194 王太后のお茶会3
「私が筆頭聖女の選定会に出るんですか?」
えっ、一体どういうこと。
いつの間にか、私が聖女だとバレてしまったのだろうか。
そう心配になったけれど、会話の中にそんなくだりは一切なかったはずだ。
ぼーっとしていたつもりはないのだけれど、大事な話を聞き逃してしまったのだろうか。
突然の話の流れに、全く状況を把握できずに固まっていると、王太后が探るように私を凝視してきた。
「面白くもない冗談ね。その子は聖女ではなく騎士でしょう」
その言葉を聞いて、あ、よかった、どうやら聖女であることがバレたわけではないようねと胸を撫で下ろす。
一方のセルリアンは、尊大な様子で腕を組んだ。
「ふん、何をもって聖女だと定義するのさ! 僕が聖女の力を借りたいと心から願ったのは、人生で1度きりだ。しかし、その場にいたあんたは、その力を使うことなくコレットを見殺しにした。必要な場面で力を使いもしないのならば、力がないのと同じことだ。そんな者は聖女でも何でもない!!」
セルリアンの主張を聞いた王太后は、出来の悪い子を前にしたような表情を浮かべる。
「それは『あなたにとって』の必要な場面でしょう」
それから、言い聞かせるかのように一言一言をゆっくりと口にした。
「聖女には聖女の都合と考えがあるのよ。いつだって相手の望み通りにできるものではないわ。それに、たとえ相手の望みに反した行動を取ったとしても、特別な御力を持った者は全て聖女だわ」
セルリアンは我慢ならないとばかりにソファから立ち上がる。
「ああ、なるほど、あんたは聖女に全ての決定権があると言うんだな! だけど、聖女が必ずしも最上の選択ができると言い切れるのか? コレットを見殺しにしたことは正しかったと言えるのか!?」
必死な様子で言い返すセルリアンを前に、王太后は唇を歪めた。
「ローレンス、あなたはあなたの視点でしか物事が見えていないわ。私の立場に立とうともしないから、私の考えを理解できるはずもない。それに、与えられた力をどう使うかを決めるのは、その力を持っている者の特権よ」
それから、王太后は諭すような言葉を続ける。
「それに、そのようなことを言い出すのならば、コレット自身が聖女だったじゃない。それも、あなたの言葉を借りるならば、『未来の王妃で、いずれ筆頭聖女になる者』だった。だからこそ、その力のほどを皆に知らしめる必要があり、彼女は自分で治癒すべきだった。それすらもできない者が、王の妃になれるはずもないわ」
この発言には、セルリアンも反論する言葉を持たなかったようだ。
言い負かされた形になったセルリアンは、悔し気に顔を歪めると俯く。
王太后はその様子をしばらく眺めた後、サヴィス総長に視線を向けた。
「ローレンスは突拍子もない冗談を言い出すわね。けれど、聖女でない者が選定会に参加するなんてありえない話だわ。もしもそんなことが起こったならば、後世まで語り継がれる恥ずべき出来事になるはずよ」
呆れた様子で首を振る王太后に対し、それまで沈黙を守っていたサヴィス総長が口を開く。
「冗談ではないと思いますよ。そして、兄上は前言を撤回されていないので、オレの部下であるフィーア・ルードが選定会に参加する件は生きています」
王太后は訝し気に眉を上げた。
「サヴィス、冗談は止めてちょうだい。まさかあなたまでもがローレンスの悪ふざけに付き合おうというわけではないのでしょう?」
サヴィス総長は王太后の言葉に真っ向から反論する。
「あなたは少しも兄上を尊重していませんが、この国の王は彼です。そして、王の言葉に従うのがオレの務めです」
驚いたように目を見開く王太后に対して、総長は言葉を続けた。
「そもそもオレにとって聖女は難解過ぎる。何をもって聖女と呼ぶのか未だに理解できていないので、兄上がオレの騎士を聖女だと断じるのならば、それを受け入れるまでです」
「馬鹿げたことを言うものではないわ! 筆頭聖女の選定会はお遊びではないのよ! 聖女でない者を参加させて、権威ある選定会を貶めることなどあってはならないの!!」
王太后にとって、聖女の立場や権威を守ることは何よりも重要なのだろう。
そのため、ここにきて初めて、王太后は感情をあらわにした。
けれど、対峙するサヴィス総長は穏やかな態度ながらも、一歩も引く様子を見せない。
「王太后の言う通りです。筆頭聖女の選定会は遊びではないし、権威ある会です。責任ある者が、責任をもって選定するのであれば、その公平性は確実に守られるでしょう」
サヴィス総長が最後の一言を口にした途端、王太后がぴたりと口を閉じた。
そのためふと、以前シリル団長が『私の母は最も力が強い聖女だったようですが、当時の国王と年齢が釣り合わなかったために、次席聖女の地位に甘んじなければならなかったのです』と言っていたことを思い出す。
婉曲過ぎてよく分からなかったけれど、サヴィス総長は王太后が筆頭聖女に選定された当時のことを皮肉ったのかもしれない。
その疑念は、普段壁役に徹しているシリル団長が、護衛の任を超えて口を開いたことでさらに大きくなった。
「選定会の決定に誤りがあるとは、誰一人思いもしませんよ。私の母は次席聖女でしたが、それでも十分強力な聖女でしたから、力が強い順に聖女が選定されたはずです。私たちが住んでいたサザランドは王都から離れていましたが、それでも王都から頻繁に母の力を借りたいと、人々が訪れるほどでしたからね」
それは明らかに、王都に住んでいる王太后を始めとした聖女たちの力が劣っていたがために、サザランドくんだりまで人々が訪れたのだと、暗に示した言葉だった。
そのため、どうして聖女を敬っているシリル団長までが、聖女のトップにこれほど皮肉気な態度を取るのかしらとびっくりする。
確かについ先ほど、シリル団長はセルリアンとサヴィス総長が聖女に嫌悪感を抱くことを理解していると言っていたけれど、それにしても普段の団長の態度と異なり過ぎている。
セルリアンもこれまでになく険しい態度を見せていたし、王太后と過去に何かあったのだろうか。
「なぜ国王陛下が私の部下を筆頭聖女の選定会に参加させようとしているのか、私ごときには分かりませんが、フィーアの髪は滅多にないほど赤いでしょう? まるで伝説の大聖女様を彷彿とさせる鮮やかな髪だと、私は常々思っていたのです」
そんなはずはない。
サザランド訪問を別にすると、日々の業務の中で、シリル団長が私の髪に着目したことはないのだから、絶対に口から出まかせに決まっている。
というか、勝手に話が進んでいるけど、そもそも私は聖女でなく騎士(という設定になっているの)だ。
「シリル団長、私は騎士ですよ」
隣に立つシリル団長に小声で囁くと、分かっていると頷かれる。
「承知しています。これは駆け引きの話なのです。あなたには大変申し訳ありませんが、少しだけ話を合わせてもらうことはできますか?」
まあ、サザランドで私が大聖女の生まれ変わりの振りをすることになった時は、心配して悩んでいたのに、同じような状況の今回は、全く悩む様子を見せないわよ。
何てことかしら、清廉なシリル団長が悪だくみに慣れてしまったようだわ!
こうやって人は大人になっていくのねと残念に思っていると、ノックの音がして侍女が一人の女性を案内してきた。
「あっ、すみません。お約束の時間に早く来過ぎてしまったようですね。あの、私は廊下で待っていますから」
私たちを見てぎょっとしたように目を見開いたのは、先日、ペイズ伯爵に頼まれて治療した聖女のエステルだった。








