【挿話】第3回騎士団長会議8
「いやー、300年振りに魔人が現れたなんて、信じられない話だったな! そして、今日の議題は総じて酷いな! 黒竜、大聖女の薔薇、魔人と続くなんて、どれだけ異常事態だよ! だが、これ以上に酷い議題があるはずもないから、やっとオレも落ち着いてシリルの話が聞けるな」
椅子に深く腰を掛け直したデズモンドが、指を折りながら安心したような笑顔を見せた。
「さあ、シリル、最後は騎士団長の給金を上げるといった、楽しい話題にしてくれ!」
『最後の議題もフィーア関連である』とのシリルの発言を、デズモンドが忘れているはずもないのだが、彼はフィーアの名前に食傷気味のようだった。
そのため、そんなはずはないと分かっていながらも、あえてフィーアからずれた話題を要求する。
そのことを理解しているシリルは、手元の資料をぱらりとめくると、「そうですね」と小さく呟いた。
「それでは、最後の議題に入る前に、関連事案の報告をいたします」
「……関連事案?」
シリルが何でもないことのように情報を補足してくる時は、いつだって何かがあることを理解しているデズモンドが、用心深そうな表情を浮かべる。
すると、シリルは澄ました表情で口を開いた。
「ええ、先日からこちら、毎年恒例の第一騎士団の面談が行われました」
「ああ、例のやつか。第一騎士団の新規配属者に対してCが行う、高尚な遊びだな」
デズモンドは理解した様子で頷いた。
国王の正体が年若い道化師のセルリアンであることは、王国内でも20名程度の者たちの間の秘密だ。
そして、王都勤務の騎士団長たちは、その数少ない20名に含まれていた。
つまり、シリルのほか、デズモンド、イーノック、クェンティン、クラリッサ、ザカリー、カーティスにとって既知の情報だった。
そのため、彼らの間でセルリアン(Cerulean)の話をする時は、その名前の頭文字から取った、Cという呼び名が使用されていた。
これは、第三者に会話を聞かれた時のための安全対策として行われているのだが、秘匿名を使用することで、王の話をしているにもかかわらず、少々言葉遣いが乱れることはお約束だった。
クェンティンが興味を引かれたように質問する。
「オレより何倍も魔物に詳しいフィーア様は、ベテラン騎士の様相を呈しているが、信じられないことに今年配属の新人騎士だ。ということは、Cとの面談を受けたはずだ。個人の面談内容を尋ねることはマナー違反だろうが、教えてくれ。一体どんな様子だったんだ?」
シリルはちらりとクェンティンを見やると、再び書類に目を落とした。
その態度を見て、全員が嫌な予感を覚える。
なぜならシリルは物凄く記憶力がいい。
今日だって資料を持ち込んではいるが、その全てが頭の中に入っていることは明白だ。
だからこそ、この資料をめくる動作は、ただのポーズに過ぎない。
そして、シリルがそのような動作を行う目的は、衝撃的な内容を口にする時のクッションとして、一拍の時間を取るためだろう。
騎士団長たちが口を噤む中、シリルから発せられたのは、クェンティンに対する直接的な回答ではなかった。
「今回、Cとの面談対象となったのは、20名の騎士です。例年通り、Cと2名の道化師、国王陛下(の影武者)、王の側近、警護の騎士たちが揃う中で面談は行われました」
そして、シリルが物事を周辺事情から丁寧に説明する時は、多くの場合において、問題が発生した時だった。
そのことが分かっていながら、デズモンドは敢えて明るい声を上げた。
なぜなら国王面談で、大きな問題が起こるとは考えられなかったからだ。
「ああ、集団での圧迫面談か! これから王族の警護をするにあたって、騎士たちに緊迫した雰囲気を味わわせるためかもしれないが、あれだけのメンバーに囲まれたら、びびって碌な受け答えもできないこと請け合いだな」
顔をしかめて発言するデズモンドを見て、シリルが片方の眉を上げる。
「我が第一騎士団配属の騎士は、10年以上の勤務経験がある優秀な者に限られています。そのため、一通りの経験を積んでおり、少々のことでは動じないと考えていますがね。……ただし、今年に限っては、特例として新人騎士が2名配属されましたから、その者たちを心配しているのですか?」
シリルの質問を、デズモンドが鼻で笑う。
「んなわけないだろう! その2名ってのは、フィーアとファビアンだろう? 心配するはずもない。クェンティンが期待したような活躍する場面はなかっただろうが、緊張して口もきけないということも、あの2人に限ってはなかったはずだ」
「そうですか。しかし、あなたは心配するべきでしたね。残念ながら、心配する相手は面談の主催者側ですが」
シリルは書類に視線を落とすと、指でその1枚をぱちんと弾いた。
「は?」
反射的に聞き返したものの、学習能力が高いデズモンドはすぐに唇を引き結び、それ以上尋ねなかった。
シリルの態度から、間違いなく聞きたくない答えしか返ってこないことが予想できたからだ。
しかし、質問されないからといって、報告を止めるシリルではもちろんなかった。
「20名の面談のうち、19名までは例年通りでした。国王に続き、Cを含む道化師3名が騎士たちに質問をし、それに対して騎士たちが回答を返しました。それから、Cとともにカードゲームをして勝利し、解放されています」
デズモンドは顔をしかめた。
「あれは面談の名を借りた、歪んだ遊びだよな。Cはもちろん有能だから、騎士たちの面談態度を見て、今後の騎士の配置を考えているのだろうが、一方では、絶対に騎士たちをおちょくって遊んでいるよな」
シリルはデズモンドの発言に返事をすることなく、説明を続けた。
「ちなみに私は、それらの面談の全てに同席しています。そして、20人目の面談には、サヴィス総長にも同席いただきました」
「……へえ、それで、その20人目の面談相手がフィーアだとか言い出すんだろう。はは、は……」
事ここに至って、デズモンドはフィーアが何か大きな失敗をやらかしたのではないかと思い至った。
今までは、たまたま上手い偶然が続いていたが、そろそろ悪運が舞い込む頃だろう、と。
「その通りですね。彼女は霊峰黒嶽に出張していましたので、1人だけ面談時期が遅れたのです」
「…………」
20人目であるフィーアを、その前の19人と分けて説明していることに、嫌な予感を覚えたデズモンドは口を噤む。
しかし、直ぐに閃くことがあったため、大きな声を上げた。
「あっ、分かったぞ! フィーアはカードゲームで負けたんじゃないのか!? あいつはゲームのルールを理解できなかったかもしれないぞ」
「まさか、フィー様がそのような失態をおかすはずもない!」
自信満々に否定するカーティス。
しかし、シリルはデズモンドの意見に賛同するような発言をした。
「そうですね、フィーアはカードゲームのルールを理解していないのではないか、と私も思いました。なぜならあのゲームは、面談者がキングカードを最後に出して勝つように仕組まれているのに、フィーアが最後に残したカードはジョーカーでしたから」
「えっ、それは……」
何事かを言いかけたデズモンドだったが、そんなはずないと途中で言い差す。
そのため、シリルがその言葉を引き取った。
「ええ、あれは実に質の悪いゲームなのです。最後にCを叩きのめした上で勝利する、一本の細い道が用意されているのですから。ですが、Cの手札を前もって知らなければ、その細い道を通ろうとは考えもしませんから、誰だってキングカードを最後に出して勝つ太い道を選びます。人は誰だって、絶対に勝利できる道が用意されていれば、それ以外の道を考えもしないものです」
「その通りだな。それに、いつものことだが、Cは面談者を焚き付けたんだろう? おかしな口調で馬鹿にして怒らせておいて、相手がCに敵愾心を燃やすように仕向けたはずだ。だからこそ、いつだって騎士たちは皆、ムキになって、道化師ごときに勝とうとしてくるんだからな」
デズモンドが納得した様子で頷いたが、シリルはあっさりと否定した。
「いえ、Cのその作戦は失敗しました。フィーアが怒ることはありませんでした」
そのため、デズモンドは意外そうに聞き返す。
「あ、そうなのか? 確かに、フィーアは案外懐が深いというか、滅多なことでは怒らないよな」
そこは感心なところだな、と呟くデズモンドに対し、「違います」と再度シリルが否定する。
「そうではなくて、フィーアはCの口調がナーヴ語の元になったルーア語の使用法を真似たものだ、と見抜いたのです」
「へ?」
ぽかんとした様子でデズモンドが口を開けた。
なぜなら彼は、心の底から驚いたからだ。
デズモンドはかつて、魔人に関する書物を紐解いた時に、どうしてもルーア語の知識が必要になって、少しばかりあの言語を学習したことがあった。
しかし、ルーア語は難しく、とても初心者に分かるようなものではなかった。
それなのに、フィーアはルーア語の使用法を理解しているだと?
シリルは続ける。
「その上で、フィーアは完璧にルーア語のアクセントを真似たナーヴ語を披露しました。それから、『元のルーア語を知る人にとっては、とても美しく響きます』と挑発し、さらに、『物凄く有能ですこと』とCが1番嫌がる言葉を発することで、完璧にやり込めたのです。怒り心頭になったのは、フィーアでなくCの方です」
「……怖っ!」
セルリアンの屈辱に満ちた表情がまざまざと想像され、デズモンドは自身を抱きしめるようにして縮こまった。
一方、そのような想像力を働かせなかったザカリーは、純粋に興奮した。
「マジか! あいつ、完膚なきまでにCを叩きのめしているじゃないか!!」
さらに、フィーアの国王面談に興味があったクェンティンは、感服した声を上げた。
「これはまた、……予想以上にフィーア様は凄いな!」
そして、誇らし気に答えたのは、やはりカーティスだった。
「フィー様であれば当然だ!」
シリルは皆の発言を聞きながら、そんな風に楽しんでいられるのは今だけですよ、と思ったものの、口には出さずに説明を続ける。
「ですから、カードゲームに臨んだフィーアは冷静だったはずです。冷静にゲームを進め、勝利宣言をしながら最後の一枚を出してきたCのキングカードを、ジョーカーで切り捨てました」
何とはなしに小気味よさを感じた騎士団長たちは、フィーアに味方する。
「マジか!」
「ははは、フィーアはすげえな! そんな奴、これまでいなかっただろう!!」
「さすがに狙ってやったわけではないだろうがな!!」
興奮気味の騎士団長たちに対して、シリルは冷静な声を出した。
「その際、フィーアは捨て台詞を吐きました。『なるほど、国王を上回るのは道化師だけですね!』―――と」
その瞬間、ぴたりと騎士団長たちの動きが止まる。
「…………」
「…………え?」
「…………は」
なぜそんなセリフが出てくるんだ。まさかフィーアは、セルリアンが王だと見抜いたわけじゃあないよな!?
全員が声に出せない言葉を心の中で叫んでいると、シリルの容赦ない声が響いた。
「それから、フィーアはCに……、ああ、もういいですね。セルリアンに対して、確信を持って呼びかけました。『国王陛下』と」
「ひっ!」
「嘘だろ!?」
「シ、シリル、もういい……」
人知を超えたと思われるような有能さを見せつけられると、人は恐怖を覚えるようだ。
そのため、一斉に青ざめた騎士団長たちが、勘弁してくれとばかりにシリルに制止を呼びかけたが、筆頭騎士団長が止まることはなかった。
なぜならシリルは、実際にその場に居合わせるという、酷い体験をしたのだ。
一方、彼以外の騎士団長たちは、話を聞くだけで済むのだから、これくらい付き合ってもらおうと、シリルは考えた。
「ですが、セルリアンも諦めが悪く、『王はきらきらの椅子の上でふんぞり返っていたローレンスのはずだろう』とのたまうものですから、フィーアはセルリアンを王だと考えた理由を説明し始めました」
「勘だ! あいつの恐ろしい野生の勘で見抜いたのだろう!!」
やけくそのようにデズモンドは叫んだけれど、シリルはそうでないと首を横に振った。
「フィーアはまず、セルリアン(Cerulean)の名前はローレンス(Laurence)のアナグラムであることを言い当てました」
「ひっ!」
デズモンドが引きつった声を上げる。
「それから、セルリアンの道化師の衣装が、300年前の国旗と聖獣を模していることを言い当てました」
「それもか!?」
ザカリーが驚愕した様子で目を見開く。
「さらに、セルリアンの左腕に呪いがかけられていることを言い当てたのです」
セルリアンの腕の呪いが精霊王によるものであることは、騎士団長たちにも秘された事柄であった。
そのため、シリルはその部分を割愛する。
しかし、内容を一部割愛されたにもかかわらず、騎士団長たちにとっては十分衝撃的な内容だったため、誰もが青ざめた顔で黙り込んだ。
そんな中、シリルが重々しく結論を口にする。
「それらの真実を総合的に勘案した結果、フィーアはセルリアンが王であると結論付けました。……ということですので、フィーアにはセルリアンの正体がオープンになったことを共有いたします」
「…………」
「…………」
「……そ、そんなことがあり得るか?」
勇気をもって発言したデズモンドの言葉を、シリルがあっさりと肯定する。
「ええ、あり得ました。あなたにも見せてあげたかったですよ。私がどれほど驚愕したかを。あるいはサヴィス総長が、もしくはセルリアンが吃驚して言葉を失った場面を」
「い……、いや、遠慮しておく!」
そして、同じようにあっさりとデズモンドが退いた。
会議室にしんとした沈黙が落ちる。
なぜなら誰もが、心の中で同じ問いを考えていたからだ。
『フィーアは一体、何者なのだ』―――と。
本日の会議において、最初から最後までフィーアに憔悴させられっぱなしの騎士団長たちが、答えの出ない問題に頭を悩まされていると、シリルがさり気ない様子で口を開いた。
「それでは、最後の議題に移りますが、……その前に1つ訂正します。私は本会議の初めに、最後の議題もフィーアに関することだと述べましたが、それは今説明を行った国王面談についてのみになります。本題は、……少しはフィーアもかかわってきますが、主題はサヴィス総長に関することです」
「あ、そうなのか?」
デズモンドはぱっと顔を輝かせた。
「よかった! これ以上フィーアの話が出たら、オレはあいつが苦手になるところだった」
ザカリーもデズモンドに同意する。
「総長の話ならば常識的な内容だろうから、オレらがこれ以上疲弊することはねぇな」
助かった、と騎士団長たちが安堵の表情を浮かべていたところ、シリルが思ってもみないことを言い出した。
「ところで、セルリアンはあのご様子ですので、ご結婚のことなど夢にも考えておられません」
最後の議題はサヴィス総長の話ではなかったのかと思いながらも、デズモンドとザカリーが相槌を打つ。
「まあ、今現在は完全なる子どもだからな」
「たとえ本人が結婚を望んでも、悪戯ばかりしている道化師に、誰も嫁入りしたいとは思わねぇだろ」
しかし、シリルはそれでは駄目なのだとばかりに首を横に振った。
「王族にとって1番大事な役割は、次代を残すことです。そのため、セルリアンがその役割を果たさないのであれば、別の者がその役割を担わなければなりません」
「え?」
「は?」
「それは……」
騎士団長たちは弾かれたように声を上げたが、誰一人として確信的な言葉を口にすることはできなかった。
そのため、沈黙が広がる中、シリルがその役を担った。
「近々、サヴィス総長のご婚約者として、筆頭聖女様をお迎えする予定です」









