101 特別休暇7
グリーンとブルーと別れた後、「お疲れになったでしょうから、少し休憩をしましょう」と優し気な言葉を掛けるカーティス団長に引っ張られるまま、私は甘味処に連れ込まれた。
もちろん私は、にこやかな笑顔に騙されることなく、「疲れていないから」「まだまだ買いたいものがあるから」と抵抗したにもかかわらず、穏やかだけれど意外と強引なカーティス団長によって、いつの間にか椅子に座らせられる。
……それからは、いつもの感じだ。
「成人した女性が、初対面の男性3人と宿泊旅行に行くとは何事ですか」と、しこたまお説教をくらった。
始めのうちは、カーティス団長の言うことももっともだと思い、黙って聞いていたのだけれど、あまりに長引いてきたので、途中で嫌になって言葉を差し挟む。
「カーティス、お言葉だけど宿泊旅行ではなかったわ。グリーンたちの運命を断ち切る、冒険旅行だったんだから!」
致し方なかった感を出したくて、ちょっと大げさに言ってみたのが悪かったようで、倍になって返ってくる。
「それこそが、より問題なのです! 彼らの運命は彼らのものです。フィー様がお救いする必要はありません。人間が女神などに出会ってしまったら、縋りつかれて大変なことになりますよ!」
めずらしく、カーティス団長の言うことが良く分からない。
多分、帝国の女神信仰にひっかけて、何かをたとえているのだろうけれど、それが何を表しているのかがぴんとこなかった。
けれど、分からないと尋ねると、先ほどのように倍になって返ってきそうな雰囲気を感じ取った私は、理解している表情を作って拝聴するに留める。
ふふふ、こうやって私も日々成長しているのですよ。
そして、黙っていた甲斐があったようで、カーティス団長はひとしきり言いたいことを言った後は満足したのか、「結局は苦労する役割が割り当てられる者はいつだって同じなので、もう諦めていますけどね」との言葉で締めくくった。
おやおや、いつだってお説教をされるのは私だと言うのに、どうしてカーティス団長が被害者の顔をしているのかしら?
そう不思議に思ったけれど、つまり、説教をされる方だけでなく、する方も大変だと言いたいのだろうと思い当たる。
どっちも嫌な役割だと言うのなら、お説教なんてしなきゃいいじゃないの。
そう考えながら、その後はカーティス団長と買い物の続きに戻った。
さて、買い物の最中に気付いたことなのだけれど、有能さというのは、買い物というシンプルな行為の中でも発揮されるものらしい。
私から買い物の目的を聞き取ったカーティス団長は、頭の中に街中の地図でも入っているのか、最短の動線で迷うことなく必要なものだけを購入していった。
あれよあれよという間に、カーティス団長の手の中には、明日からの旅程に必要な荷物が全て揃ってしまう。
さらに気が利くことに、カーティス団長は荷物の全てを本日中に、騎士団の女子寮に届けるようにとの配達まで頼んでいた。
普段の私だったら、配達料を惜しんで、どれほど重くても自分で運んでいくのだけれど、カーティス団長は手慣れた様子で、私が気付かないうちに代金まで支払ってくれていた。
もちろん、気付いた私がお金を支払おうとしても、カーティス団長は受け取ってくれない。
後で何かお返しをしないといけないわねと思いながら、私はカーティス団長にお礼を言った。
「ありがとう、カーティス。騎士団長はお給金がいいのかもしれないけど、無理はしないでね」
すると、カーティス団長からちらりと、もの言いたげに見つめられる。
「なあに、カーティス?」
不思議に思って尋ねると、意味不明のことを呟かれた。
「いえ、(よっぽどやり方を間違えない限り、聖石の所有者であるフィー様は、騎士団長などよりも何倍も大金持ちになれるんですけれど……でもきっと、)フィー様はよっぽど間違えるんでしょうね」
「ええ? 私が何を間違えるですって?」
「いえ、お気になさらずに。フィー様の周りには、色々な人材が必要だと再認識していたところです」
一人で納得している様子のカーティス団長を見て、私は一言、物申したくなってしまう。
「ええとね、お言葉を返すようだけど、私はずっと1人で色々と上手くやってきているんだからね」
すると、カーティス団長から淡々と言葉を返される。
「ええ、物事の一切を損得で考えないフィー様からしたら、全てを上手くやっているように見えるのでしょうけれど、全てを損得も含めて考える私からしたら、フィー様の行動には色々と改善の余地があるように思われます」
「ぎゃふん!」
確かに先ほど買ったぬいぐるみが、別のお店で1割ほど安く売られているのには気付いていましたよ。
そして、カーティス団長ならば、同じ商品をより安価に扱うお店をきちんと把握していて、他の店より高く買うことはないのでしょうね。
そう告白して、カーティス団長の言葉を理解していると示してみたにもかかわらず、「私の言いたいことをかすってもいません。全く違います」と返された。ぎゃふん! 告白損だわ!
それから、気になるお店を見たりして時間を潰していると、約束の時間が迫ってきたので、中央広場の噴水に向かうことにする。
噴水前に到着したのは約束の15分前だったにもかかわらず、グリーンとブルーは既に到着していた。
そして、2人は着替えていた。
先ほどは、いかにも冒険者と言わんばかりのシンプルなシャツを着用していたのだけれど、今はきちんと襟が付いている、飾りや刺繍が入ったシャツを着用していた。
服装だけ見ると文官だとか、下手をすると貴族だとかに見える。
というか、少し飾りがついたシャツを着ただけで、高い位階の者に見えるなんて、姿勢だか所作だかがいいのねと感心する。
「グリーン、ブルー、お待たせしました! それから、服を着替えてきたんですね? 襟付きシャツなんて格好は初めて見ましたけど、まるで貴族のように見えますし、お似合いですよ」
「ひいい! だから、フィーア、どうしてお前はそう凶悪なんだ! いいか、オレを早死にさせたくなければ、金輪際、オレを褒めるような言葉は口にするんじゃないぞ!」
褒め言葉を口にしたというのに、私の言葉を聞いた途端、グリーンはまるで呪詛でも聞いたかのように、自分を褒めないよう懇願してきた。
「兄さんの言う通りだよ! フィーア、次に私を褒めたら、その度に私は君を3倍褒めるからね!」
ブルーに至っては、よく分からない提案を返される。
私はもう色々と可笑しくなって、ぷふふと笑い声が出てしまった。
「おかしいでしょ、カーティス。クラリッサ団長が相手だと、意識しすぎてクールな対応ができるのに、私が相手になると素の照れ屋で赤面症なところが出てしまうのよ」
けれど、私の言葉を聞いたカーティス団長は面白くもなさそうに、というか、眉間に皺を寄せた表情で返事をしてきた。
「私にとっては、どちらかというとフィー様の解釈の方が、可笑しいというか斬新なのですが。なぜ、フィー様への対応の方を、彼らの標準だと考えたのでしょうか?」
「ええ? だって、この2人は、というか彼らのお兄さんも含めると3人になるのだけど、3人ともに初対面の時から照れ屋で赤面症だったのよ? あ、そう言えば、グリーンから若い女性と話をするのは、思い出せないくらい久しぶりって言われたわね。つまり、慣れていないから、女性と話をするだけで照れるんでしょうね」
正直な答えを返したと言うのに、カーティス団長からは疑っているかのような眼差しを向けられる。
「半年前はそうだったかもしれませんが、今となっては女性が大挙して押し寄せているはずですから、むしろ食傷気味ではないかと推測されますけど」
「ふふふ、男性のカーティスから見ても、グリーンとブルーはイケメンなのね?」
「いえ、私はそのようなことを一切申し上げていません」
カーティス団長はしかつめらしい表情でそう答えたけれど、いやいや、カーティス。
あなたは今、グリーンたち2人には女性が大挙して押し寄せているはずだって、そう言ったじゃないの。
それは2人がイケメンだって言っていることと同じだと思うけど?
それとも、外見だけではなくて、2人の内面の素敵さが垣間見えたって言いたかったのかしら?
そう考えていると、やっぱり、この組み合わせは上手くいくような気がしてくる。
友達の友達は友達、で合っているのじゃないかしら。
改めてそう思いながら、私は3人と連れ立って、カーティス団長が予約してくれたレストランに向かったのだった。









