264 筆頭聖女選定会 騎士団長指名 前
第三次審査の会場は王城内でなく、城外に準備されているらしい。
そのため、馬車で移動するのだと説明された。
私は他の聖女たちと一緒に馬車に乗り込むと、窓の外を眺めたけれど、目に映る景色が慣れ親しんだものだったので、この場所は知っているわと目を瞬かせる。
これは『星降の森』に向かう道だわ。
そう考えたところで、シリル団長が第三次審査は魔物討伐に随行し、怪我をした騎士を治癒するのだと言っていたことを思い出した。
それから、第六魔物騎士団の騎士たちと魔物討伐に行った際、目の当たりにした聖女たちの働きを。
300年前と異なり、今の聖女たちは戦闘に参加しない。
戦闘終了後に、傷付いた騎士たちに回復魔法をかけるのが彼女たちの役割だ。
怪我を治すには、回復薬を使用するという方法もあるけれど、回復薬は効果が出るまで時間がかかるし、服薬する時に激痛を伴う。
だから、現在の聖女のやり方でもすごく重宝されているのだけれど、300年前のやり方を見てきた私からすると、戦闘に参加することの方が正しく思えてしまう。
とはいえ、もはや戦闘に参加する聖女はいないでしょうから、私がその有効性を主張しても、訝しがられるだけでしょうね。
そう考えながら馬車に揺られていると、予想通り『星降の森』の入り口に到着した。
ところが、馬車の窓から見える光景が普段とは異なっていたため、目を瞬かせる。
というのも、煌びやかな馬車がいくつも停まっており、見るからに貴族らしき人々が何人も歩き回っていたからだ。
それから、平民らしき人たちも。
「これはどういうことかしら?」
不思議に思っていると、シリル団長が馬車に近付いてきて、手を差し伸べてくれた。
「どうぞ、聖女様」
私が窓の外を眺めていた間に、他の聖女たちは馬車を降りてしまったため、最後の一人になった私に声をかけてくれたようだ。
昨夜、シリル団長と気まずい別れ方をしたことを思い出していると、申し訳なさそうな表情をされた。
「フィーア、昨夜は失礼しました。普段通りのつもりでいましたが、筆頭聖女選定会の最終日を控え、気持ちが高ぶっていたようです。そのため、普段であれば言わないようなことを、あなたに言ってしまいました」
「い、いえ、ちっとも失礼ではなかったです」
シリル団長はいついかなる時も紳士だったわと思い出しながら返すと、団長は困ったように眉を下げた。
「……ありがとうございます。それから、あなたの前でカーティスと口論してしまい、申し訳ありませんでした」
「いえ、口論というほどのものでは……」
というか、カーティス団長が一方的にシリル団長を非難していたわよね。
一体あれは何だったのかしらと気になったけれど、シリル団長は周りの人々から私を隠すように立ち位置を変えると、手に持っていた白い布を差し出してきた。
「フィーア、こちらを付けてください」
シリル団長の手には、私が選定会の説明会で付けたのと同じようなベールが握られていた。
「ありがとうございます」
そうだわ。なぜか分からないけど、ここには見知らぬ人がたくさんいるから、私が誰だか分からないよう、顔を隠しておくべきよね。
そう考え、ベールをしっかりかぶると、差し出された手に手を重ねて馬車を降りる。
それから、私はシリル団長に質問した。
「どうしてたくさんの人たちが集まっているんですか?」
「目撃者になるためです」
シリル団長の回答は肝心な部分が抜けていたため、さらに質問する。
「何のですか?」
「聖女様は大変素晴らしいものだと、人々に広く知らしめるための目撃者になるためです」
「それは、……一体何が始まるんですか?」
シリル団長にしては、ちっとも要領を得ない説明ね、と思いながらさらに質問すると、団長は皮肉気に唇を歪めた。
「筆頭聖女から次代の聖女たちに向けてのはなむけです」
「はなむけ?」
一体どういうことかしら。
筆頭聖女ということは、王太后が何かするのかしら。
大勢の人々の前で?
でも、次代の聖女たちに向けて、とシリル団長は言ったわよね。
次の言葉を待っていると、シリル団長はつまらなそうに続けた。
「……という名目のもとに行われる、筆頭聖女の権威を知らしめるイベントですよ」
「ええ?」
さっぱり意味が分からなかったので、どういうことかしらと首を傾げてみたけれど、シリル団長はそれ以上説明してくれなかった。
団長の唇はしっかり引き結ばれており、どうやらそれ以上話をしたくないようだ。
シリル団長は王太后のことをよく思っていないようだから、王太后を褒める話はしたくないのかもしれない。
そう考えながらシリル団長と並んで歩いていると、事務官がやってきて、私を大きな天幕に案内してくれた。
そこには既にほかの聖女たちが揃っていて、さらにその隣には騎士団長たちが整列していた。
まあ、選定会の開会式もそうだったけど、聖女姿で騎士団長たちと会う時は、私はいつだってベールをしているわね。
とはいえ、団長たちは私が聖女に扮して選定会に参加していることを知っているみたいだから、正体がバレないよう気を付けるのは、外にいた人たちだけでいいのよね。
そう考えながら空いている席に座ると、事務官が説明を始めた。
「それでは、筆頭聖女選定会の第三次審査についてご説明します。第三次審査では、聖女様お1人と騎士10名が1組となって、森の中に入っていただきます。騎士たちは森で遭遇した魔物と戦いますので、聖女様方は怪我を負った騎士たちを治癒してください」
事務官の説明を聞いたことで、以前、第六騎士団とともにこの森に来た時のことが思い出される。
あの時は、聖女たちは3名1組となって騎士たちの小隊に配置されたけれど、今回、聖女は1人ずつになるらしい。
なるほど、第三次審査で聖女は別れて行動するだろう、とプリシラが言っていたのは、このことだったのね。
「聖女様方には必ず事務官が同行し、騎士の怪我の具合と治癒の度合いを確認いたします。聖女様方が魔力を使い果たした場合は、同行する事務官にお伝えください。そのグループは速やかに審査を終了し、再びこの天幕に戻ってまいります」
一通りの説明を聞いた私は、よくわかったわと大きく頷いた。
それから、第六騎士団と魔物討伐に行った経験があってよかったわと、ほっと胸を撫でおろした。
あの経験がなかったら、現在の聖女たちは戦闘に参加しないことを知らないまま、前世と同じように騎士の隣に立ち、一緒に戦っていただろう。
危なかったわと考えていると、聖女の隣に整列していた騎士団長たちが移動し始め、私たちの正面に横一列に並んだ。
何が始まるのかしらと首を傾げていると、事務官が思ってもみないことを言い出す。
「聖女様に同行する騎士は10名1組になるとご説明しましたが、それらの騎士を束ねる者として騎士団長が同行します。聖女様方は順位が高い順に、同行する騎士団長を指名してください」
「えっ」
初めて聞く話に、私は目を丸くする。
ということは、現在、私が1位だから、1番に選ぶのかしら。
「本日は、普段は王都にいない地方勤務の者を含めた、12名の騎士団長が集結しています。警備の関係で第一騎士団長は除きますが、強力な騎士団長が揃っているので、どなたをお選びいただいても、必ずや聖女様方の身の安全は保障いたします。とはいえ、聖女様方とはほぼ初対面になりますので、まずは騎士団長たちが自己紹介をいたします。その後、聖女様方はお一人ずつ騎士団長を指名してください」
私は薄いベール越しに、目の前に並んだ騎士団長たちに視線をやる。
すると、デズモンド第二騎士団長、イーノック第三魔導騎士団長、クェンティン第四魔物騎士団長、クラリッサ第五騎士団長、ザカリー第六騎士団長、カーティス第十三騎士団長の6名が姿勢よく立っていた。
天下の騎士団長が6人も並ぶとすごい迫力だわと思ったけれど、同じくらい迫力のある騎士団長がさらに6名並んでいたため、背筋がぞくりとする。
それから、これだけの騎士団長を集めるなんて、さすがサヴィス総長だわと感心した。
騎士たちを統率する者が12名必要なのであれば、王都在住の騎士団長6名に、副団長6名を加えれば事足りる。
騎士団の副団長は全員、騎士としての経験と実力を兼ね備えており、騎士たちを束ねることに何の問題もないからだ。
しかしながら、サヴィス総長は選定会に参加する聖女たちに敬意を表して、わざわざ12名の騎士団長を揃えたのだ。
選定会の初日に行われた開会式には、全騎士団長が参加したものの、既に2週間が経過しているため、地方勤務の団長たちはとっくに勤務地に戻ったと思っていた。
お忙しい騎士団長を2週間もの間拘束するのは大変なはずだけれど、総長は聖女たちへの敬意を優先したのだ。
私たちの騎士団総長はとても素晴らしいわと、誇らしく思いながら居並ぶ騎士団長たちを眺めたけれど、……甲乙つけがたいご立派な騎士団長たちを目にして、私の眉がへにょりと下がった。
……困ったわね。
順位が高い順に選ぶと説明されたから、1位の私が1番に選ぶのよね。
だから、居並ぶ騎士団長の中から1名を指名しなければいけないのだけれど、一体誰を選べばいいのかしら。
推測だけど、選ばなかった騎士団長たちが、10割の確率で文句を言ってくる気がするわ。
うーんと小首を傾げたところで、クェンティン団長から第三次審査で一緒に組みたいと頼まれていたことを思い出す。
そうだったわ。そして、頼まれた以上、断るのは失礼よね。
よかった。私にはグッドエクスキューズがあるじゃないの、とほっと胸を撫でおろしていると、デズモンド団長の声が響いた。
「デズモンド・ローナン。第二騎士団長を拝命している。自分で言うのも何だが、『王国の虎』と呼ばれる、折り紙付きの実力者だ。だから、聖女様に一番に選んでもらうのはやぶさかではない!」









