【挿話】第四回騎士団長秘密会議 後
その後、結構な時間が経過したが、第二次審査の結果は出てこなかった。
さらに数時間が経過し、今日中に結果は出ないのではないかと諦めかけた頃、やっと一人の騎士が入室してきて、デズモンドに報告書を差し出した。
デズモンドは報告書を受け取るとすぐに目を通したが、一瞬で彼の顔に浮かんでいた笑みが消える。
真顔になったデズモンドを見た騎士団長たちは、第二次審査の結果を悟ったようで、これ以上の長居は無用とばかりに全員で立ち上がった。
「もう明け方と言ってもいい時間だな! 明日はオレたちも選定会に参加しなければいけないから、ここらでお暇するとしよう」
「クェンティンの言う通りだな。少しなりとも眠るべきだろうから、これから眠るか」
即座に扉に向かおうとした騎士団長たちだったが、デズモンドの地から這い出てきたような低い声に呼び止められる。
「待て!」
デズモンドは素早く立ち上がると、動きを止めた騎士団長たちの前に回り込み、手に持った書類を左右に振った。
「お前らが今までこの場にいたのは何のためだ? この報告書を見るためだろう!? ほら、恐怖の情報を共有してやるから、両目を見開いてちゃんと見るんだ!!」
デズモンドはそう叫ぶと、前回に引き続き、極秘情報であるはずの選定会の結果表を騎士団長たちに突き付けた。
騎士団長たちが視線を落とすと、そこにははっきりと第二次審査の結果が記されていた。
*************************************
◇筆頭聖女選定会 第二次審査 結果◇
1位 フィーア・ルード 625ポイント
2位 プリシラ・オルコット 311ポイント
3位 アナ 190ポイント
4位 ローズ 187ポイント
5位 ケイティ 174ポイント
6位 メロディ 171ポイント
:
:
*************************************
「…………」
「……へー、ローズ聖女が4位につけているじゃないか! 第一次審査の結果と比べると、奮闘しているな!」
ザカリーがローズについての感想を漏らすと、クラリッサがすかさず相槌を打った。
「ザカリーの言う通りね。それに、全員のポイントが随分高いわね。前回の選定会と比べると、平均点が大幅に上がっているんじゃないかしら」
一位であるフィーアに一切触れない騎士団長たちを見て、デズモンドが文句を言う。
「お前ら、とぼけるのもいい加減にしろよ! いつからナーヴ王国の騎士団長は、見たくない現実から目を逸らす情けない集団に成り下がったんだ! 話題にすべきは、まず1位だろう! そして、お前たちの全員が、絶対に1位が誰なのか確認しただろう! しかも、1位は2位と比べてダブルスコアだぞ! これ以上に衝撃的なものはないだろうに、なぜどうでもいいことばかりにフォーカスするんだ!!」
ザカリーはデズモンドを睨みつけると、果敢に言い返した。
「もちろん、身を守るためだ! この点数はマジでシャレにならねえ! だから、オレたちにできる最善のことは、後日、誰の前でも『知らなかった』と言い逃れることができるよう、フィーアの一切合切に関与しないことだ!!」
騎士団長というのは、選ばれた者のみが就くことができる重要なポストだ。
その席に着くためには、多くの加点が必要になるとともに、減点されないことが重要になる。
そのため、ザカリーを始めとした騎士団長たちは、減点されないための立ち回りをすると宣言したのだ。
デズモンドは同じ騎士団長の職位にある者として、ザカリーの発言の正しさを認めたため、ぎりりと奥歯を噛み締めただけで、表立って反論することはなかった。
代わりに、悔し気にテーブルをどんと叩く。
「どうしてこんなことになったんだ! オレは言ったよな! 『フィーアには悪いが、第二次審査で少しばかり名を落としてもらった方がいいんじゃないか』と。なのに、何だよこの点数は! 逆にぶっちぎっているじゃないか!!」
前回に引き続き、燦然と輝く『1位 フィーア・ルード』の文字を見ながら、騎士団長たちは全員で同意した。
「驚いたわよね。フィーアちゃんに薬草の知識があるわけないから、断トツで最下位になると思ったのに、またもやトップだなんて思いもしなかったわ。しかも点数差が開いているなんて、一体何が起こったのかしら」
「はー、あいつは毎回、毎回、オレの予想を超えてくるが、さすがに今回はやりすぎだろう」
「確かに驚いたが、こうやって結果を見せつけられると、当然だという気がしてくるな。さすがフィーア様だ!」
次々に正直な感想を漏らす騎士団長たちを見て、デズモンドが目を瞬かせる。
「……お前ら、フィーアには関与しないんじゃなかったのか?」
すると、ザカリーがおどけた様子で肩をすくめた。
「そんなこと、最初っから無理だろう。それくらいオレたちだって分かっていたが、それでも、一瞬目を逸らしたくなるくらい、フィーアのやらかしは酷かったということだ。……どの道、オレたちの全員が第三次審査に参加するんだ。最後まであいつに付き合うしかねえ」
吹っ切れたような顔をする同僚たちの姿を見て、どうやら騎士団長の全員が、フィーア問題から逃げられないと分かったうえで冗談を言ったのだと、デズモンドは気付く。
「……そうか」
そうだった。こいつらは決して、問題から逃げ出すようなやつらじゃなかったな。
そう考えながらデズモンドが相槌を打つと、ザカリーが顔をしかめた。
「それにしても、フィーアは一人だけぶっちぎっているな! 一体どう収拾をつける気だ?」
それから、ザカリーは何かに気付いたようで、はっと目を見開く。
「まさかとは思うが、フィーアがこのまま優勝して、サヴィス総長の妃になる未来はないよな? 総長は完璧なシックスパック持ちだし、結婚したら贅沢暮らしができるから、あいつは筆頭聖女になる気なんじゃねえのか!?」
「そんなわけがあるか! もしもフィーアが総長の妃になってみろ! オレは四六時中フィーアの尻拭いをさせられて、夜も眠れなくなるぞ!!」
デズモンドが間髪をいれずに言い返すと、クェンティンが分かったような口をきいてきた。
「デズモンド、結局のところ、お前は仕事が好きだろう。だから、四六時中、新たな問題が山積する毎日ってのは、意外とぞくぞくするんじゃないか」
「オレはお前と違って、フィーアに仕事を押し付けられてもぞくぞくしないんだよ! それに、フィーアが引き起こすのはいつだって、オレの予想の10倍酷いことだ! ぞくぞくする範囲を超えているだろう!!」
激しく言い返すデズモンドに対し、ザカリーは分かっているとばかりに頷いた。
「そうだよな。思い返してみると、フィーアが引き起こすのはいつだって、オレたちの予想の範囲を超えた問題だものな。しかし、すげえよな。オレたちの誰もが、問題があるとすら認識していなかったところに、フィーアは新たな問題を見つけ出すんだからな」
「それだけでなく、フィーア様はいつだって、完璧に正しい形で問題を解決される! 他の誰にもできないことだ」
クェンティンが感心したように続けたので、そうだなと騎士団長たちは無言で頷く。
そんな中、クラリッサがとんでもないことを言い出した。
「ザカリーやデズモンドはあり得ないことみたいに言ったけど、第一次審査が終わった時にも、フィーアちゃんならサヴィス総長のぴったりのお嫁さんになると私は言ったわよね。サヴィス総長はいつだって冷静で、感情を覗かせないけど、フィーアちゃんの前だと少し違ってくるのよ。だから、あの2人は相性がいい組み合わせだと思うのよね」
デズモンドがふーっと深いため息をつく。
「お前な、そんな素直に思ったことを言うんじゃねえよ。……じゃあ、オレも本音を言うが、総長はガチでマジで能力が高いんだよ。しかし、本気でやられると、オレたちは誰も付いていけない。だから、総長は基本的に能力をセーブしてくださっている。しかし、フィーアを総長の横に置いてみろ。あいつを止めるためには、総長だって本気を出さないといけなくなる。そうしたら、待っているのは地獄絵図だ!!」
クラリッサは不同意を示すように、鼻の頭に皺を寄せた。
「そうかしら。地獄にしろ、天の国にしろ、見たことがない景色であることは確かよね。フィーアちゃん以外、総長に新しい景色を見るための扉を開けさせられないのであれば、やっぱり私はフィーアちゃんを推すわ」
楽天的なクラリッサの発言を聞いて、デズモンドは警告するような声を出した。
「クラリッサ! それは破滅の考えだ!!」
頑として譲ろうとしないデズモンドを前に、クラリッサは妥協する姿勢を見せる。
「はあ、デズモンドは意外と石橋を叩いて渡ろうとするタイプよね。いいわ。だったら、シリルのお嫁さんならどうかしら。それだったら、ほどよい地位で、ほどよい騒ぎを起こすくらいでしょうから、ちょうどいいんじゃないかしら」
しかし、その妥協案ですらデズモンドは受け入れられないようで、再び文句を言ってきた。
「クラリッサ、そもそもお前の前提条件がおかしいからな! フィーアは騎士で聖女様じゃないんだ。だから、選定会で順位が付くわけにはいかないだろう!!」
クラリッサも負けじと言い返す。
「それも前回言ったわよね。フィーアちゃんは聖石を持っているし、サザランドで大聖女様の生まれ変わりに認定されたから、半永久的にあの地の聖女様から魔力入りの聖石を送ってもらえるわ。だから、フィーアちゃんは聖女様と同じ働きができるのよ」
「そ、それはそうかもしれないが、しかし、そういうことじゃないんだよ!」
クラリッサの言葉に納得するものがあったのか、デズモンドは突然勢いを失うと、しどろもどろになって言い返した。
その姿を横目に見ながら、ザカリーが希望を述べる。
「どうせなら、サヴィス総長よりシリルの方がいいよな。間違いなく、被害が小さくて済みそうだ」
その通りねと、クラリッサが同意する。
「それに、シリルの家なら、サヴィス総長の家より気軽に訪問できそうだわ。ふふふ、カーティスとクェンティンが、理由を付けては新居に入り浸りそうね」
クェンティンは目を輝かせると、ぱちりと指を鳴らした。
「その手があったか! ありだな。そして、フィーア様が高みを目指されたいというのであれば、オレは全力で支援するまでだ。よし、明日はオレがフィーア様と組むことになるだろうから、全力でお力添えしよう」
途端に、ザカリーが文句を言う。
「いやいや、なぜ明日はお前が選ばれる気でいるんだ。好きな騎士団長を選ぶことができるんだから、オレ一択だろう」
続けて、デズモンドがもったいぶった態度で自分を指差した。
「お前ら、『王国の虎』と呼ばれる実力者のことを忘れていないか? 明日はオレが選ばれて、全力でフィーアの足を引っ張ってやる!!」
「「「それは騎士団長としてダメだろう!!」」」
全員の声が揃う。
それから、「オレが」「私が」と賑やかな声がいくつも続いた。
どうやら騎士団長たちは、少しばかり元気を取り戻したようだ。
筆頭聖女選定会の第三次審査の前夜は―――あるいは当日の早朝は、そんな風に更けていったのだった……
いつも読んでいただきありがとうございます!
このたび、「このライトノベルがすごい!2026」単行本・ノベルズ部門で大聖女がランクインしました。
2位 大聖女
7位 大聖女ZERO
めちゃくちゃありがたくてすごいことで、全て投票くださった皆様のおかげです。本当にありがとうございます!!!
大聖女は3年連続2位という快挙でして、もう本当に読者の皆さまのおかげなので、3年連続にちなんで今日から3日連続で更新します。
皆様、本当にありがとうございました。゜(PД`q*)゜。









