【SIDE】第十三騎士団長カーティス「私の決断」
王城の庭園で食事をしていたフィー様とシリルを別れさせると、私は彼女を連れて王城に向かった。
フィー様は私が突然現れたことに驚くとともに、普段の私らしからぬ強引な態度に戸惑っていた。
己の無作法さを謝罪し、強引な態度を取った理由を説明すべきだということは分かっていたが、私自身が己の取った行動について整理できていなかったため、上手く説明できる気がしなかった。
加えて、先ほどの私はシリルを牽制することに夢中になるあまり、口にしてはいけないことを口に出してしまった。
フィー様の前では決して口に出してはいけないことを。
さらなる失言をしないため、いったん頭を冷やそうと、私はフィー様に誠心誠意謝罪を行うと、己の行動理由を説明しないまま彼女と別れた。
フィー様は戸惑いながらも、その優しさから私を解放してくれた。
一人で夜道を歩きながら、私は空を見上げる。
夜空では星がきらきらと瞬いており、以前も似たような空を見たことを思い出した。
それはフィー様とともに黒竜を迎えにいった、霊峰黒嶽での出来事だった。
同じような空を見上げていた私に、黒竜は言ったのだ。
『そうやっていると、ただただ主に従順な姿に見えるんだけどな。……けれど、あんたは一番やっかいなタイプだよね。考える部下なんて』
黒竜の言が正しいことは間違いなかった。
私がやるべきことはフィー様の望みを叶えることで、私が勝手に彼女の幸せを推し量り、『私が考える幸せ』を用意することではないのだ。
そのことは分かっていたが、あの時の私はどうしても反論せずにはいられなかった。
『しかし、……しかしだ、黒竜殿! フィー様の決断は300年前もいつだって正しかったけれど、……結果として、不本意な最期を迎えられた。……「他人を盾にしてでも、生き抜かなければならない」という強い思いが、生き残るためには必要だと、私は考える。そうでなければ、あの立場の方は生きながらえない。300年前に、結果としてそう出たのだから』
フィー様は純粋で、その志はどこまでも崇高だ。
しかし、そのことがフィー様の幸福を保証してくれるわけではないのだ。
300年前、私はそのことを思い知らされた。
善行を積んだ者が必ず善い人生を送れるのであれば、セラフィーナ様の人生はもっと幸福だったはずだ。
救った人の数だけ長生きできるのであれば、セラフィーナ様は誰よりも長生きしただろう。
けれど、現実はそうではなかった。
あのおぞましい魔王城で、あの方はたった一人で旅立っていかれたのだから。
わずか16歳だったのに。
恐ろしい最期を迎えられたというのに、生まれ変わったフィー様は前世とちっとも変わっていなかった。
同じように純粋で、崇高な志を持ち、人を救うためにその能力を惜しみなく使おうとされる。
しかし、それでは前世の二の舞になってしまう。
そう考えた私は、フィー様のリスクとなり得るものを全て排除することを決意した。
そのためならば、私は何だってする、と。
常々そう考えていたから……
―――私は王城の庭でシリルに嘘をついた。
『フィー様に近付くな! フィー様が杭を外す役割を担えない以上、あなたがフィー様とともに歩む未来はない!!』
あれは真実とは真逆の言葉だった。
しかしながら、シリルがフィー様に惹かれる様子を見て、咄嗟に口から飛び出てしまったのだ。
シリルはフィー様が聖女であることに気が付いていない。
そのはずだが、恐らく心の深いところで、フィー様が聖女であることを感じ取っているのだろう。
そうでなければ、シリルがフィー様に『惹かれる』などと口にするはずがない。
彼は自分の立場を分かっているし、並外れて克己心が強い。
聖女以外に恋をした場合、周りの全てを不幸にすると知りながら、シリルが聖女以外に好意を告げることなどあるはずがないのだ。
―――そう、シリルは生涯をともにする相手として、聖女以外選べない。
なぜならシリルの胸には深く杭が穿たれており、それを抜くことができるのは聖女だけだからだ。
そして、それはサヴィス総長も同様だ。
フィー様は当然、聖女として杭を抜くことができるが、シリルがフィー様の正体を知らないことを利用して、私は虚偽を述べたのだ。
シリルをフィー様から遠ざけるために。
「フィー様の存在は王家にとって重要過ぎる。だから、至尊の大聖女であることは、絶対にひた隠さなければならない」
聖女は王家の者の心臓に打たれた杭を抜くことができる。
しかし、その場合、呪いが解かれるのは本人だけだ。
ナーヴ王家に代々かけられた呪い―――一族全ての者の胸に、未来永劫杭が打たれ続ける呪い自体をどうこうすることはできない。
聖女が救えるのは杭が抜かれた当人だけだから、王家の者は今後も永遠に、子々孫々にわたって心臓に杭が打たれ続けるのだ。
それが、ナーヴ王家の者が300年もの間苦しめられている呪いだ。
その力は恐ろしく強く、誰にもどうにもできはしない。……はずなのだが。
―――フィー様だけは。
恐らく、世界中で彼女だけは、本気で願いさえすれば、王家の呪いを滅することができるだろう。
ただし、もしもフィー様が王家の呪いを解いたとしたら、その瞬間に『魔王の右腕』は高確率でフィー様を見つけ出すに違いない。
だから、これは禁忌の行為だ。
絶対にやってはいけない。
やらせてはいけない。
私はもう二度と、あの方を失うわけにはいかないのだから。
シリルの苦しみは理解できる。
サヴィス総長の苦しみも推察できる。
だから、苦しみにまみれた2人が、もしもフィー様が持つ強大な聖女の力を知れば、彼女に縋りついてくるであろうことは簡単に想像できた。
しかし、それでも―――私には全員を救う方法を見出すことはできないから、一番大切な一人を選ぶ。
そして、シリルについた嘘を真実に変えてみせる。
『フィー様が杭を外す役割を担えない以上、あなたがフィー様とともに歩む未来はない!!』
フィー様には絶対に、ナーヴ王家の心臓に穿たれた杭を外す役割を担わせはしない。
私の全身全霊を懸けて。
「これが私の決断だ」
そう言い切った私の胸の内は様々な感情で乱れ、ずきずきと痛んだが―――一切の迷いはなかった。
他の全てを切り捨て、一番大切な一人を選ぶ。
それが、今世での私の決断だった。









