかクェンティン団長を除く騎士団長の全員が、信じられないという顔をしていた。
それだけでなく、厳正なる筆頭聖女選定会の場にもかかわらず、デズモンド団長は悪口を我慢できなかったようで、「子どもかよ!」とぼそりと呟いた。
ほほほ、成人済みの妙齢の女性を相手に、何を言っているのかしら。
そう考えてデズモンド団長を睨みつけていると、クェンティン団長がぴょんとその場で飛び上がった。
「はーっははは! オレが選ばれたぞ! やっぱりフィーア様にとってオレが一番なんだ!!」
すかさずデズモンド団長が文句を言う。
「そんなわけあるか! 子どもの相手は子どもが一番だって話だろう」
同時に、顔色を変えたカーティス団長がクェンティン団長に詰め寄った。
「クェンティン、私でなくお前がフィー様に選ばれるなど、どう考えてもおかしい! フィー様に何を吹き込んだんだ!」
一方のザカリー団長は、信じられないとばかりに自分の筋肉を両手でさする。
「マジか! オレの筋肉がグリフォンなんぞに負けるのか!?」
そして、イーノック団長はいじけた様子でがくりと俯いた。
「いや、私は別に……大聖女様の話ができるのであれば、お相手は誰でも……」
最後にクラリッサ団長が驚いたように目を見張る。
「えええ、ここにきてクェンティンを選ぶの!? シリル、サヴィス総長ときて、クェンティンですって? フィーアちゃんの好みが分からなくなってきたわ!」
それぞれ不満を露わにする騎士団長たちを見て、ああー、やっぱり文句を言わずにはいられないみたいね、と顔をしかめる。
でも、これだけ騒いだのだから、本人たちはすっきりして、直接私に文句を言うことはないんじゃないかしらと期待する。
思わず視線を彷徨わせると、ガイ団長を始めとした地方勤務の騎士団長たちが、ぽかんと口を開けてこちらを見ていることに気が付いた。
どうやら彼らにとって、王都勤務の騎士団長たちが騒ぐ様子は驚くべきことだったようだ。
それはそうよねと思っている間に、事務官がプリシラに指名を促す。
「それでは、次にプリシラ聖女、騎士団長の指名をお願いします」
「はい。……では、ザカリー騎士団長でお願いします」
プリシラがザカリー団長を指名すると、団長は握りこぶしを作って振り上げた。
「よし! オレの筋肉が評価されたぞ!!」
いえ、間違いなく違うでしょうね。
プリシラは合理的だから、「この森に一番詳しい」という理由で、ザカリー団長を選んだんじゃないかしら。
そう考えている間にも、事務官に促されて、聖女たちが次々に騎士団長を指名していく。
アナがデズモンド団長を指名すると、団長は誇らし気に胸を張った。
「よし、任せておけ! オレが一番大きな魔物を狩ってやる」
デズモンド団長はそう意気込んだけれど、選定会はそういうことを競う場ではないわよね。
アナも同じことを思ったようで、何とも言えない表情でデズモンド団長を見ていた。
続けて、ローズがイーノック団長を指名すると、団長は嬉しそうに頬を赤らめる。
「ローズ聖女といえば、大聖女様由来の例の本を所持している方じゃないか!」
邪な願望が顔を覗かせたようだけれど、それで上手くいくのならばいいわよね。
ケイティがカーティス団長を指名すると、団長は生真面目な表情で頷いた。
「承知した。フィー様のご友人であれば、全力でお力添えしよう」
メロディがクラリッサ団長を指名すると、団長は艶やかに微笑む。
「うふふ、選んでくれてありがとう。決して後悔はさせないわ」
さらに、残りの聖女たちも、それぞれ騎士団長を選んでいった。
その結果、次々に聖女と騎士団長の組み合わせができていき、わずか10分後には、第三次審査のためのチーム編制が完了したのだった。









