224 筆頭聖女選定会 一次審査15
おかしいわね。私は場を和ませようと発言したのに、さらに場が凍り付くってのはどういうことかしら。
最近の私のウィット力は騎士団で養われているから、私の話が面白くないとしたら、シリル団長の指導が悪いのだろう。
仕方がない。私にはこれ以上楽しいジョークは言えないから、話を変えることにしよう。
多分、プリシラは長年の望みだったモーリスの欠損を治して気が動転しており、いつもと異なる発言をしているのだ。
もう少し待っていれば、普段通りに戻るはずよね。
そう考え、私はベッドの上に座っているモーリスに声を掛けた。
「モーリス、脚はきちんと治ったはずだけどどうかしら? よかったら歩いてみてくれる?」
彼は目を見開いて私を見ていたけれど、はっとした様子で自分の脚に視線を移した。
「これは……オレの願望が生み出した幻肢じゃないのか? いや、だって、オレは10年も前に脚を失ったんだぞ! 再生するはずがないだろう!?」
うーん、再生はそんなに難しいことじゃないのよね。
多分、プリシラだったら少し訓練すればできるようになるはずだし、他の聖女たちだって同様だ。
そう思ったけれど、モーリスは混乱した様子で頭を抱えると、何事かをぶつぶつと呟き始め、ちっとも立ち上がる様子を見せなかった。
そのため、これは時間がかかりそうだわ、と担当であるプリシラに任せることにする。
私は、床にへたりこんでいるプリシラにもう一度顔を向けると、にこやかに話しかけた。
「プリシラ、そろそろ大丈夫かしら? モーリスはあなたが治したんだから、あなたに確認を任せてもいいかしら?」
「は? 何を言っているの? 治したのはフィーアでしょう!」
そうかもしれないけど、そこは絶対に認めるわけにはいかないわ。
「ほほほ、私のヘルプが的確だったのは否定しないけど、あくまでお手伝いだわ。主となって治癒したのはプリシラよ」
「そんなわけないでしょう! フィーアが魔法をかけた時、私はほとんど魔力を使い果たしていたのよ!!」
「そして、私はまだほとんど魔力を使っていないわ。プリシラの方がたくさん魔力を使ったのだから、プリシラが治したってことよ」
「……ほ、ほとんど魔力を使っていない? じゃ、じゃあ、私の腕を流れていたものすごい量の魔力は何だったのよ!!」
「そうねえ、元々のプリシラの魔力が9、私の魔力が1ってところかしら。普段にない1の魔力をプラスされたから、ものすごいと感じたのかもね」
本当は私が9、プリシラが1だけど、プリシラは混乱しているようだから、言い切ってしまえば受け入れるんじゃないかしら。
「…………」
私の思惑通り、プリシラはぎりりと奥歯を噛み締めたけど、それ以上言い返してこなかった。
納得したのかしら? と無言でプリシラを見つめていると、彼女はさっと腕を前に突き出す。
「フィーア、見てちょうだい! 私の右腕はまだ感覚が戻らないわ」
目の前に差し出されたプリシラの腕は、ぶるぶると尋常じゃないくらい震えていた。
「あ、あれが1の魔力量ですって? ふざけたことを言わないでちょうだい! そもそもフィーアの魔力は尋常じゃないわ! とんでもない量の魔力が、とんでもないスピードで私の腕を通っていったのよ! 腕が馬鹿になったまま戻らないわ!!」
「ああ」
そう言えば、私の魔力を通した腕は、しばらくそうなるんだったわ。
少しだけ不便だろうけど、悪い事ばかりじゃないのよね。
プリシラの魔力が通る道が広がったはずだから、今後は勢いを付けて魔力を流せるようになるだろうから。
私は前世の出来事を思い出しながら、曖昧に頷く。
「ううん、まあ、あと半日くらいの辛抱よ。腕が治るまでは、患者を治す時にできるだけ左腕で魔力を流すようにしたらいいんじゃないかしら」
「はあっ!? フィ、フィーアはこの後もまだ患者を治すつもりなの!??」
驚愕した様子で見つめてくるプリシラに、私は慈愛に満ちた笑顔を向けた。
「ええ、プリシラと一緒にね」
せっかく昨晩、即効性の魔力回復薬を作ったのだから、使わないともったいないわ。
私の言葉を聞いたプリシラは顔を引きつらせると、尻餅をついた状態でずりずりと後ろに下がり始める。
「い、一体何を言っているの? 無理、無理よ! 私は今日、欠損を治すという、人生最大の治癒を行ったのよ!! この後、1か月くらい何もしなくても許されるくらいだわ。それなのに、この後さらに他の患者を治癒させようというの!??」
「ふふ、プリシラ、やっと自分がモーリスを治したって認めたわね。あなたを素直にさせるキーワードは何だったのかしら?」
嬉しくなって尋ねると、プリシラは大声で叫び始める。
「し、信じられない! 常識知らずの、桁違いの聖女だわ!! あああ、どうしてこれまで誰一人、これほどの聖女に気付かなかったのかしら!! 教会は節穴の目を持つ集団だわ!!」
「まあ、プリシラったら、自分の出身団体を貶すんだったら、人目がないところで、小声で言う方がいいわよ」
私はプリシラに顔を近付けると、小声でこっそりとためになるアドバイスをした。
それなのに、なぜかプリシラからきっと睨まれる。
「ほら、見てちょうだい! この規格外の聖女は未だに状況を分かっていなくて、頓珍漢なアドバイスをしてご満悦だわ! ううう、私はどうすればいいの。まさかこんな桁違いの聖女だって知っていたら、協力なんて要請しなかったのに。全身の震えが止まらないし、鳥肌がおさまらないわ」
プリシラの言葉を聞いたモーリスは、伏せていた顔を上げると、元気付けるような声を掛けた。
「プリシラ聖女、安心しろ! オレも全身の震えが止まらねえし、鳥肌がおさまらねえ! 何ならきっと、この後3日くらい眠れねえ!!」
プリシラは素早く立ち上がると、ささっとモーリスのもとに駆け寄り、手を握り合って頷き合い始めた。
その姿を見て、ぴーんとくる。
「はっ、もしかして恋の目覚め!?」
「違うわよ!」
「違えよ!!」
間髪をいれずに2人に言い返される。
2人揃って否定してきたけれど、プリシラとモーリスは同じことを言っているし、気が合っているように見えるわね。
よし、やっぱりここは2人に任せることにしよう、と私はプリシラに向かってひらひらと手を振った。
「プリシラは動けるようになったみたいだから、モーリスの確認をお願いするわね。私はアナたちの様子を見てくるわ」
私の言葉を聞いたプリシラとモーリスははっとした様子で息を呑んだ。
それから、プリシラは慌てた様子で私のもとに駆けてくると、ぎゅっと両手を握る。
「フィ、フィーア、ありがとう!! 私ったら、まだお礼も言っていなかったわ。常識知らずの魔法を見せられたから気が動転して、酷い言葉もたくさん言ってしまって、……悪かったわ。私が本当に言いたかったのはそうでなく、一生涯、あなたに感謝するということよ!!」
「私がしたのはちょっとしたお手伝いでしかないけど、そう言ってもらえて嬉しいわ」
プリシラったら素直にお礼が言えるのね。
普段にない素直なプリシラに驚いていると、彼女は興奮した様子で言葉を続けた。
「フィーア、あなたは奇跡を起こしてくれたわ! 私がずっと治したくて、でも私の力ではどうしようもなかった怪我を、フィーアは治癒してくれたの!! だから、この右腕がもう使い物にならなくなったとしても、私は絶対にあなたを恨まないわ!!」
いや、その腕はちょっと痺れているだけだから、半日くらいで元に戻るわよ。
そう心の中で訂正していると、プリシラに続いてモーリスが恐る恐るベッドから足を下ろし、おっかなびっくりといった様子で私に近付いてきた。
久しぶりに自分の足で歩いたせいか、モーリスは不自然に体が上下に動いていたけど、本人は気にする様子もなく、聞いたことがないような高い声を出す。
「ひゃはっ、あ、歩いている? 嘘だろう。ヤバい、自分の足で歩いているぞ! まるで雲の上を歩いている心地だな」
モーリスはスキップをしているかのようなおかしな歩き方を披露した後、浮かれた様子でぐるりと一回転した。
とっても楽しそうだし、脚は上手く再生したようね、とにこりとする。
そんな私に向かって、モーリスは大真面目な表情で口を開いた。
「フィーア聖女、オレも心から君に感謝する! もしもオレが騎士に復帰することができたら、フィーア聖女を全身全霊でお守りすると、この場で誓おう!!」
「モーリス……」
一体何てことを言い出すのかしら、と私は顔をしかめる。
せっかく10年前に救ったプリシラと運命の再会を果たしたのだから、ここはモーリスの脚を取り戻してくれた彼女と恋に落ちる場面じゃないかしら。
それなのに、どうして通りすがりのヘルプ聖女でしかない私に、全力で守るなんて言っちゃうのかしら。
ああ、モーリスが今まで独身だった理由が、分かるような気がするわ。
まあ、でも、この後、2人は仲良くなるかもしれないから、ここでモーリスの悪口を言うのは得策ではないわね。
私は慈愛に満ちた表情を浮かべると、モーリスとプリシラに言葉を掛けた。
「モーリス、足が治ってよかったわね。じゃあ、プリシラ、後で迎えに来るから」
笑顔でプリシラに予告すると、彼女は顔をひきつらせた。
「ひいっ! さっきの言葉は冗談じゃなかったの!? まさかまだ私に患者を治させるつもりなの? ……う、嘘よ!!」
「もちろん本当よ。アナたちを確認したら戻ってくるわ」
ひらひらと手を振りながら出口に向かうと、それが合図になったかのように、それまで動かずにいた医師や事務官、他の患者たちが一斉にモーリスを取り囲んだ。
皆は興奮した様子でモーリスの肩を叩いたり、恐る恐る脚に触れたりしている。
扉を出る際にちらりと見ると、患者たちのうちの幾人かは嬉しそうに涙を流し始めたので、モーリスはすごく慕われているようね、と嬉しくなった。
モーリスは選定会の患者として無理矢理ねじ込まれたと言っていたから、彼が同室の患者たちと知り合いになったのは、せいぜい数日前のはずだ。
それなのに、これだけ皆に慕われているのだから人格者なのだわ、と微笑みながら廊下を歩く。
さて、アナたちはどこかしら、ときょろきょろと辺りを見回していると、中等症患者の病室に3人の姿が見えた。
声を掛けようとしたところで、聖女の一人がアナの肩をどんと乱暴に押す光景が目に入る。
「えっ!?」
びっくりして駆け寄ると、アナは私に気付き、床に片膝をつきながらも大丈夫だと片手を上げた。
「何でもないわ」
一体誰がアナを突き飛ばしたのかしらと振り仰ぐと、相手はローズ聖女だった。
彼女は自分が正しいとばかりに腕を組むと、冷静な表情でアナを見下ろしていた。








