179 ご褒美晩餐会?1
最近の私は、暇を持て余している。
なぜなら王城の庭に出向き、薔薇に魔力を注ぐだけの簡単なお仕事しか用意されていないからだ。
この1か月は大事な時期だから、間違っても護衛業務の最中に怪我をしないようにと、セルリアンが王族の護衛業務から私を外してしまったのが原因だ。
そうは言っても、私は騎士だというのに、どうして庭師の仕事しかさせてもらえないのかしら。
そう不満に思いながら、唯一与えられた庭仕事をするために、薔薇がある庭に向かっていると、心なしか薔薇園に配置されている騎士たちが緊張しているように見えた。
一体どうしたのかしら、と首を傾げながら薔薇園に踏み込んだところ、そこに佇む騎士を見て、なるほどと騎士たちの緊張の原因を理解する。
なぜならその場に立っていたのは、騎士団のトップであるサヴィス総長その人だったからだ。
「おはようございます、サヴィス総長。朝から薔薇の花の見学ですか?」
速足で近付きながら声を掛けると、サヴィス総長は尋ねるように首を傾げた。
「オレに花を観賞する趣味があるように見えるか?」
もちろん見えない。
けれど、はっきりそう言うわけにもいかず、私はあいまいな微笑を浮かべた。
「趣味が何か分かるほど、総長のことを深くは知りませんので」
「何とも寂しい答えだな。では、オレを知る機会をお前に与えなければいけないな」
にこりともせずにそう言い切った総長を見て、冗談かどうかを判別できずに困惑する。
うーん、難しいわね。ここは『冗談はよしてください』と笑い声を上げるべきかしら。
それとも、『ええ、ぜひたくさん知りたいです』と生真面目な表情で答えるべきかしら。
正解が分からなかったため、間を取って半笑いを浮かべていたところ、総長から眉根を寄せられた。……難しいわね。
「セルリアンはお前に馳走するとの約束だったが、まだ果たしていないらしいな」
総長から尋ねられたので、そう言えばそうだったわねと思いながら答える。
「そうですね。ですが、代わりに王城料理をいただきました」
道化師と聖女の扮装をして街に繰り出した日に、セルリアンは夕食をご馳走すると言ってくれたのだけれど、ペイズ伯爵邸に寄ったことで、予定が狂ってしまったのだ。
ただし、その後、王城内にあるロイドの部屋で食事をいただいたのだから、代わりになったといえばなったのだ。
私はそれで満足していたのだけれど、サヴィス総長は私の答えが気に入らなかったようで、片方の眉を上げた。
「お前が毎日食している食堂の料理も、王城料理だろう。何も目新しいものはあるまい」
ううーん、『王城で提供している料理』という意味ではそうかもしれないけれど、この場合はそうじゃないのだ。
「いえ、騎士団専用食堂の食事は肉、肉、肉と、肉ばかりが提供され、質より量なのです! 色々な料理がちょっとずつ供される繊細な料理とは違います! ……つまり、ナイフとフォークが1本ずつしかいらない食事と、指の数よりもたくさんのカトラリーを使う料理は違うのです!」
実際には、ロイドの部屋で食事をした際も、1本のフォークしか使用していないのだけれど、別に正確さを期す必要はないだろうと、細かいことにはこだわらないことにする。
つまり、ロイドから提供されたのは、そういう雰囲気の繊細な料理だったと、私は言いたいのだ。
勢いを付けるため、握りこぶしを作って力説したのがよかったのか、総長は納得した様子で頷いた。
「そうか、では、多くのカトラリーを使用する王城料理をもう1度、お前に提供しよう。今晩6時に晩餐の間に来い」
「へっ?」
突然、思ってもみないことを言われたため、ぽかりと口を開ける。
晩餐の間、というと王族たちが夕食を食べる煌びやかな部屋のことだろうか。
そんな正式な場所での食事にお招きされた?
しかも、騎士団トップであるサヴィス総長から?
「国王は外出予定だから、同席するのはオレしかいない。お前のマナーがなっていなくとも、見逃すから安心しろ」
まあ、元王女を捕まえて、何てことを言うのかしら。
畏れ多いので、晩餐の誘いはお断りをしようと思っていたところ、茶々を入れられたため、思わず言い返してしまう。
「ほほほ、これでも姉から厳しく躾けられましたので、私のマナーに問題はありません」
「それは頼もしいな。そうであれば、オレのマナーにおかしな点があったら指摘してくれ。では、夜に。それから、業務ではないから騎士服は着替えてこい」
あっ、しまった。断り損ねてしまった、と思った時には、サヴィス総長は踵を返してしまっていた。
そのため、私は騎士の礼を取って見送る。
「了解しました!」
しばらくして、総長が見えなくなると、私は姿勢を崩して首を傾げた。
「私を夕食に誘うためだけに、総長は薔薇園に来たのかしら?」
そして、それはセルリアンの不義理を償うため?
確かに、元々、セルリアンに食事を奢るように言っていたのはサヴィス総長だったから、セルリアンが約束通りの食事を提供していないと思って、代わりを務めようとしているのかもしれないけど……総長はものすごく忙しいから、こんな些末事にまで気を遣うものかしら。
「怪しいわね。でも、総長が何かを企む時は、シリル団長も同席しているような気がするから、今回は純粋に、セルリアンの弟として対応しようとしているだけなのかしら……うーん、悪い企みをしていたら、見て分かるような仕組みはないものかしら」
と、しばらく考えていた私だけど……
「あっ、しまった!」
はっと我に返った時には、いつもの癖で薔薇に魔力を注いでいた。
「『大聖女の薔薇』に魔力を流している時に、私が何を考えているかによって、花びらに付く効果の内容が変わってくるというのに! ……ど、どうしよう。これは、『悪いことを考えたら踊り出す花びら』ができてしまった気がするわ」
こんなものをコレットに飲ませたら、間違いなくセルリアンに怒られる。
そう思った私は、その後は真面目に、『眠りの状態異常を解除しますように』と考えながら、魔力を流し続けたのだった。
そして、夕方。
私は手持ちの中で1番いい服を着ると、王城に向かった。
さすが王族が使用するスペースだけあって、奥に進むにつれ、目に入る物全てがどんどん煌びやかになっていく。
磨き上げられた床の上に敷かれた絨毯は踏むのがもったいないくらいだし、廊下に並んでいる柱は大きくてぴかぴかの石を使ってある。
そして、均等に置かれた飾り台の上に並べられている壺だとか、飾り箱だとかは、古い物に見えるので、きっと昔のすごい品なのだろう。
私はそれらをきょろきょろと見回しながら、失敗したわと心の中で繰り返した。
……あああ、見れば見るほどどこもかしこも豪華じゃないの。
それはそうよね。サヴィス総長は王弟で、私はその王弟殿下から王族が使用する晩餐室に誘われたのだから。
つまり、王城の料理人が王族のために作る、最高の料理を食べる機会を与えられたのだ!
こんなすごい機会は二度とないだろうから、私は食べたい物をリクエストすべきだった。
「『お肉とケーキ』! この一言を言い損ねるなんて、何たる不覚かしら」
王城の料理人の手によるお肉とケーキは、格別美味しいに違いない。
それなのに、この2つがメニューとして並ばず、食べ損なったとしたら、私はものすごく後悔するだろう。
「あああ、お願いよ。私に後悔をさせないためにも、どうかお肉とケーキが出てちょうだい!」
私は晩餐室の前に到着すると、扉の前でそう祈ったのだった。








