223 筆頭聖女選定会 一次審査14
モーリスは私たちを見ると、複雑そうな表情を浮かべた。
聖女にも欠損はどうにもならないから、私たちが彼の治癒をすることは無駄だと、モーリスは思っているのだろう。
案の定、モーリスは言いにくそうに口を開く。
「これは筆頭聖女を決める選定会なんだろ? オレにかかわっていたら、順位が下がるだけだ。他の病人を診たらどうだ」
「それが、一度患者を治癒し始めたら、聖女はその患者の担当になるみたいで、完治させるまで変えられないのよ」
私は黙っているプリシラに代わって説明すると、モーリスに質問した。
「もしも脚が再生したら、モーリスは何をやりたいの?」
「それは……騎士だな」
一瞬口ごもったものの、迷う様子を見せないモーリスを見て、やっぱりそうよねと納得する。
だとしたら、私に手伝わせてもらえないかしら。
前世において、欠損を治せる聖女は何人もいた。
けれど、彼女たちは失った部位を、劣化した形で再生することしかできなかった。
たとえば失った脚を再生した場合、歩くことに問題は生じないけれど、その脚を鍛えることはできないのだ。
騎士として働きたいからと、トレーニングしても筋肉は付かないし、どれだけ努力をしても優れた動きができるようにはならない。
再生させた脚が発達することはないのだ―――通常は。
「私も一緒にやっていいかしら?」
前世において、私の瞳は精霊王から受け継いだ特別なものだった。
あの目は多くのものを見通すことができたから、欠損した部位を正確に把握でき、同じように再生することができたのだ―――それが既に失われたものだとしても。
すると、私が再生した部位は体にしっくり馴染み、その後も成長するし発達することができた。
今の目も、前世とほぼ同じようなことができるから、欠損の再生であれば問題なく手伝えるだろう。
「えっ、本当にフィーアが手伝ってくれるの? い、いや、つまり、欠損は一人で治すものじゃないから、一緒にやるのは構わないわ!」
プリシラが協力的な返事をしてくれたので、私はにこりと微笑む。
「だったら一緒にやりましょう」
私はプリシラに向かい合うと、彼女の両手をぎゅっと握った。
「プリシラ、モーリスの傷は治っていないわ。両脚がなくなっているの。だから、彼に脚を取り戻してあげましょう」
「でも、それは……」
プリシラが珍しく自信のない様子を見せたので、私は首にかけていた聖石のネックレスに手をかけた。
それから、びっしりと連なっている石の一つをチェーンから外す。
シリル団長たちを誤魔化すため、聖石のネックレスをずっと首にかけているのだけど、重くて仕方がなかったからちょうどいいわ。
ただし、プリシラの訓練を優先させたいから、あまり大きな石は使わない方がいいわね。
「これをあげるわ。おまじないの石よ。これを使うと、普段よりも勢いよく魔法が使えるの」
聖石内の魔法を発動させる『核なる言葉』は『回復』だから、プリシラは自分の魔力を発動させた時、聖石の力も一緒に使うことができるはずだ。
「フィーア、ずどんね」
プリシラが聖石をぎゅっと握り締めながら尋ねてきたので、その通りよと頷く。
「ええ、ずどんよ」
プリシラは覚悟したように頷くと、モーリスに向き直った。
それから、両手を上げると、唱え慣れた呪文を口にする。
「慈悲深き天の光よ、我が魔力を癒しの力に変えたまえ―――『回復』」
その瞬間、プリシラの手から魔法が発動した。
同時に、聖石に込められていた魔力も解放される。
「プリシラ、モーリスの脚よ!」
モーリスの脚以外にも魔力が巡っていて、脚へ流れる魔力の勢いが足りないと思った私は、プリシラの意識を彼の脚に向けさせようと声を掛けた。
彼女は全身に力を入れ、必死な様子で魔力を放っている。
昨日見た時よりは勢いがあるけれど、それでも欠損を治すにはまだ威力が足りていない。
……そうよね。普段から訓練をしていなければ、治癒する部位だけに魔力を流すことも、勢いを付けて魔力を流すことも難しいかもしれない。
聖石を使っても、モーリスの脚は再生する様子を少しも見せないもの。
プリシラはわずかな時間で体中の魔力を使い果たしたようで、疲労のせいか腕が下がってきた。
私は手を伸ばすと、彼女の腕をがしりと掴む。
「プリシラ、ちょっと腕を借りるわね」
あまりやらない方法だけど、プリシラの腕を通して魔力を流すことにしたのだ。
「いい? モーリスの塞がった傷口を開けて、彼の脚を生やすわよ。回復!」
呪文を口にした瞬間、私の魔力が手のひらから放たれ、掴んでいたプリシラの腕を通っていった。
魔力はそのまままっすぐプリシラの腕の中を進み、彼女の手のひらから放出される。
その流れはプリシラも感じているようで、びくりと全身を硬直させると、恐怖で顔を引きつらせた。
「ひいいっ!」
ほんのわずかな時間。
瞬きほどの時間で、モーリスの脚は初めからそこにあったかのように綺麗に再生された。
それが魔法の力によるものだとは、遅れて発動したぴかぴかと光る効果を見なければ分からなかったかもしれない。
それくらいのわずかな時間で、全ては終わってしまったため、―――人によっては、瞬きをした間に、モーリスの脚が生えたように見えただろう。
彼の再生した脚を確認した私は、にこりと微笑む。
「ふふ、とっても上手に出来たわ!」
よしよし、成長して発達する、モーリスの体に馴染んだ元通りの脚を再生できたわよ。
満足してプリシラを見ると、彼女は目と口を大きく開いた状態で、私が掴んだ腕を見ていた。
「あ、あら、強く掴み過ぎたかしら。痛かった?」
慌てて手を離すと、なぜだかプリシラはゆっくりと後ろに傾き、そのままべしゃりと尻餅をつく。
「ええっ!?」
一体どうしたのかしら、とプリシラに近付くと、恐怖の表情でずりずりと後ろに下がられた。
「プリシラ?」
「あああ、あなたは何者なの!?」
「ええっ!」
いやだわ。モーリスを治すことができた嬉しさで、一時的に記憶喪失にでもなったのかしら。
「プリシラと一緒に筆頭聖女選定会に参加しているフィーア・ルードよ」
分かり切っていることを口にすると、プリシラはぶんぶんと激しく首を横に振った。
「そ、そんなわけないじゃない!! あなたが選定会に出る必要なんてないわ!! あ、あなたはぶっちぎりのナンバー1聖女よ!!!」
「まあ、プリシラったら素直にお礼を言えないのね」
プリシラは優れた聖女だから、彼女の腕を通して勢いよく流れていった私の魔力を感じ取れたはずだ。
だから、モーリスの欠損を治癒するのに、私が助力したことは理解しているだろうけれど、そのことを素直に言えず、こんな回りくどい言い回しをしてきたのだろう。
でも、大丈夫。私もだんだんプリシラの性格が分かってきたから、上手くフォローできるわ。
私は冗談めかした表情を作ると、プリシラの仕草を真似する。
「確かにプリシラは上手にモーリスの脚を治したけど、私だって手伝ったのよ。だって、欠損は一人で治すものじゃないものね。だから、少しくらい感謝してもらっても構わないわ」
それは先ほど、私が助力を申し出た時にプリシラがした返事を言い換えたものだ。
咄嗟にプリシラの言葉を流用するなんて、我ながらウィットが効いているわ、とにまりとしたけれど、なぜだか場の雰囲気は緩まず、プリシラも笑い返してくれなかった。
それどころか、さらに顔を青ざめさせて私を凝視してくる。
あれ、と思って部屋を見回すと、モーリスはもちろん、他の患者たちや壁際に控えていた医師や事務官、―――その部屋にいた全員が、硬い表情で私を見つめていた。








