181 ご褒美晩餐会、もしくはあるべき聖女についての討論会
まあ、総長に褒められたわ、と嬉しくなったけれど、次の瞬間、あれ、私は何の話をしていたのかしら、と首を傾げた。
「ええと……それで、何の話でしたっけ?」
まずいわ。たった今話していたことを忘れてしまった、と思いながら総長に質問すると、総長は怒りもせず、淡々とした声で質問に答えてくれた。
「セルリアンがお前に負担を強いていないかという話だ」
まああ、質問したのは私だけど、一部下である私に対して丁寧に答えてくれるなんて、サヴィス総長は何てお優しいのかしら、と感激する。
けれど、総長が後ろに控えている侍女に合図をして、私に果実水を持ってくるよう言いつけたため顔をしかめた。
前言撤回だわ。私に味のついたお水を渡して、代わりにこの美味しいお酒を取り上げようとしているのであれば、親切とは言えないわね。
くう、私の大事なお酒を取られるかもしれないと考えながら、まだなみなみと入っているワイングラスを握り締めると口を開く。
「そうですね、私は今、セルリアンに弟子入り中ですので、彼に言われた大概のことは、弟子として従わなければいけない状況ですね。ですが、望んで弟子入りしましたので、そのことを負担とは思いません」
そうだった。思い出したけど、元はと言えば、近々、サヴィス総長が結婚されるだろうということで、その祝宴での出し物の練度を上げるために道化師に弟子入りしたのだった。
「何と言いますか、セルリアンに弟子入りしたのも、サヴィス総長をお祝いしたいという気持ちからですので、もしも私が大きな負担を課されたとしても、それはすなわち総長への大きな愛に対する試練と言えるでしょう。ですから、どれだけでも受け止めます、はい」
胸元に手を当て、誓うように口にすると、総長は軽く片手を上げた。
その仕草により、部屋の中にいた侍女たちが一斉に退出していく。
その際、私の悪い予想通り、果実水入りのグラスがテーブルの上に置かれ、代わりにワインの瓶が持っていかれてしまった。
ううう、お酒が取り上げられたということは、今夜はこれでお開きかしら、としょんぼりしながら、グラスに残っていた最後の一杯を大事に飲んでいると、総長が質問してきた。
「オレへの祝いとは、何のことだ?」
「うふうふうふ、総長がたった1人の女性を10年間待ち続けた話ですよ! この国で最高の聖女様とご結婚されると聞きましたので、私はそれに合った最高の出し物を披露しようと、セルリアンに弟子入りしたんです!!」
ああー、言ってしまった。
当日、いきなりすごい芸を見せて驚かせようと思っていたのに言ってしまったわー、と思いながらちらちらと総長を見上げると、どういうわけか用心するかのように目を細められた。
「あ、あれ、喜ばれるかと思ったのに、喜ばれていない?」
どういうことかしら、と大きく首を傾げていると、総長は普段通りの低い声を出した。うん、いい声だ。
「なるほど、お前が自らその結論に至るはずもないだろうから、ファビアン辺りの入れ知恵か。お前の周りには、いいブレインが揃っているな」
「ええと?」
言われている意味が分からずに、今度は反対側に首を傾げる。
すると、サヴィス総長は手に持っていたワインを飲み干し、テーブルの上にグラスを置いた。
「お前がここでの会話を一切覚えていないのであれば、オレも本音で話すが……祝うべきことなど何一つない。利己的で、独善的で、自己顕示欲が強い『聖女』との結婚など、唾棄すべき行為だからな」
「ええっ!? そ、それはまた、総長らしからぬ決めつけた発言ですね! い、いや、聖女というだけで、全員が同じ特質を持っているわけではないし、少なくともシャーロットはいい子ですよ。えっ、というよりも、結婚は好きな人とするべきじゃないんですか? だって、ずっと一緒に暮らすんですから」
総長らしからぬ発言に驚いて言い返したけれど、あっさりと返される。
「オレにとって結婚は義務だ。そもそも必要がなければ、相手が誰であれ一生結婚するつもりはない」
「えっ! だ、だとしたら、義務も大事かもしれませんね。ずっと1人で過ごすより、2人で暮らした方が楽しいように思いますから」
なぜなら私は、ザビリアが側にいてくれるようになってから、毎日が楽しくなったからだ。
その日起こった出来事を話し合って、一緒に笑ったり、怒ったりするだけで、1人でいるより何倍も満たされるのだ。
心からそう思って発言したというのに、総長はあっさりと否定した。
「意見の相違だな。オレは1人でいることに満足している。……ところで、フィーア、オレはお前に聞きたいことがある。以前、お前は『聖女は騎士の盾だ』と言ったが、その意見は変わっていないか?」
総長がなぜそんなことを再び尋ねてきたのかは分からなかったけれど、私は即座に頷く。
300年間経っても、私の意見は変わらなかったのだ。半年程度で変わるはずもない。
「ええ、変わっていません! 聖女は騎士の盾で、いつだって救いを与える存在だと思います」
「……そうか」
そう答えたサヴィス総長は、私の答えに落胆しているように見えた。
そのため、総長は私に聖女を否定してほしかったのかもしれないと思う。
でも、それは無理な話だ。
なぜなら私は、心の底から聖女を素晴らしいと思っているのだから。
「サヴィス総長はきっと、正しい聖女に会ったことがないんでしょうね」
本来の聖女はもっと簡単に騎士たちを守護するし、騎士たちを何倍も強くするのだから、少なくともいつだって公平で公正な総長が嫌悪の対象とするような存在ではないはずだ。
「あるべき姿の聖女と一緒に戦場に出さえすれば、私の言っている意味を分かってもらえると思うんですけど……」
でも、私が一緒に行くわけにもいかないし、どうしたものかしら?
腕を組んで、うーんと考え込んでいると、総長は指でとんとテーブルを叩いた。
「お前が言っているのは、300年前の聖女たちのことだろう。当時は騎士団の中に、『聖女騎士団』というのが組み込まれていたから、彼女たちであればお前の理想通りに騎士を守ったかもしれないからな」
「あっ、その通りです!」
私の言いたかったことを理解してもらったような気持ちになり、勢い込んで同意する。
まあ、総長ったら、300年前の騎士団にも詳しいなんて、本当に物知りよね!
「だが、そのような聖女たちは随分前に失われてしまった。そして、オレには懐古趣味はないし、今いる聖女たちに同じものを期待することもできない」
「……そうかもしれませんね」
精霊がいなくなってしまったため、聖女が使用できる魔力量が少なくなったことに加えて、聖女の形が歪められているせいで、彼女たちは正しい行いが何かを理解していないだろうから。
さらに……
「教会の決まりで魔法の使用を制限されていれば、優れた聖女が生まれにくくなりますよね。剣と同じで、回復魔法も使えば使うだけ上達しますし、使わなければ腕が落ちていくだけですから」
でも、サヴィス総長にはあるべき姿の聖女と戦場に出てほしいなと思う。
1度でいい。きっとその1度で、総長は聖女に対する見方を変えるだろうから。
「いつかサヴィス総長に正しい聖女との出会いがあるといいですね。きっと、意見が変わるのは一瞬ですよ!」
私がそう言うと、サヴィス総長は唇を歪めた。
「……お前は、子どもだな。だからこそ、瞳を輝かせて理想を語れる。叶わないことや、どうにもならないことがあることを知らないのだ」
そう言った総長は、過去にあった出来事を思い出しているかのように遠くを見つめた。
それから、無言になる。
総長が思い浮かべている記憶はセルリアンとコレットのことかもしれないし、シリル団長と彼のお母様のことかもしれないし、はたまた総長自身のことかもしれない。
あるいは、全然別のことかもしれないけれど、いずれにせよ総長が浮かべた表情は、見た者が悲しくなるような苦し気なものだった。
そのため、総長の言葉に言い返してはいけないと思いながらも、どうしても我慢することができずに、テーブルを見つめたまま一言だけ口にした。
「望みが叶わなかったことなんて、もちろんありますよ。でも、諦めずに何度か繰り返していれば、いつかは叶うかもしれません。そう自分に言い聞かせているんです」
総長は返事をしなかったので、私は顔を上げると、総長をまっすぐ見つめる。
酔っているからなのか、かつてこの部屋でともに晩餐を取った時の情景と似ているからなのか、300年前に長い時間を一緒に過ごした最強の騎士の姿がサヴィス総長に重なる。
―――彼もずっと、騎士団の中枢に位置し、その立場に伴う責任を担い続けていた。
私は傍から見ていただけだったけれど、それでも把握できるくらい、その立場は大変なものだった。
ただし、彼にはともに笑い合い、一緒に涙する私がいたけれど、サヴィス総長には誰もいないのだ。
それはとっても寂しく、辛いことに思われたため、図らずも口を開く。
「総長は聖女を否定していますけど、何度も何度も聖女の話をしています。だから、気付いてないだけで、総長にとって聖女はとても大事な存在なんですよ。もしも総長が全てに絶望して、それでも、聖女が総長の拠り所になれるとしたら、私に言ってください。その時は、あるべき姿の聖女をお見せしますから」
しばらくの間、総長は考えるかのように私を見つめていたけれど、確認するかのように尋ねてきた。
「お前が語る理想の聖女を、オレに見せるというのか?」
「はい」
私は総長を見つめたまま、きっぱりと返事をした。
今年一年間、お付き合いいただきありがとうございました。
来年もよろしくお願いしますo(^-^)o








