164 聖女デビュー2
傾けた私の手の中からは、きらきらと緑色に輝く水が零れていった。
そのため、その光景を見た子どもたちが驚いた声を上げる。
「えっ、お水が緑色になった!」
「魔法よ! 葉っぱと同じ色になったわ!」
大人たちも、楽しそうに笑みを浮かべる。
「へー、よくできているわね」
「さすが可愛らしい道化師と、可愛らしい聖女様だ」
けれど、残念なことに次の瞬間、それらの笑みは全て引っ込んでしまった。
なぜなら零れた水が少年の両膝を濡らした途端、そこにあった擦り傷が跡形もなく消えてなくなったからだ。
「……はっ?」
「え?」
「ええええっ!?」
驚愕する大人たちに囲まれる中、怪我が治った少年は呆然とした様子で両膝に手をやった。
そして、ひとしきり膝を撫で回した後、何が起こったのか理解できていない様子で、私を見上げてきた。
「聖女様、怪我が治りました……」
目をまん丸にして、事実をそのまま報告してくる少年に、私はにこりと微笑みかける。
「まあ、よかったわ! いつもは失敗するのだけど、今日は上手くいったようね」
少年が笑い返してくれることを期待して、見習い聖女の役割を演じてみたけれど、彼は目を丸くしたまま私を見上げるばかりだった。
そのため、では代わりにと、周りに集まった人々に笑いかけたけれど、こちらも驚いた表情を浮かべるばかりで、誰一人笑い返してくれることも、軽口を叩いてくれることもなかった。
あ、あれ? 傷を治すまでは楽しそうにしていたのに、どういうわけか笑顔が消えてしまったわ。
私のパフォーマンスはイマイチだったのかしら。
だとしたら、私には何が悪かったのか分からないから、師匠に頼るしかないわね、とセルリアンを振り返ると、自分の役割に従って口を開く。
「さすが、相棒の聖獣ちゃんね☆ おかげで、素晴らしい『聖水』ができたわよ!」
咄嗟に『回復薬』のことを『聖水』と口にしたけれど、声に出した途端、私は天才じゃないかしらと思う。
いいことを考えたわ! この水は『回復薬』ではなく、『聖水』と言い張ることにしよう。
そうすれば、何が起こっても『聖水だから』で片付けられる気がするもの。
自分の閃きににこにこしながら、セルリアンに視線を移したけれど、彼は目と口を大きく開いたまま硬直していて、返事ができる状態には見えなかった。
……うーん、セルリアンはちょこちょこと、自分の役どころを忘れるわよね。
ここは、自分が水に与えた効果が上手く効いた、と得意気な表情を浮かべる場面じゃないかしら。
よくこれで、今まで道化師としてやってこられたわね。
そう考えながら、私は合わせた両手を高く掲げると、考えるかのように首を傾げた。
……こうなったら仕方がない。
見物人から笑顔が消えてしまったため、私のパフォーマンスに不備があるのかもしれないけれど、セルリアンはアドバイスできる状態じゃないみたいだから、私が思うままにやり切るしかないわ!
「あれー、聖水が余っちゃったわ! これはどうすればいいかしら?」
私はそう口にすると、集まってきた人々に顔を向ける。
「こんにちはー、聖女です! 何かお困りごとはありませんか?」
すると、人々ははっとしたように目を瞬かせた。
けれど、どうやら慎み深い人々のようで、期待した表情を浮かべながらも、怪我や病気を申し出てくる人は一人もいなかった。
そのため、私はぐるりと全員を見回す。
眠そうな人とか、疲れている人とかは見たら分かるように、怪我をしている人や病気の人も見たら分かるのよね、……たとえ服で隠していたり、平気な振りをしていたりしたとしてもね、と考えながら。
けれど、広場に集まるくらいの元気がある者たちだったためか、重篤な病気や怪我をしている者は一人も見当たらなかった。
まあ、みんな健康だなんて、とってもいいことだわ!
「よかった! みんな、健康みたい。だったら、全員に聖水をおすそ分けするわね!」
そう言うと、私は空に向かって大きく両手を振り上げる。
すると、私の手の中にあった、とっておきの回復薬がきらきらと輝きながら飛び散り、人々の上に降り注いでいった。
私の突然の行動に、誰もがびっくりした様子を見せたけれど、すぐに我に返ると、少しでも水滴を拾おうと手を伸ばす。
そんな彼らの上に、緑色の回復薬は平等に、少しずつ降り注いでいった。
そのため、皆の体に回復薬がかかったのだけれど、人々はその水を手に取ると、それぞれ不調だと思う体の部位に自ら塗り込んでいった。
元気だと言っても、誰だって大なり小なり体に不調があるはずだ。
それは腰が痛かったり、足がしびれていたりと様々だろうけれど、いつの間にか不調の状態が当たり前になっていて、その状態で何とか過ごしていくものだ。
けれど、もしもそれらの不調が消えてなくなったら、すごく快適に過ごせるだろう。
「ふふふふー、ユニコーンちゃんに作ってもらった、とっておきの聖水をみんなに分けてあげたわ! これで、みんなはものすごーく元気になったわよー☆」
そう言うと、私は皆に向かって笑みを浮かべた。
私が作った回復薬は即効性だから、すぐに効き目が表れるはずだ。
だから、誰もが笑顔になって、それにてパフォーマンスが終了することを期待しての行動だったけれど……
「は?」
「なっ!」
「う、嘘だろう!?」
皆は次々に驚きの声を上げたものの、その中に笑みを浮かべている人は一人もいなかった。
それどころか、誰もが自分の体をさすりながら、険しい表情を浮かべている。
そして、その表情のまま、回復した体調について、競うように言い合いを始めた。
「ど……どういうことだ? オレはずっと指が2本動かなかったんだ! それなのに、自由に動くぞ!?」
「オレだって、ずっと片足が痺れていたのに、叩いたら痛みがある! 痛覚が戻るなんて、あり得るか!?」
「私もずっと……」
そして、回復した体調についての言い合いが いち段落した途端、今度は回復薬の話を始める。
「と、ところで、あの水は何だったんだ? 回復薬ならば透明のはずだよな!?」
「ああ、そう聞いている。しかも、回復薬は口から飲むものだし、回復時に激痛を伴うと聞くぞ。高価過ぎて使ったことはないから、真実かどうかは分からないが」
「そうだ、回復薬は高価だから、こんなに簡単に作れるはずも、使えるはずもない! 第一、あの聖女様が材料にしたのは、そこらに生えていた草と噴水の水だよな? そんなどこにでもあるもので、回復薬はできないだろ!?」
わいわいと皆で疑問をぶつけ合っていたけれど、残念ながら、誰一人答えを導き出せる者はいなかった。
にもかかわらず、人々は疑問を吐き出したことで、すっきりした様子を見せ始める。
そして、時間の経過とともに、体調の改善が実感として響いてきたようで、いつしか人々に笑顔が浮かび始めた。
「ははっ、何にしてもすげーよな! 動かなかった指が動くようになったんだから!」
「聖女様と道化師が仕掛けたトリックのおかげだろうから、この状態が長く続くとは思えねーが、一時的にしてもすっげー快適だな!!」
「あああ、まっすぐ歩けるって気持ちいー」
どんどんと騒めきが大きくなる様子を見て、ドリーが慌てて声を掛けてくる。
「ちょっと、フィーア、大変な騒ぎになったわよ! 一体、どうするつもり?」
そんなドリーに対して、私は立派な弟子として胸を張った。
「ふっふっふ、少し騒がしくはあるけれど、皆さん笑顔になってきたわよね! だから、私は正しくなんちゃって聖女を務められたんじゃないかしら?」
すると、ドリーは詰まった声を出した。
「うっ、た、確かに元々はそういう話だったけど、でも、フィーアはやり過ぎよ! それに、そもそもあんたが披露した聖女様は、あたしとセルリアンが想定していた姿と全く違うのよ! これじゃあ本当に、夢と理想が詰まった完璧なる聖女様じゃないの!! ああ、もう、どうやって収拾をつければいいのよ」
動揺した様子を見せるドリーに向かって、私はこてりと首を傾げる。
「道化師の目的は皆を笑顔にすることよね? 誰もが笑顔になって、目的が達成できたのだから、幕を引けばいいだけじゃないの?」
「フィーアったら、簡単に言ってくれるけどね……」
ドリーはさらに言い募ろうとしたけれど、私はその手を握ると、すたすたと前に進み出た。
案ずるより産むが易し、との言葉があるように、行動してみれば何とかなるのよねと思いながら。
私は観客を意識して、普段より大きめの声を出す。
「まあ、ツァーツィーちゃん! 驚くほど効果のある聖水ができたと驚いていたけれど、全ての怪我や病を治すツァーツィーちゃんが、力を貸してくれていたのね!!」
私の声を聞いた人々は、はっとした様子で話を止めると、一言も聞き漏らすまいとするかのように、熱心に耳をそばだててきた。
その様子を見て、パフォーマンスを始める前と今では皆の真剣さが全然違うから、これはやっぱり、私たちの演技に魅了されたってことじゃないかしらと考える。
一方、皆に注目されたことに気付いたドリーは、一瞬にしてよそ行きの表情を浮かべた。
「ふふふん、当然だわ! 何たってあたしは、世界で最も美しい『幻の鳥』だもの! 滅多にない癒しの力くらい持っているわよ」
そう言いながら、私に流し目を送ってくる。
その板についた姿を見た私は、まあ、ドリーの方がセルリアンよりも道化師に向いているんじゃないかしらと考えた。
そのため、私はドリーに向かってにこやかに頷くと、今度は空いている方の手でセルリアンの手を握る。
「だったら、ユニコーンちゃんも力を貸してくれたことだし、この聖水は普段よりも長時間効くのかしら?」
その言葉とともにセルリアンの顔を覗き込むと、彼は考え込むような表情を浮かべた。
「それは皆の心根次第だよ。僕は聖獣だから、心が綺麗な人に惹かれるんだ。優しくて、親切な人が相手ならば、与えた効果を長引かせようと思うかもしれないな」
「なーるーほーどー! 優しい人には、優しい効果がながーく続くってことね! うふふふー、分かったわ。私もできるだけ皆に優しくするわね!」
そう言うと、私は集まった人々をぐるりと見回す。
それから、セルリアン、ドリーとつないだ手を高く持ち上げた。
「皆さん、聖水の効果は優しい人に長く効くので、周りの人に優しくしてくださいねー! それでは、ここまでお付き合いいただきありがとうございました! 今日は、聖獣ユニコーンちゃんと、幻の鳥ツァーツィーちゃん、それから、聖女の3人でお送りしましたー。機会があったら、再びお会いしましょう。またねー☆」
そう終了の挨拶をすると、私たちは手を繋いだまま、3人で大きく礼をする。
すると、一瞬の静寂の後、辺り一帯に割れんばかりの大きな拍手が鳴り響いた。
顔を上げると、誰もが興奮した様子で手を叩いている。
「すっげーよ! こんな見世物、初めて見た!!」
「ああ、今まで見た中でさいこーだったな!!」
そして、そんな称賛の声を掛けてくれた。
嬉しくなって手を振ると、子どもたちだけでなく、その場にいる全員が大きく手を振り返してくれる。
「聖女様ー、ありがとー!!」
「聖女様ー、あんた本物だったよー! 指が動くようになるなんて、マジで奇跡だよ!! いい人でいるから、できるだけ効果を長引かせてくれよな!!」
「聖女様ー、また来てねー!!」
そして、誰もが大声でお礼を言ってくれたのだけど、そんな彼らの全員が笑顔だった。
そのため、私はもちろんのこと、ドリーとセルリアンまでもが笑顔になる。
「さよーならー!!」
「……またくるわね」
「ああ、……またいつか」
私たち3人は大きく手を振り返すと、皆の笑顔と拍手に包まれながら、広場から退場していった。
そんな風に、誰もが笑顔のまま、私の聖女デビューはつつがなく終了したのだった。
……うふふ、大成功じゃないかしら?
いつも読んでいただきありがとうございます!
ノベル7巻に店舗特典SSを付けてもらえると思うのですが、詳細を把握していないので、分かり次第活動報告に載せておきますね。よろしくお願いします。








