116 霊峰黒嶽4
ザビリアの紹介を聞いた私は、はっとして声を上げた。
「そ、そうよね、『灰褐色の竜』という紹介が的確よね! 私とゾイルは従魔の契約をしているわけではないのだから、名前を呼んではいけないんだったわ!」
さすがだわ、ザビリア。
従魔は契約主以外から名前を呼ばれることを嫌がると、クェンティン団長に指導を受けていたけれど、従魔以外の魔物に当てはまるとは思い至らなかった。
ゾイルの性質が当初の印象よりも穏やかで、名前を呼んでも怒らなかったから、気付きもしなかったわ!
新たな発見をした思いで嬉しくなった私は、にこりとしてザビリアを見つめたのだけれど、当のザビリアは納得がいかない様子で首を傾けた。
「いや、フィーアがゾイルを名前で呼ぶことは問題ないよ。僕と契約している以上、僕の部下にも契約が継承されるんだから」
「へ? ザ、ザビリアったら恐ろしいことを言わないでちょうだい! そんなルールは聞いたこともないわ」
ザビリアがとんでもないことを言い出すので、驚いて否定する。
けれど、ザビリアは何でもないことのように肩を竦めた。
「そう? じゃあ、僕が今作ったということで」
「そんなルールを勝手に作ってはいけません!」
子どものようなことを言うザビリアを叱りつけていると、ゾイルが居心地が悪そうに身動きをした。
「あら、灰褐色の竜さん、ごめんなさい。あなたの紹介の途中だったわね」
考えを改め、体色にちなんで丁寧に呼んでみたのだけれど、ゾイルは不満そうに小さく鼻を鳴らした。
それを見たザビリアが、ほらね、といった様子で小さく尻尾を振る。
「僕の名前を呼ぶフィーアから名前を呼ばれないことは、『名前を覚えてもいないその他大勢』として扱われることだから、ゾイルは心情的に納得いっていないみたいだよ。まあ、フィーアが好きなようにしたらいいけど」
そう言うと、ザビリアは僅かに体をかがめた。
「僕は普段、山頂付近で暮らしているのだけれど、フィーアがよければ案内するよ。背中に乗っていく?」
「まあ、楽しそうね!」
思えば、ザビリアの背中に乗るのは、成人の儀で出会った際にルード家まで送ってもらった時以来だ。
あの頃に比べると、ザビリアは別の竜かと思うほど大きく立派になっているけれど、私の可愛いザビリアであることに変わりはない。
ああ、いいえ、可愛くて、強くて、優しいザビリアだったわね、正確には!
そう自慢に思いながら、ザビリアに質問する。
「カーティスとグリーンとブルーも乗せていってもらえる?」
ザビリアの良さは付き合うほどに分かるから、皆がザビリアを知ることで、より好きになってほしいと考えたがゆえの質問だ。
けれど、私の心情を理解しているはずのザビリアは、答えるまでに一拍の間を空けた。
「……フィーアが望むなら」
その間をどう思ったのか、ブルーが取りなすような声を上げる。
「フィーア、もしよければ、私と兄さんは灰褐色の竜に乗せて行ってもらうよ。あるいは、自分の足で山頂まで登ってもいいし」
まあ、ブルーは空気を読むタイプね!
そう感心していると、空気を読まないタイプの元護衛騎士が、当然のように口を開いた。
「私はフィー様にご一緒しよう」
さすがだわ、カーティス。
久しぶりに会ったザビリアが、私を独占したい気持ちでいることくらい気付いているだろうに、完全に無視して、自分の要望を押し通すやり方は、いっそ清々しいほどだわ!
そう呆れた気持ちで眺めていたけれど、鈍感な元護衛騎士は私の気持ちに気付くことなく、前言を撤回しなかったので、カーティス団長の要望通り、二手に分かれて移動することになった。
そのため、それぞれの竜に乗るために荷物を整理していると、無意識といった様子で、グリーンとブルーが大きな溜息を吐いた。
「「………はあ」」
そうして、2人ともにそのまま疲れたようにがっくりと肩を下ろしたので、もしかしたら竜に乗ることに緊張しているのかしら、と心配して声を掛ける。
「グリーン、ブルー、大丈夫? 竜に乗ることが心配なのかもしれないけれど、そんなに怖くはないと思うわよ。以前、ザビリアに乗せてもらったことがあるけれど、そう高くは飛ばなかったし、揺れなかったから」
けれど、私の言葉を聞いたグリーンは、安心した様子もなく、否定するかのように首を振った。
「いや、フィーア、そうじゃねぇ。オレは竜に騎乗することを恐れていたわけではなく、現状を見つめ直していただけだ。つい先ほどまで、灰褐色の竜を倒そうと対峙していたはずなのに、一転して、騎乗する状況に陥っている。一体何が起こったんだと、少しばかり混乱しているところだ」
グリーンの言葉を聞いた私は、首を傾げる。
「え、それは、ゾイルがザビリアの仲間だと判明したからでしょう?」
ゾイルがザビリアの仲間だったから、対立する必要がなくなり、仲良くなれたということで、簡単な話だと思うけれど?
そう当然の答えを返したのだけれど、グリーンからはもどかしそうに大きく手を振られた。
「その通りだが、そうじゃねぇ。オレの言いたいことは、竜の頂点にいる黒竜を手懐けるなんぞ、お前はどんだけすげぇんだってことだ!」
え、ここで再び、従魔にした時のザビリアは大怪我をしていたから……、と説明すべきかしら? と、考えていると、今度はブルーが口を開いた。
「ナーヴ王国の守護獣は黒竜だよね。勿論、フィーアは全て承知の上で、王国にとって最も効果的な魔物を従魔にしたのだろうけれど、世界に一頭しかいない黒竜を探してきて、あまつさえ従えさせるなんて、凄すぎだって話だよ」
「あっ」
そうだった! 忘れていたけれど、ザビリアはナーヴ王国の守護獣だったのだわ。
きっと、黒竜の強そうなイメージから、王国が勝手にザビリアを守護獣に仕立て上げたのでしょうけれど、守護獣であることには、……あれ?
考えている途中でふと疑問が湧き、首を傾げる。
「そういえば、300年前のこの辺りは、ナーヴ王国の領土ではなかったわよね?」
……そう、私はこれでも、前世は王女だったのだ。
今とは領土の範囲が異なっている当時の地図は、諸外国まで含めて、きっちりと頭に入っている。
そして、そんな私の記憶によると、300年前のこの地は、王国領ではなかったはずだ。
つまり、どこかの時代でこの地が王国のものになって、……と、そこまで考えたところで、ぴんと閃く。
「分かったわ! 王国的には、霊峰黒嶽を含めたガザード地域を領土にしたことが嬉しくて、その記念のつもりで、黒竜を国の守護獣にしたのじゃないかしら?」
口にすると当たっているような気がして、得意気にグリーンを見上げたけれど、否定するかのように首を横に振られる。
「いや、順番的には王国が黒竜を守護獣と定めたのが先だ。それに、この地はアルテアガ帝国の一部を無償で割譲されたものだ。戦で勝ち取った訳でもない土地を、わざわざ記念にはしないだろう」
まあ、さすがに帝国民だけあって、帝国のことをよく知っているわね、とは思ったものの、別のことに気を取られる。
「えっ、この地はアルテアガ帝国の一部だったの?」
頭の中にある地図と一致しない。
300年前のナーヴ王国は、現在と同じく大陸の最西部に位置していたけれど、現在ほど大きな領土は持っていなかった。
この地を含めた現王国の北部地域は、300年前には他国の領土だったし、その他国とは帝国ではなかった。
なぜなら、アルテアガ帝国は大陸の最東部に位置していたからだ。
300年前の大陸において、ナーヴ王国は最西部に、アルテアガ帝国は最東部に位置しており、間には幾つもの国が挟まっていた……
だというのに、現在のアルテアガ帝国は、大陸の北側中央部に位置している。
かつて帝国領土だった東部には他の国々が台頭しており、帝国は王国との間にたった1つの小国を挟んだ形で隣り合っているのだ。
つまり、大陸の西側から見ると、ナーヴ王国(大国)、ディタール聖国(小国)、アルテアガ帝国(大国)、の並びだ。
けれど、グリーンの言葉通り、今いるこの地が帝国から割譲されたというのならば、かつての帝国は、現在のディタール聖国をはじめ、ナーヴ王国の一部までをも帝国領としていたということだ。
ええと、どういうことなのかしら、と首を傾げていると、カーティス団長が説明してくれた。
「約300年前、……大聖女様が亡くなられて10年ほどの後に、アルテアガ帝国は大陸北部を全て領土としました。東の端から西の端までの大陸北部は全て、……つまり、大陸の半分はアルテアガ帝国だったのです」
「はっ!? た、大陸の半分??」
思わず、素っ頓狂な声が零れる。
大陸の半分ですって? そんなことがあり得るのかしら!?
この広大な大陸の半分を支配する国なんて、これまで聞いたこともなかった。
確かに300年前の大陸の勢力図は、帝国一強ではあったけれど、その領土はせいぜい大陸の最東端から北側中央部までだった。
だというのに、北側中央部から西部までの土地も支配したということは、帝国はたった10年で領土を倍に広げたということだ。
「まあ、300年前の帝国皇帝はよっぽど戦上手だったのね!」
素直な感想を口にすると、ブルーがしみじみと頷いた。
「そうだね、黒皇帝は帝国史上を見渡しても、最強の戦上手だったよ」
「黒皇帝……」
あらあら、またも聞きなれない呼称が登場したわよ。
300年前に私が知っていた帝国皇帝は別の呼称を持っていたから、きっと異なる人物ね。
ということは、前世の私が亡くなった後、帝国皇帝が代替わりをしたということだけれど。
黒竜、黒騎士、黒皇帝……。黒づくめだわね!
そう考えながらも、不思議に思って口を開く。
「でも、その黒皇帝とやらは豪気ね。帝国の一部を王国領土として無償で割譲してくれるなんて」
私は小首を傾げると、疑問のままに、そう尋ねたのだった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
おかげさまで、12/16(水)にノベル4巻が発売されることになりましたので、告知をさせてください。
表紙です。
とても楽しい雰囲気に描いていただきました。サザランド完結編です。
以下、内容紹介です。
1 サリエラの決意と大聖女からの預かり物
フィーアはサザランドを手に入れました(騎士団総長及び筆頭公爵談)。加えて、どうしようもないほど貴重な石も。それでは、この貴重な石を効果的に使用してもらいましょう!
(サリエラの救済話でもあります)
2 フィーア、騎士団長にサザランド土産を配る
王都に戻ってきたフィーアが、騎士団長たちにお土産を配ります。ええ、誰もが見たこともないほど貴重で、どれだけお金を積んでも購入できない、例の石を配布するようです。大騒動は必至です。
3 カーティス団長三番勝負
カーティス団長がフィーアとともに王都に戻りました。
いくら元護衛騎士だとしても、王都にいるフィーア旧知の騎士団長たちにとっては新参者です。
ということで、先輩たちの胸を借りてもらいましょう。三番勝負です。
第一戦:VSシリル、第二戦:VSクェンティン、第三戦:VSサヴィス、いざ!
(注:戦闘シーンは一切ありません)
4 近衛騎士団長と離島の民との約定(300年前)
300年前においても、サザランド編が決着を見ます。綺麗にまとまりました。
5 【SIDE】アルテアガ帝国皇弟グリーン=エメラルド「帝国の大斧、又は氷柱皇弟の出動」
この話にて、書籍とWEB版がつながります。初のグリーン視点で、フィーアについて語られます。
〇初版特典SS(別ペーパー)
【SIDEカーティス】フィーアへのアドバイスを死ぬほど後悔する
初版のみ、別葉ではさみこんでもらうペーパーです。はい、タイトル通りカーティス団長が物凄く後悔する話です。
よければ、初版特典入りの本をお手に取っていただければと思います。
ちなみに、ノベルは100ページ近く加筆しました。WEB版の12~13回分くらいですね。
まだ1度も書籍を購入されていない方で、購入を検討されている方がいらっしゃいましたら、ぜひ、4巻をお勧めします。書下ろし分量が1番多く、内容も楽しめると思われますので!
読んだ方に、楽しんでもらえると嬉しいですo(^-^)o









