221 筆頭聖女選定会 一次審査12
プリシラは馬車に乗り込むとすぐに、腹立たし気に座席に座り、窓の外を睨みつけた。
外に何かあるのかしらと視線をやると、ちょうど夕日が沈んでいくところだった。
綺麗ねと思いながら夕日を眺めていると、プリシラが尖った声を出す。
「フィーア、あなたは私のことを間抜けだと思っているんでしょ!」
「え?」
一体どういうことかしら、とプリシラを見ると、彼女は悔し気に顔を歪めた。
「第一次審査で古い欠損を治そうとするなんて、私のことを自分の実力も測れない間抜けだと思っているはずよ!!」
私はきょとりとしてプリシラを見つめる。
「もちろん、そんなこと思わないわ。だって、プリシラならモーリスを治せるもの」
「は?」
意味が分からないとばかりに顔をしかめるプリシラに、私は懇切丁寧に説明する。
「モーリスの欠損は一気に治してしまえば治癒できるわ。ただ、プリシラは慣れていないようだから、魔力がもたないかもしれないわね。だから、2日に分けて治癒するか、魔力切れを起こした際に、即効性の魔力回復薬を飲めばいいんじゃないかしら」
または、私が手伝うかよね。
「あ、あなたは何を言っているの!?」
金切り声を上げるプリシラに、私はにこりと微笑む。
「もちろん、プリシラがモーリスを治す方法について話しているわ。欠損の治癒は失くしてしまった部分を再生しないといけないから、少しコツがいるのだけど、プリシラならできると思うわ。ただ、慣れないうちはやり方が分からないだろうから、私がお手伝いしましょうか?」
「…………」
プリシラはごくりと唾を飲み込むと、激しく首を横に振った。
「フィーアは嘘を言っているわ! 欠損の治し方を知っているような口ぶりだけど、そんなことができる聖女はいないもの! 私が必死なのを分かっていて、見え見えの嘘をついて、それに引っ掛かった私を嘲笑おうとしているのよ」
「えっ、そんなことしないわよ」
驚いて言葉を零すと、激しい調子で言い返される。
「私は現実を知っているの! 私が高飛車で自分勝手だって、皆に嫌われているのも知っているわ! でもね、私の性格がよかったとしても、私の魔法が衰えた途端に、皆は私のことを相手にしなくなるわ。私の価値は聖女の能力の高さにしかないのよ!!」
プリシラは本気でそんなことを思っているのかしら。
「そんなことないはずよ」
私は騎士としてすごく優秀だとは言えないけど、騎士たちからきちんと仲間として扱われているもの。
だから、職業上の能力の高さと、皆から相手にされるかどうかは別じゃないかしら。
プリシラだって聖女の能力とは無関係に、大切にされた経験があると思うけど。
ただ、プリシラが彼女の価値は優秀な聖女でいることだ、と頑なに思い込んでいるとしたら、聖女の能力に関係なく大切にされたことがあったとしても、気付かないかもしれない。
どうしたものかしらと首を傾げていると、プリシラが視線を落とし、ぽつりと呟いた。
「……一度だけなら、聖女の能力に関係なく大切にされたことがあったわ」
「そうなのね」
よかった、どうやら大切にされた思い出が見つかったようね。
ほっと胸を撫で下ろしていると、プリシラは自分の過去について話を始めた。
「あの頃の私は6歳だった」
えっ、ずいぶん昔まで遡ったわね。他に何もなかったのかしら。
「当時の私は地方教会所属だったけど、才能を認められて大聖堂へ移る話が出ていたわ。だから、お試しとして大聖堂で暮らし始めたところだった。そんな状況だから、他の聖女たちと馴染めるはずもなく、私は一人で近くの森に出掛けたの。誰も見たことがないレア薬草を摘んできて実績を出し、正式に大聖堂の一員にしてもらおうと考えたのよ」
「たった6歳の時に、一人で森に出掛けたの? まあ、森には魔物がいるのに、プリシラは小さい頃から無鉄砲だったのね」
私の言葉を聞いたプリシラは、不快そうに眉根を寄せた。
「フィーアはまるで、私が今も無鉄砲みたいな言い方をするのね。当たっているけどはっきり言い過ぎよ。それで、そう、フィーアの言う通り、竜が出たのよ」
「竜! それはまた滅多にない魔物に出遭ったわね」
基本的に竜は森の奥深くに棲んでいるから、人と出遭うことは滅多にないはずなのに。
プリシラも同じように考えたようで、同意するように頷く。
「子どもの足だから、それほど森の奥深くに入ったわけじゃないのに、竜に遭遇するなんてよっぽどついてなかったんだわ。当時の私も、初めは自分が何に出遭ったのか分かっていなかったの」
「分かるわ」
私も初めてザビリアを見た時は、鳥の雛だと思ったもの。
うんうんと頷いていると、プリシラはさらに言葉を続ける。
「竜なんて滅多に現れない上位種で、普通に生活していたら決して遭遇する相手じゃないわ。相対した竜はものすごく大きくて強そうだったから、ああ、私はここで死ぬのねって覚悟したの」
小さかったプリシラが竜と相対した場面が頭の中に浮かんできて、とても怖かっただろうなと思う。
「でも、無事だったのよね」
目の前で元気に座っているプリシラを見ながら、確認するように尋ねると、彼女はつんと顎を上げた。
「そうね、私は生き延びたわ。助けられたのよ。大聖堂近くの森に竜が棲みつくなんて大問題だから、ナーヴ王国から騎士が派遣され、討伐隊が組まれたの。その中の騎士が、私を助けてくれたわ」
あ、ぴーんときたわ。
「その騎士がモーリスね!」
プリシラは視線を床に落とすと、その通りだと頷いた。
「モーリスは竜に遭遇して一歩も動けなくなっていた私を抱えて逃げてくれたの。でも、その時に彼は怪我をしたわ。そして、そのせいで脚を失ったの」
あら、私が聞いた話とは少し違うわね。
「モーリスが脚を失ったのは、他の騎士を庇ったためだと聞いたけど」
さり気なく言葉を差し挟むと、プリシラはぎりっと唇を噛み締めた。
「その通りだけど、そもそも私を助けた時に怪我をしなかったら、他の騎士を庇う際に脚を怪我することはなかったはずよ!」
プリシラは自分に厳しいのね。
モーリスがプリシラを助けて怪我をしたことと、彼が脚を失ったことの因果関係は不明なのに、プリシラは関係があると結論付けて、自分のせいだと考えているのだから。
プリシラはぎゅっとローブの膝部分を握りしめると、頑なな表情を浮かべた。
「私は優秀な聖女よ! だから、誰もが私のことを大切にするし、誰もが私に一目置くわ。でもね、代わりに優秀な聖女であることを要求されるの。……モーリスだけよ。私をただの子どもとして救ってくれたのは。彼は私のせいで怪我をしたのに、私に治させようなんて考えもしなかったのだから」
確かにモーリスは高潔そうだから、『聖女を救った際に怪我をしたから、聖女に治癒させよう』なんて考えなさそうよね。
というか、そもそもモーリスはプリシラのことを覚えていない様子だったわ。
もしかしたらモーリスにとって小さな子どもを救うことは当たり前のことで、だからこそ、プリシラのことが記憶に残っていないのかもしれない。
でも、プリシラはずっとモーリスのことを覚えていた。そして……
「選定会でモーリスに再会したから、彼を治癒しようと思ったの?」
アナたちの話では、プリシラは大聖堂から何が何でも優勝するようにとプレッシャーをかけられているとのことだった。
だから、モーリスを選んだのは彼を治癒する自信があるからだと思ったけれど、プリシラの治癒場面を見た限り、そうとも言えないようだ。
だとしたら、プリシラはモーリスを治癒できないと分かっていながら、少しでも彼の欠損を何とかしたいと思って彼を選んだのだろう。
私の推測を肯定するかのように、プリシラが言葉を続ける。
「10年前にモーリスを見た時、両足首に包帯を巻いていたけど、きちんと脚があったわ。当時の私は自分の魔法に自信がなかったから、治癒することを言い出せずにそのまま別れたの。でも、昨日、10年振りにモーリスに会って、彼が脚を失ったと知った時、ものすごく後悔したわ」
プリシラは聖女だから、可能性があった分だけ、治癒しなかった過去を後悔しているのかもしれない。
「カルテを見たら、モーリスの脚は10年前に欠損したと書いてあったわ。彼は脚を失ったまま10年間過ごしたのよ。ここで治癒しなければ、いつの間にかまた、新たな10年が経ってしまうかもしれない。そうしたら、彼はその間もずっと、不自由さを感じていかなければならないのよ」
だから、見かねたプリシラが治癒しようとしているのね。
全てを語り終えて口を噤んだプリシラを見て、私は首を傾げる。
これまでのプリシラから推測するに、彼女はこんな風にぺらぺらと、自分の事情や考えを口にするタイプではないはずだ。
それなのに、これほど素直に全てを吐露するのは、私が『プリシラはモーリスを治せる』と発言したからじゃないかしら。
きっとプリシラは私の発言に希望を見出し、藁にも縋る思いで自分の事情を話したのだろう。
それほどモーリスを治したいのねと考えていると、黙った私を不審に思ったのか、プリシラが一段高い声を出した。
「な、何よ、どうせ私のことを実力も伴わないのに、やれもしないことに手を出す間抜けだと思っているんでしょう!」
まさかそんなことを思うはずがない。
「いいえ、プリシラは立派な聖女だと感心していたの」
心からそう思ったので、私は嬉しくなってにこりと微笑んだのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます!
6/14(金)にノベル10巻が発売されます。どうぞよろしくお願いします。








