【挿話】第3回騎士団長会議2
「ちょっと待って! たくさんの議題が控えているから時間がないのは分かるけど、次の議題に行く前に、一つ一つをきちんと完結させてちょうだい。フィーアちゃんの従魔が本当に黒竜なら、物凄いことだわ。今日の議題はこれ一つだけでもお腹いっぱいくらいの……いや、そんなものじゃないわね。え、というか、黒竜は王国の守護聖獣だから、従えさせることは王家の悲願だったんじゃないの?」
クラリッサは何かに気付いたとばかりに、円卓の中央に視線をやった。
それを契機に、その場にいる騎士団長たちが全員、同じ人物に―――王国の第一位王位継承者であるサヴィス騎士団総長に視線を移す。
すると、サヴィスは珍しく考えがまとまらない様子で、円卓をとんと指で叩いた。
「本日の会議を開催するにあたって、事前にシリルから簡易な内容説明を受けている。が、黒竜の件はオレも信じ切れていない状態だ。フィーアが問題なのではなく、相手が黒竜であることが問題なのだ。実際に黒竜を目にしたことはないが、巨大で強大な存在であることは間違いない。加えて、千年以上生きた魔物で、老獪で用心深い性質を持っている。果たしてそのような魔物が、人に従うだろうかと」
サヴィスの発言を受けた騎士団長たちは、我が意を得たりとばかりにざわつき始めた。
「そうなんだよな! そこらの魔物ならまだしも、黒竜は格が違いすぎる! しかも、フィーアは体格が貧弱だし、騎士として決して強くないだろう? 性格も単純で、場当たり的で、とても千年生きた黒竜に渡り合えるとは思えない。一体何が優れていて、フィーアは黒竜を従えたんだ!?」
既に黒竜の秘密を共有していた者たちの一人であるデズモンドであったが、つられたように疑問の声を上げた。
既知の騎士団長たちの証言を受け、一度は納得していた話であったが、改めて考えるとやはり腑に落ちない点があるらしい。
サヴィスの発言に加え、先ほどのイーノックの素直な発言を受け、デズモンドの口も緩くなっているようで、久しく発していなかったフィーアへの本音をぽろりと零す。
そんな友人を冷ややかに見つめながら、シリルが説明を続けた。
「黒竜がフィーアの従魔であることを証する最も強い材料は、クェンティン、ザカリー、そして、霊峰黒嶽に同行したカーティス、この3人が自ら確認したという証言です。次の材料は、フィーアの周りを飛び回っている手のひらサイズの黒い翼持ちが、黒竜でないかと考えられることです。その他は、……黒竜の角など幾つかありますが、材料としては弱いと言わざるを得ません」
「え、カーティス、お前も目撃したのか?」
初出の情報に、デズモンドが驚いた声を上げる。
「そういえば、お前はフィーアとともに、ガザード辺境伯領を訪問したんだったな。そうか、フィーアが黒竜と再会して、連れて帰る場面を目にしたのか。だが、フィーアは本当に黒竜を従えていたのか? そもそも黒竜は、フィーアの何に惹き付けられているように見えた?」
カーティスは馬鹿にしたようにデズモンドを見やった。
その視線に不穏なものを感じ、デズモンドがたじろぐ。
「な、何だよ!」
しかし、カーティスは動揺した様子のデズモンドを無視すると、やはり馬鹿にした様子で口を開いた。
「驚くほど理解力の悪い奴だな! フィー様のご存在からしたら、黒竜であろうとも、どのような魔物であろうとも、従えるのは朝駆けの駄賃だ。しかも、昨日、今日、出会ったわけでもあるまいに、未だフィー様の素晴らしさを理解できていないとは正気か? 理解の悪いお前に一から教えてやってもいいが、全てを説明し終わるには300年かかるぞ」
「「「…………」」」
騎士団長の全員が、押し黙った。
……そうだった。
カーティスは良識派の至極まともな騎士団長だったが、サザランドから戻って以降、クェンティン以上におかしくなったのだった。
昔は優しそうな文官タイプだったのに、いつの間にこうなってしまったのだろう。
よく見れば、ひょろりとしていた体格も、ずいぶん肉が付いているじゃないか。
ゆったりとしたサザランドの地で、空いた時間に体作りでもしていたのだろうか。
もしかしたらその延長で、脳まで筋肉が詰まったのかもしれない。
……こうなってしまっては、もう手遅れだ。少なくとも、自分にはカーティスを改変させられない。
手に余る案件であることを理解した騎士団長たちは、カーティスにとって無害な存在であるべく、素直に彼の意見に同意する。
「……お前の言う通りだな。フィーアが黒竜を従えるのは朝飯前のことだった。そして、それもこれもフィーア本人の優れた資質があってこその話だな」
フィーアの凄さを理解できてはいないため、全く内容のない発言をするデズモンド。
一方、クラリッサはザカリーに話を振った。
彼女の目から見て、クェンティンとカーティスはフィーアに傾倒し過ぎている。
そのため、実際には小さなものをより大きく見ている恐れがあり、証言者としては信用ならないと考えたからだ。
「ザカリー、私たちが信じ切れないのは、常識的にあり得ない話だからだと思うのよ。騎士団長が全員でかかっても勝てないだろう魔物を、フィーアちゃんが平伏させたなんて、どんなミラクルかしら。それとも、黒竜は深く恩義を感じるタイプで、死に掛けた黒竜の前に回復薬を持って現れたフィーアちゃんが、1000年に1人のウルトララッキーガールなのかしら?」
ザカリーは返事を考えるかのように、顎を撫でた。
彼はフィーアに騎士たちを守られた恩がある。
そして、その際、フィーアが隠したい秘密を守ると、騎士団長の名に懸けて誓ったのだ。
『星降りの森』に黒竜探索に出掛けた際、フィーアは卓越した能力を幾つも見せたものの、黒竜の力であるように見せたがった。
それがフィーアの希望であるのならば、ザカリーは誓いに従って、彼女の卓越した能力を皆と共有するわけにいかないと考える。
「……フィーアが黒竜を従魔にした場面に居合わせていないので、何をもって黒竜を従えたのかは分からない。だが、黒竜がフィーアに従い、彼女を守るため2頭の青竜を倒す場面には居合わせた。フィーアが黒竜を使役していたことについては、間違いないと断言する」
フィーアと黒竜の間には実力差があり過ぎるため、クラリッサは従魔の話を信じ切れないでいたのだが、ザカリーが同じ部分を説明できないと認めたうえで、従魔の話を肯定したことで、彼の話には信憑性があるのかもしれないと受け入れる気持ちが芽生える。
そのため、クラリッサは同意するような言葉を発した。
「ふうん、回復薬一つで伝説の魔獣を従えさせることができるのなら、皆が回復薬を持ち歩くべきね。もしかしたら三大魔獣の残り2角が怪我をしているところに出くわして、従魔にできるかもしれないもの」
ねえ、とクラリッサがイーノックに同意を求めると、彼は力なく首を横に振った。
「オレはやらない。先ほどからずっと、もしかしてオレの言葉が黒竜に聞こえていたのじゃないだろうかとの考えから抜け出せず、冷や汗が止まらない。もしも偶然、怪我をした伝説の魔獣に出遭ったら、オレは全力で逃げる!」
「イーノックってば、へなちょこなところがあるわよね!」
これだから魔導士は、と目の前で堂々と悪口を言うあたり、クラリッサは陰日向がない人物と言えるだろう。
ついでとばかりに、クラリッサは思っていたことを言葉にする。
「ところで、黒い翼持ちの生き物を見たと言っても、まずは着色を疑うべきじゃないかしら。そこら辺のお祭りに顔を出したら、ピンクの鳥や金色のカエルなんかがたくさんいるわよ。どれもこれもくじの景品用として、目立つように着色してあるんだから」
デズモンドは手持ちのペンをくるりと回した。
「クラリッサ、動物を着色するという点に関して言えば、うちの筆頭騎士団長様は純粋培養で育てられたため、疑うことを知らないのだ。こんな逸話を聞いたことがないか? 5歳で初めて『動物くじ』を目にした筆頭公爵家のご子息様が、興奮のあまり何度もそのくじに挑戦したと。結局、25羽の黄色のひよこと、1羽の青いひよこを腕に抱え、従兄殿であられた当時の第二王子殿下に、『見てください、26回目にして一等の幸運の青いひよこを入手しました!!』と感激の言葉を口にされていたことを」
話を聞いた騎士団長たちは、無言でシリルを見やった。
デズモンドの話に出てきた「筆頭公爵家のご子息様」はシリルのことで、「当時の第二王子殿下」はサヴィス総長のことだなと考えながら。
皆の視線が集まる中、シリルはうっそりとした笑顔を浮かべると、デズモンドの発言にコメントすることなく、議題の結論を申し渡した。
「この議題の問題点は、確たる証拠が示せないこと、フィーアが黒竜を従魔にした方法が不明であることです。そのため、結論は『フィーア・ルードは黒竜を従魔にした可能性がある』というところで終了します。ゼロ情報では何かあった時に対応できませんので、このような可能性を視野に入れて、今後は行動してください」
どうやら第一の議題は元々断定できる話だと思っておらず、可能性を匂わせるところで終了する予定だったようだ。
「言い忘れていましたが、本日の議題内容は全て第一級秘匿情報になっています。決して他言することがないようご注意ください」
シリルが補足した言葉に、誰もが心の中で「言われなくても分かっている!」と返事をする。
だからこそ、騎士の一人だって、随行を許されなかったではないかと。
頷く騎士団長たちを満足そうに見回すと、シリルは手元の書類に視線を落とした。
「それでは、次の議題ですが………」
「待て、補足だ」
しかし、そこで、クェンティンが手を挙げて発言を求めてきた。
シリルが許可をすると、クェンティンは立ち上がり、真剣な表情で訴え始める。
「オレは虚言を口にすることはない! だから、黒竜王様がフィーア様の従魔である『可能性がある』ではなく、『可能性が高い』にしてくれ」
どうやら偉大なる黒竜王がフィーアにつながっていることを、どうしても皆に分かってほしいようだ。
「……了解しました」
言い合うのも面倒だと思ったのか、シリルは簡単に許容した。
すると、クェンティンは勝ち誇った笑みを浮かべる。
「それから、……はーっはっはっは! 聞いて驚け!! その黒竜王様とフィーア様がグリフォンの生息地で大暴れをして、その地の主を連れてきてくれたのだ!! おかげで何と、今やグリフォンの王がオレの従魔だ!!」
「…………」
「…………」
「…………」
騎士団長たちは冷めた目でクェンティンを見た。
それは確かに凄いことだ。
しかし、このタイミングで発表されても、ちっとも凄いことには思えない。
世界に一頭しかいない黒竜に比べたら、数多存在するグリフォンの中の特別な一頭だとて、霞んでしまうというものだ。
それに、騎士団長たちの誰もが知っていた。
クェンティンは四六時中、ところかまわず美しい緋色のグリフォンとともにいたのだから、彼らは当然のように、クェンティンが新たな従魔を手にしたことを承知していたのだ。
黒竜とフィーアが遠地から連れてきたことまでは知らなかったため、クェンティンはどこで捕獲してきたのだろうと疑問に思っていたが、なるほどここにもフィーアの名前が出てくるのか。
騎士団長たちはクェンティンの従魔の凄さを称賛するよりも、聞きたくない名前が再登場したことにげんなりした。
「それは……おめでとうございます」
沈黙が続く中、いかにもリップサービスといった態でシリルが発言した様子を見て、クェンティンが「この凄さが分からないとは、お前らは全員不感症だ!!」と怒鳴り散らしたのは、彼にとっては当然のことで、怒鳴られた騎士団長たちにとっては不当なことだった。
騎士団長会議は、未だ1つ目の議題が終了しただけだった。









