248 筆頭聖女選定会 二次審査 6
廊下に出た途端、プリシラが嫌な質問をしてきた。
「フィーア、あの部屋にいた全員が騎士団長よね。つまり、騎士の中でも選び抜かれた精鋭ってことで合っている?」
プリシラの言う通り、デズモンド団長、クラリッサ団長、カーティス団長は騎士団長だ。
そして、騎士団長と言えば精鋭中の精鋭だ。
けれど、プリシラは猫パンチダンスを見てしまったため、デズモンド団長のことを弱いと判断したのじゃないだろうか。
実のところ、プリシラはデズモンド団長とオルコット公爵邸で会っているのだけど、その時も団長が強いというエピソードは披露されなかったから、強いとは思っていないのだろう。
そうであれば、私の返事いかんによっては、精鋭である騎士団長ですら猫パンチダンスを繰り出すのだから、騎士は全員弱いと思い込むかもしれない。
だから、騎士団長は精鋭中の精鋭だと明言せずに、曖昧な返事をするのがいいんじゃないかしら。
「そうねえ、あの部屋にいるのは騎士団長のはずだけど、稀に騎士団長なのか猫好きなのか分からないような人が交じっているかもしれないわ。それに、騎士団長にも色んなタイプがいるから、何の精鋭かと言うのは難しいわね」
プリシラは理解が早いタイプのようで、私の曖昧な言葉を聞いて、納得したように頷いた。
「ああ、そういうことね! つまり、おべっか上手の精鋭とか、実家が太い精鋭とかがいて、実力外で騎士団長に抜擢されたってことでしょう」
「え? い、いや、さすがにそれはないんじゃないかしら」
プリシラの酷い誤解を聞いて、慌てて訂正したけれど、彼女は呆れたように私を見つめてきた。
「あるに決まっているでしょ! フィーアったらどれだけ世間知らずなのかしら。いい? 騎士の中にも貴族がいるって話だったわよね。そうは見えなかったけど、意外と猫パンチダンスの騎士は貴族なんじゃないかしら。そして、権力で騎士団長の地位を手に入れたのかもしれないわ」
まずいわね。実際にデズモンド団長は伯爵だから、プリシラの根拠なき想像が、当たっているように聞こえてしまうわ。
返事ができずに微妙な表情を浮かべていると、プリシラがぱちんと両手を打ち鳴らした。
「以前、フィーアは私に、結婚相手として騎士を勧めたわよね。他ならぬあなたのお勧めだからちょっと迷っていたけど、今日確信したわ! お相手に騎士は絶対ないわ!!」
きっぱりと言い切ったプリシラを見て、私は渋い顔をする。
……ぐう、さすがに反論のしようがないわね。
でも、いいわ。プリシラはツンツンしていても、態度が変わることがあるから、今日のところはこれ以上深追いしないでおきましょう。
「それよりも、第二次審査よ!」
プリシラの力強い言葉を聞いて、私はそうねと頷く。
せっかくたくさんの薬草を摘んだのだから、使わないともったいないわ。
私はせかせかと歩くプリシラについていくと、そのまま調合室に入った。
それから、プリシラが案内してくれたテーブルに近付くと、そこにはたくさんの素材が並べてあった。
「プリシラったら、とんでもない量の薬を作るつもりね!」
正直な感想を漏らすと、プリシラから呆れたように言い返される。
「魔力量には限りがあるんだから、そんなにたくさんは作れないわよ。まさか第二次審査の期間内に、ここにある素材全てを使い切ると勘違いしたわけではないでしょうね」
いえ、今日一日で使い切ると思っていたわ。
そう思ったけれど、私は日々学習するタイプの聖女なので、プリシラに返事をすることなく、にこやかな笑みを浮かべる。
それから、テーブルの上に置いてあった素材を手に取った。
「綺麗な花ね。この白い花で一体何を作るつもりかしら」
「ああ、それは……使わないわ」
「え? 使わない素材を摘んできたの?」
プリシラったら意外と遊び心があるのね、と思いながら手の中の花をくるりと回すと、プリシラは何かに気付いた様子で頷く。
「フィーアは騎士団長部屋に籠っていたから知らないのね。それはついさっき、聖女たち全員に配られたのよ」
「この白い花が配られたの?」
「そう、ガザード大主教とサザランド大主教が揃って現れたから何事かと思ったら、その花を置いていったの。お2人とも開会式の時と同じく、ぎらぎらした衣装を身に付けていて、目だけしか見えない格好をしていたから、この部屋が暑かったんじゃないかしら。すぐに出ていったのよ」
ガザード大主教とサザランド大主教の2人は選定委員だ。
選定会の初日に、選定委員が選定会の様子を見に来ることがあると説明されたけれど、見学に来たついでに薬の素材を置いていったのかしら。一体何のために?
小首を傾げていると、プリシラが顔を近付けてきてひそりと囁いた。
「フィーア、これは内緒の話なんだけど、アルテアガ帝国で『金持ち病』が流行っているらしいわ」
「金持ち病? ああ、あの……高価な壺やテーブルを買わずにはいられなくなる病のことね」
どこかで聞いた覚えがある病状を口にしたところ、プリシラに思いっきり顔をしかめられる。
「そんな病気があるわけないでしょう! そうではなくて、帝国の貴族ばかりがかかる、体の一部が機能しなくなる病よ」
「えっ、それは大変じゃないの!」
アルテアガ帝国と言えばレッドたちが暮らす国だ。
貴族ばかりがかかる病気だったら、彼らが直接被害を受けることはないのかもしれないけど、国内で重篤な病が流行っていたら怖いはずだ。
そして、実際に病気になった人たちは、もっと怖いに違いない。
「『金持ち病』はこれまでになかった病気なの。最初は手足の違和感から始まって、そのうちどんどんしびれが酷くなって、最終的には体の一部が機能しなくなるらしいわ」
「それは大変だわ」
病人の困難さを思って顔をしかめると、プリシラは同意するように頷いた。
「そうなのよ。たとえば右腕とか、左脚とか、体の一部に症状が表れるらしいわ。その部分が腐ったりすることはないんだけど、感覚がなくなって、自分の意思では一切動かせなくなるみたいよ」
「アルテアガ帝国では大変な病が流行っているのね」
これまで聞いたこともない病気に驚いていると、プリシラが困ったように頭を振った。
「そうなのよ。それに、治療方法も感染経路も不明らしいの。だから、今のところ、アルテアガ帝国だけに見られる病だけど、いつナーヴ王国に入ってくるか分からないわ。だから、我が国の貴族たちは戦々恐々としていて、治療方法を必死で探しているみたいよ」
「そうよね。早めに治療方法を見つけておけば、もしも自分たちが同じ病にかかったとしても、安心でしょうからね」
プリシラの説明に理解を示すと、彼女はその通りだと頷いた。
「そう、それにアルテアガ帝国も本当に困っているみたいだから、多大な恩を売れるはずよ。だから、もしも治癒方法を発見することができたら、一石二鳥だわ!」
プリシラの説明を聞き終わった私は、白い花をもう一度見つめると、不思議に思って問いかけた。
「ところで、その病とこの白い花との間に何の関係があるの?」
「それが、帝国では未だに占い師が幅をきかせているらしいのよ。それで、国一番の占い師が『金持ち病にはこの白い花を使って作った薬が効く』ってお告げを出したらしいの。ただ、帝国はこの花の効能も使い方もさっぱり分からないから、大聖堂に泣きついてきたのよ」
ああー、そういえばレッドの話にもちょこちょこ占い師が出てきたわね。
アルテアガ帝国は占いが盛んなのだったわ。
「それで、大聖堂でも白い花の扱いが分からなくて困っていたから、選定会に参加する聖女に丸投げしたんだと思うわ。大主教たちは『この白い花を使用して何らかの薬が作れた場合は、新薬ということで高いポイントを付与します』と言っていたけど、こんな思い付きみたいな形でしか依頼できない時点でお察し案件よね」
「どういうことかしら」
プリシラの言いたいことが分からずに質問すると、彼女は腕を組んで、靴のかかとをかつんと床に打ち付けた。
「つまり、騎士団長案件以下ということよ」
「……ああ」
デズモンド団長の猫パンチダンスのせいで、プリシラの中で騎士団長案件の価値が下がっているみたいね。
顔をしかめていると、プリシラが考えるように空を見つめた。
「金持ち病自体がよく分からないものだから、薬といわれてもどんな風に作ればいいか分からないわ。だから、事務官からの正式な説明という形にはできなくて、見学にきた選定委員からの提案という形になったのよ。しかも、金持ち病の治療薬とはっきり言えずに、『何らかの薬が作れた場合』と表現するあたり、弱気もいいところよね」
「そうね」
教会は色んなしがらみがあって大変そうね。
「ちなみに、帝国は『金持ち病』が国内で流行っていることを伏せたいみたいで、大聖堂にも極秘扱いで入ってきたわ。帝国内でもできるだけ秘密にされているらしく、病気にかかった人は家の中に閉じ込められるんですって」
「えっ、それは酷い話ね! 貴族ばかりがかかる病気というのは初めて聞いたから、どんな噂を立てられるか分からないと、心配しているのかしら?」
勢い込んで尋ねると、プリシラは考えるように首を傾げた。
「そうね。平民の中には貴族が嫌いな人たちもいるから、彼らの格好の悪口の材料にされたくないと用心しているんでしょう。何にせよ、この件には手を出さないことね」
「どうして?」
助けてくれと要請されたのならば、力を貸せばいいのじゃないかしらと思って聞き返す。
すると、プリシラが分かっていないわねとばかりに私を見つめてきた。
「聖女は万能じゃないのよ! ちょこっと病状を聞きかじったくらいで、必要な薬を作れるわけがないじゃない。細かい病状は一切分からないうえ、白い花の効能がこれっぽっちも分からないのだから、条件が悪過ぎるわ。だから、この案件にかかわってはダメよ!!」
「でも、そうしたらアルテアガの貴族たちは困るんじゃないかしら」
至極当然の答えを返すと、プリシラが顔をしかめる。
「それはその通りだけど、私たちだって忙しいんだから! そんなできるかどうか分からないものに時間をかけていられないわ」
「……そうかもしれないわね」
聖女の数は限られているから、優先順位を付けて対応するのが正しいのだろう。
しょんぼりしていると、プリシラが慰めるような言葉をかけてくれた。
「それに、大主教たちも私たちが新薬を作れないことくらい分かっているわよ」
「そうなの?」
そんなことがあるかしらと思って聞くと、プリシラは自信満々に頷いた。
「これは帝国に対するエクスキューズよ。『次代の筆頭聖女となる候補者たちに取り組ませたけれど、それでもできませんでした』と言い訳するための工程なのよ」
「ふうん」
そんなことがあるものかしら。
でも、他の聖女たちは忙しいかもしれないけれど、私は第二次審査でいい点数を出す必要はないし、特にやることがないから暇なのだったわ。
だから、協力したいけれど、病状についての情報が不足しているのよね。
今ある情報だけで薬を作るのは難しいから、情報を補足する必要があるわ。
運のいいことに、私はこの国で1、2位を争うほど情報通の人物を知っていて、その人物は隣の部屋にいるのよね。
しかも、その人物は弱っているから、病状が完治する薬をあげると言えば、何だって情報を提供してくれるんじゃないかしら。
「これは等価交換だわ!」
私はほしい情報を、デズモンド団長は必要な薬を手に入れるのだから、ウィンウィンの関係になるはずよ。
私はにこりと微笑むと、デズモンド団長のために、ぱぱっと味覚を正常に戻す薬を作ったのだった。









