261 シリル団長と晩餐会 前
これにて第二次審査は終了ね。
だから帰りましょう、と聖女たちに声をかけると、全員一致で今日の振り返りをしたいと言い出した。
「だったら」とお手伝いを申し出ると、前回同様「間に合っている」と断られる。
何だか追い出された気分だわと、釈然としないものを感じながら王城に戻っていると、途中でシリル団長と行き合わせた。
「フィーア、第二次審査ご苦労様でした。よければ、晩御飯を一緒にどうですか?」
「はい、ご一緒させていただきます!」
この間、初めて騎士団長専用の食堂に連れていってもらったけれど、とても美味しかった。
またあのお料理が食べられるのかしらと期待しながら返事をすると、シリル団長はにこやかに微笑んだ。
「それはよかったです。王城の庭の一角をお借りしたので、無駄にならなくてすみました」
王城の庭を借りた?
一体どういう意味かしら、と首を傾げながら団長についていく。
すると、綺麗な花が咲いている庭園の近くに、テーブルが設置されていた。
時間帯はちょうど陽が落ちる頃で、まだ明るかったけれど、暗くなった時のためにと、テーブルの上や足元、庭園の花が咲いている場所にランタンが置かれている。
既に準備万端じゃないのと驚いていると、シリル団長が片手を差し出してきた。
「どうぞ、フィーア聖女」
シリル団長に促されて椅子に座ると、団長は向かい合わせの席に座った。
テーブルの上には色とりどりの花が刺繍されたテーブルクロスがかけてあり、目を細めて見ると、あたかもテーブルが庭園の一部になったように見える。
面白いわねと、何度も目を細めていると、給仕係がやってきた。
それから、団長と私のグラスに綺麗な色のドリンクを注いでくれる。
これは何かしらとグラスを見つめていると、シリル団長が珍しい提案をしてきた。
「今夜はお酒を飲むのは止めておきましょう。フィーアは明日、筆頭聖女選定会の第三次審査に参加するのですから、差し障りがあってはいけません」
どれだけお酒を飲んでも、翌朝にコップ1杯の水を飲むとすっきりするから大丈夫なのよね。
そう思ったものの、シリル団長の様子がいつもと違うように思われたため、素直に頷く。
というか、シリル団長はこの場所を一体何のために用意したのかしら。
誰も来ないような庭園の外れであることを考えると、他の人が来ない場所で秘密の話をしたいのかもしれない。
そう考えたところで、私がなぜ筆頭聖女選定会に参加することになったのか、そもそもの経緯を思い出した。
元々は、セルリアンが王太后に一泡吹かせたくて、思い付きで私の参加を宣言したのが始まりだったけれど、シリル団長も賛同してきたのだ。
『筆頭聖女は全ての聖女様の頂点に立つ存在です。そのため、その考えは全聖女様に影響を与えますが、私は聖女様方に王太后を見習ってほしくないのです』
そう言って、王太后の子飼い聖女であるローズが選ばれることがないよう、ちょっとだけ画策してほしいと頼んできたのだ。
これまで尋ねるタイミングがなかったけれど、どうしてシリル団長は王太后を見習ってほしくないのかしら。
普通に考えたら、王太后が聖女としてよくない思想を持っているから、他の聖女たちに真似してほしくないということよね。
うーんと考え込んだものの答えが分からなかったので、シリル団長に質問する。
「シリル団長のお母様は聖女様で、本来であれば筆頭聖女に選ばれるべき高い能力をお持ちだったんですよね?」
それなのに、年齢が若過ぎるという理由で、次席聖女に選ばれたのだ。
シリル団長はじっと私を見つめていたけれど、言葉にしなかった言外の疑問を読み取ったようで、小さく微笑んだ。
「フィーアは意外と気を遣うのですね。そして、婉曲に質問したつもりのようですが、婉曲過ぎて尋ねたいこととズレていますよ」
「えっ」
びっくりして目を丸くすると、シリル団長はおかしそうに続ける。
「フィーアは私がなぜ現在の筆頭聖女の流れをくむ聖女を、次代の筆頭聖女にしたくないのか、と尋ねたいのでしょう?」
「ど、どうして分かったんですか!」
シリル団長の言う通り、ストレートに質問するのはあんまりだと思われたため、差し障りがなさそうな話から始めたのだけれど、セレクトが悪かったようで主題とズレてしまった。
そのため、どうやって軌道修正しようかしらと困っていたところ、なぜか言葉にしなかった質問を言い当てられてしまった。
一体どうして分かったのかしらと驚いていると、シリル団長は何でもないとばかりにうそぶいた。
「これでもあなたの騎士団長ですから」
「そ、それはその通りですが、その表現は語弊があるというか……」
『あなたの騎士団長』という表現をされると、私がシリル団長の部下というよりも、特別な関係にあるみたいじゃないの。
そう考えて顔をしかめていると、シリル団長はおかしそうに見つめてきた。
「フィーア、あなたはお忘れのようですが、私はあなたに騎士の誓いを行いました。私にとってあの誓いは決して軽いものではありません」
「そ、そうでしょうね」
そうだった。責任感の強いシリル団長は、私がサザランドの民とシリル団長の関係改善に尽力したことに感謝して、騎士の誓いを行ってくれたのだった。
シリル団長の誓いが軽いものでないことは十分分かっていますと頷いたところで、給仕係が料理の皿をテーブルに置いてくれた。
それは色とりどりの野菜をゼリーで閉じ込めたお料理で、その色鮮やかさに目を奪われていると、シリル団長がにこやかに提案してきた。
「まずは食事をしましょうか。お腹が空っぽのままでは、私が何をしゃべったとしても、頭には入らないでしょうからね」
その通りだと思ったものの、従順な部下としては否定すべき場面のため、きりりとした表情で訂正する。
「敬愛するシリル団長のお言葉ですから、いついかなる時でも団長のお言葉は頭に入ります! しかしながら、団長を空腹のままにしておくわけにはいきませんから、お付き合いします」
「それはありがとうございます」
シリル団長はおかしそうにお礼を言ってくれた。
そのタイミングで、お魚料理とお肉料理がテーブルに載せられる。
わあ、これはどちらも温かいうちに食べた方が美味しいから、急いだ方がいいわね。
そう考え、ぱくぱくと食べていると、シリル団長が楽しそうな笑みを浮かべた。
「フィーアの食べ方は気持ちがいいですね。この様子であれば、ザカリーを始めとした第六騎士団にも決して負けないでしょう」
シリル団長がさり気なく失礼なことを言ってきたので、妙齢の女性としてきっぱり否定する。
「ほんなことはありません。ほれに今日の私が急いで食べているのは、極上の料理が目の前にあるからで、ほれを準備したのはシリル団長です」
私が急いで食べているのはシリル団長のせいだと仄めかすと、団長は素直に頷いた。
「そうですね。あなたがわずかな時間で3人前の料理を食べたのは、全て私が原因なのでしょう」
そう言うと、シリル団長は上品な仕草で魚料理を食べた。
しばらくは2人で料理に舌鼓を打っていたけれど、一息ついたところで、シリル団長がお礼を言ってきた。
「フィーア、ありがとうございます。私はあなたに一つの頼みごとをしました。そして、あなたは完璧な形で遂行してくれました」
そう言われたことで、シリル団長に頼まれていたことを思い出す。
そうだった。シリル団長からローズについて頼まれていたんだったわ。
『3回の審査のうち1回でいいので、聖石を使ってローズ聖女を上回ってほしいと考えています。ローズ聖女は王太后のもとで育ってきたので、どのような勝負の場でも、自分が負けるとは思ってもいないはずです。そのため、1度でも敗北したら、その事実にローズ聖女が動揺して、普段通りの力が出せなくなるのではないかと期待しています』
そして、第一次審査の結果を見れば、確かにシリル団長の要望通りになったけれど、私が意図的に何かをしたわけではないのよね。
「ええと、そのことですが、シリル団長の要望通りの結果が出たのは偶然なんです」
「そうでしょうか? 第一次審査が終了した時点でフィーアは1位でしたし、ローズ聖女は下から数えた方が早い順位でした。そのため、ローズ聖女があなたの力に驚いて、順位を落としたのだと考えるのが妥当です」
確かに、ぽっと出の私が1位になるような魔法を披露したのだから、ローズが動揺して普段通りの力を出せなかった、というのはあるかもしれない。
ただし、他の聖女たちも同じ状況だったから、ローズだけが普段と比べて能力を出せなかったというのは考えにくいのよね。
それよりも、第一次審査の最中に、ローズだけが教会特製の魔力回復薬を飲んだし、私のやり方を真似してくれなかったから、そちらの方が原因じゃないかしら。
そう思ったものの、これらは全部私の推測だから、はっきりしたところは分からないわ。
そう考え、曖昧な答えを返す。
「ええと、そういう場面があったかもしれないし、なかったかもしれないです」
すると、シリル団長は訳知り顔に頷いた。
「つまり、あったということですね」
「な、何にせよ、シリル団長が満足されたのならよかったです。あの、私は本物の聖女ではないので、選定会の最後まで参加するわけにはいきません。ですから、第三次審査の途中で抜けようと思います」
シリル団長が心配しているのは私の今後の動向じゃないかしらと思われたため、はっきり言葉にすると、団長は残念そうに微笑んだ。
「……それは惜しいですね。フィーア、あなたはこのまま上位の席次を取って、高位貴族と結婚してもいいのですよ」
「そして、ずっと聖女として生きていくんですか? 無理ですよ!」
シリル団長ったら、とんでもないことを言い出したわね。
それに、結婚といえば、せっかく選定会に参加するのだから、サヴィス総長にぴったりのお嫁さん候補を見つけてくると総長に約束したのだった。
私が高位貴族と結婚するという冗談より、そちらの方が大事じゃないかしら。
「そうでした、私はサヴィス総長にぴったりのお嫁さんを見つけたのでした! というか、全員が素晴らしい聖女だったので、どの聖女であっても総長の素晴らしいお嫁さんになると思います!!」
胸を張って報告すると、シリル団長はにこやかに微笑んだ。
「そうですか。総長は本人が言われていた通り、相手がどなたであっても大丈夫だと思います。ですが、私はそうではありませんので、私の妻を推薦してほしいですね」
「そ、それは……」
しまった。シリル団長のお嫁さん候補については、一切考えていなかったわ。
サヴィス総長と同じように、選定会に参加している聖女であれば誰だって合うような気がするけど、所属の騎士団長でもあるのだから、きちんとシリル団長の好みに合った相手を推薦すべきかしら。
でも、女性騎士を除くと、シリル団長が女性と一緒にいる場面をほとんど見たことがないのよね。
だから、シリル団長の好みがさっぱり分からないわ。
困ったわねと思いながらグラスを手に取ると、ごくごくと一気に飲み干す。
私はグラスをテーブルに置くと、小首を傾げた。
うーん、どうしようかしらと考えていると、シリル団長がとんでもない提案をしてきた。
「次席聖女であれば、私と結婚していただくことになります。フィーア、私であれば、あなたが聖女ではないという秘密を、生涯守り通すことができますよ」









