クリスマスの水族館
12月に入り、寒さがグッと厳しくなった。
雪が降りどこに行くにも私の車だけになり、
「早く春にならないかな〜」
恨めしそうな顔をして窓から外の景色を見ていた。
「もうすぐ今年も終わりだね・・・なんだか早いね」
「そうだなぁ・・・でも今年は俺にとってすげぇ良い年だったなぁ」
またニヤけながらなにか考えていそうな顔で言った。
あの日以来、何度かハルに抱かれることがあった。
ラブホテル・・・という簡単な手もあったが、
なんだか自分の中でイメージが悪く行く気がしなかった。
どちらかの家ということになるのだけれど
いきなり誰かが入ってきそうな気がして私はあまり集中ができなかった。
こんな時、男の子のほうが結構気にしないもんなんだと思った。
ハルの家だと、いつ山崎さんや誠君が部屋に来るかと
その緊張感は只者ではなかった。
「人が来るから、やっぱりやめようよ・・・」
「来ないよ。大丈夫だって」
そう言って聞く耳をもたず平然と
服を脱いで、今誰かが入ってきたら絶対言い訳できないような感じだった。
向えの部屋に誠君がいることもあり、とてもじゃないけど違う意味で疲れた。
「華・・・全然よくない?」
そう聞かれてもよくない訳じゃないけれど、
違うことが気になりやっぱり集中できなかった。
(私の家だと・・・妹がすぐに部屋に来るしなぁ〜)
けれど、なんとなくあの日以来、山崎さんはハルの部屋に突然入ってくることは無く、
地味にバレているかも・・・と感じた。
クリスマスが近づき、山崎さんがその日の予定を教えてくれた。
「華ちゃんクリスマスってハルといる?」
「う〜ん・・一応そのつもりですけど」
「俺達ちょっとイトコの家に泊まりで行くんだよね。誠もどこか泊まりに
行くって言うし・・・ハル一人なんだけど、一緒に居てあげてくれる?」
「あ・・はい。分かりました」
とてつもなく・・・・笑顔で「じゃ、よろしく〜」という山崎さんと
目を合わせることができなかった。
クリスマスの当日、ハルは冬休みになり、誠君は友達数人で
勉強がてらにパーティーをすると言い、出かけて行った。
仕事の帰りに真っ直ぐハルの家に行くと、ちょうど山崎さん達が出かける所だった。
「あ。華ちゃん、そこそこクリスマスっぽいものは用意したから、
食べて行って。じゃ、適当な時間になったら
コイツ一人にしていいから。じゃ、よろしくね〜」
そう言って7時前には家を出ていってしまった。
「どこか行く?」
「華、何時までいられる?それによる」
「そうだなぁ・・・毎年クリスマスにはまともに家に居たことないし、
朝までに帰ればいいかな」
「じゃ、ちょっと出かけようか」
ハルは鼻歌を歌いながら出かける用意をした。
外に出てもそれほど行く所など無いような気がしたが、
それでもハルがなにか考えているんだと思い、一緒に家を出た。
ハルの指示とおりに車を走らせると水族館に続く道だった。
(こんな時期に水族館?)そう思いながらもそのまま黙って車を走らせた。
駐車場に車を停めると、他にも思ったより多くの車が停まっていた。
「ここって夕方に閉館じゃないの?どうしてこんなに車あるんだろ?」
「クリスマスは特別に10時までなんだってさ。新聞に書いてあった。
それにいろんなイベントがあるんだってさ〜」
周りを見るとほとんどがカップルばかりで、昼間に来る水族館とは
別世界のような感じだった。
あちこちにイルミネーションが光り、西洋風の水族館には派手に
レーザー光線がピカピカしていた。
「じゃ、中見てこようか」
そうハルに言われ手を繋いで水族館に通じる吊り橋を渡った。
入り口の大きな水槽にも今夜ばかりは特別な照明が光りクリスマスっぽい感じだった。
どのカップルも楽しそうに寄り添い、魚よりも二人でいることが楽しそうに笑顔だった。
「しばらく来てなかったけど、やっぱ水族館っていいよな。
俺、大好きなんだ。ここの海底トンネル初めて見たとき超感動した。
ジョーズの映画みたいで」
嬉しそうに歩くハルを見ながら綺麗な照明に照らされた水槽を見てまわった。
そこの水族館は北欧をイメージしていて、水槽ばかりでは無く
絵画やガラス細工など、素敵な演出で展示していた。
一枚の絵画を見てハルが立ち止まり、
「将来さ。一緒に住むことになったらフェイクでいいから
これと同じ絵買おうな。この絵、大好きなんだ」
そう言ってその絵を黙って見ていた。
海底に沈んだ古代都市のような所に沢山の魚が泳いでいるとても綺麗な絵だった。
「うん・・・ なんなら本物でもいいよ?ハルのお金でね」
そう言ってその絵を二人で見ていた。
知らなかったハルのことを一つずつ知る度に嬉しい気持ちになった。
普段でも普通の水族館と違い館内はちょっと暗いのに今日は特別暗かった。
気合を入れた暖房がちょっと暑かったけれど、手を離すことなくその中を見てまわった。
ハルが言っていた海底トンネルの所に来ると、大きな鮫が
ガラスの上をスイ〜と通って行った。
歯が妙に生々しく、ちょっと不気味に・・・・
割れるはずが無いガラスなのに、ハルの手を握る手に力が入った。
「なに、怖いの?」
「これ割れないよね。ちょっと怖くない?」
あまりキョロキョロすると水死体でも見てしまいそうで、通路を見ながら歩いた。
誰もいないトンネルの中でハルはゆっくりと止まりながら見ていた。
ハルが止まる度に床を見ながら止まり、内心は
(早くここから抜け出したいんですけど・・・・)
そう思いながら目を瞑っていた。
「華、ちょっとアレ見て」そう言われてほんの少しだけ目を開け
チラッと見ると畳が泳いでいるかのような大きなエイがブワッと横を通り過ぎた。
「うわ!やっぱりダメ・・・なんだか怖い・・・」
慌てて目を閉じハルの腕に捕まり黙っていた。
「ちょっと・・この状態で怖いしか無いの?せっかく雰囲気だして
ここに来たのに・・・」
そう言われて渋々目を開け、隣に立ちながらトンネルを見た。
大きな魚はちょっと怖いけれど、魚の大群は綺麗だった。
妙にピッタリとハルにくっつき、そのトンネルを見ていた。
「華・・・・ここにさ、クリスマスには毎年来よう!来年も再来年も。
結婚しても子供ができても、年寄りになっても・・・」
そう言われてニッコリと笑い、ちょっと怖いのに「うん」と返事をした。
ハルと一緒なら・・・ それも悪くないかな・・・
その返事を聞き、お互いゆっくりと顔を近づけた。
さっきから暗い通りで何組もキスをしている人たちを見たので
きっと今、誰かが後ろを通っても、それほど気にしなくていいや・・・
そう思いながらいつまでもハルとキスをしていた。
なんとなく足音が聞こえたような気がしたが、ハルは気にする
こともなく、逆に腰に回した手を自分に引き寄せた。
「わ・・・・早くいこ・・・」
「う、、うん・・・」
隣を通った人の声がして、少し顔を下げたが
ハルはそのまま背中に手を回し自分のほうに引き寄せ
唇が離れないように顔を近づけた。
「あれ?ハル?」
その声に二人でパッと顔を離すと誠君が友達数人といた。
「ずいぶん大胆なカップルがいると思ったら・・・ハルかよ・・・」
ちょっと驚いた顔をして誠君が笑い、一緒にいた友達も
どう言っていいのかわからない顔をしていた。
男の子が3人と女の子が3人で
(グループ交際かなぁ・・・)そう思ってちょっと笑った。
その中の一人の女の子に見覚えがあった。
お祭りの時にいた黒髪の子だ・・・・
「あれ?なんでこのグループに佐野がいるの?」ハルがその子に
話かけると、「あ・・・別に・・・」とちょっと困った顔をした。
「じゃ、邪魔して悪かったな〜 今夜は帰らないから
どーぞごゆっくり〜」
そう言って誠君はニヤニヤして通路を歩いていった。
友達もみな「じゃ・・」と遠慮がちに手を振り歩いて行った。
けれど、佐野さんという、その子だけは黙ってハルの顔を見ていた。
その目線できっとハルのことが好きなんだとピンときた。
ハルはまったく気がつかずみんなに手を振り「見られちゃった」と
笑ったが、私はその子の視線が気になり目で(まだ人がいるよ?)と訴えた。
その目線に気がつきハルが佐野さんを見て
「もう兄貴達行ったよ?じゃ、またね」とアッサリと言うと
その子はちょっと怒った顔をして去って行った。
「ハル・・・あの子って同じ高校とか?」
「あ〜・・中学の3年の時の知り合い。1ヶ月だけ付き合った子」
そう言って、普通の顔をして水槽に目をやった。
「それって・・・どんな付き合い?」
「どんなって・・・別に「付き合って」って言われて、なんて断っていいか
わかんなくて、いつの間にか付き合うことになったけど、
俺、別に好きじゃなかったし・・・・一応は映画とか帰りに一緒に
帰ったりしたけど、、なんだかつまんなくて「別れよう」って・・・」
「わっ・・・最低だな・・・・それ・・・」
「だって初めてだもの、わからないじゃん」
そう言ってハルはそれほど気にしていない顔をして
「じゃ、次行こう!」と手をひいて歩いた。
(まだハルのこと好きなんだぁ・・・あの子・・・)
そんなことを思いながら一緒に歩いていた。
学生の頃って一緒に帰れるだけでドキドキして、
毎晩その人のこと考えるだけで胸が痛くなるのに・・・・
きっと苦い思い出なんだろうなぁ・・・
まだ好きな相手のキスシーンなんか見ちゃったら
きっと今日は最悪なクリスマスになっただろうなぁ・・・
そんなことを考えながら、目の前で澄ましているハルを見ていた。
外に出ると雪がチラついていた。
「寒いなぁ・・・」
ハルの息が白くフワッと舞い、後ろを歩く私の手を掴み
腰に回して自分のダウンのポケットに入れた。
「歩きずら〜い・・・」
笑いながら二人でノロノロと吊り橋を渡りイルミネーションを見ていた。
その格好はちょうどバイクに乗る時のような格好で、
「この格好久しぶりだね」そんなことを言いながら
橋から続く階段を危なかしい格好で笑いながら降りて行った。
ちょうど階段を降りると、さっきの6人組に会い
そんな二人を見て誠君が笑いながら手を振った。
また彼女の視線が気になった。
黙ってハルのことを見た後に、それとは違うちょっと鋭い視線で
私を見る彼女にちょっとうろたえた。
子供相手に怯む自分が少し情けなくなったが、どことなく優越感にも
近いような気分にもなっていた。
(大人げないな・・・私・・・)
二人で誠君に手を振り、まだ時間が早いので周りにあるお土産屋を見てまわった。
店内に流れるクリスマスソングに気持ちがワクワクしながら
二人であれこれと小物を見たり、ぬいぐるみを見ていた。
「じゃ、家に帰ろうか。せっかくなにか用意してくれたみたいだしさ」
「そうだね。プレゼントもあるから、家に着いたらね」
家に着いてからハルに初めてのクリスマスプレゼントを渡した。
ハルがいつもつけている時計がちょっと古く安っぽいと
思ったので、ダイバーズウォッチのちょっと高価な物をあげた。
「うわっ!いいの?これ高くない。かっこいー」と大騒ぎし、
ハルのプレゼントをあけると小さな指輪が2つ入っていた。
一つは普通の可愛いらしい、よくあるリングだったが、
もう一つはちょっと変わった黒とシルバーのストライプだった。
そのストライプのほうをジックリ見ていると、
「それね。中に象の毛が入ってるんだよ。幸せの象徴なんだって。
俺的にはそっちのほうがいいと思ったけど、安くてさ。
だから急遽、まともな値段のもプラスしたの。どっち好き?」
「こっち・・・」そう言ってストライプのほうを見せた。
「やっぱりね。華はそっちって言うと思った」
そう言って左の薬指にそれをつけてくれた。
ちょっと大きく指につけてもクルクルと回った。
それをネックレスのチェーンに通し、もう一つのほうを指にした。
「来年はもっといいヤツやるよ。楽しみにしてて」
そう言ってハルはニコニコと手に時計をした。
また一瞬だけ手首の傷が見えた・・・
胸に小さな痛みがズキンと走った。
家に誰もいないことで、その日はハルに抱かれることも
人の気配を感じる事無く、気分は嬉しかった。
もうすっかり慣れたハルは初めての時のことを感じさせる事無く
スムーズに体を触る手は相変わらず優しかった。
人がいないから安心したのか、
ハルが入ってきた時に、いつもと違い体がジ〜ンと痺れた。
動く度にどんどん変な気分になり、ハルの腕をキュッと掴んだ。
「ハル・・・・」
「どうした?」
息をちょっとあげて、そう聞くハルになんて言えばいいか
わからず、そのまま小さく声が漏れた。
「わ・・からないけど・・・変になっちゃう・・・」
「変になっちゃえばいいじゃん・・・」
そう言ってニッコリ笑うハルの顔を
見ながら呼吸がどんどん苦しくなっていった・・・
それを見てハルが強く動く度に声が漏れた・・・・
ギュッと目を瞑ってハルの肩にしがみつき指先に力を入れた・・・
「華・・・イき・・そう?」動く度に声を詰まらせ聞くハルに
小さく頷きクッ・・と唇を噛んで体が宙に浮いたように感じた。
「ハァ・・・・」
大きく息を吐き力が抜け、
どうしてみんながセックスを喜んでするのかわかったような気がした。
ハルも力が抜け顔の隣にポフッ・・と頭を落とした。
お互いちょっと息があがったまま何も言わずに黙っていた。
「なんだか華じゃない人みたいに見えた・・・」
まだ息が整っていないハルの言葉を虚ろな顔をして聞いていた。
グッタリと体の力が抜け、体の神経すべてが敏感になったように
ピリピリとするような感覚だった。
「わかんないけど・・・すっげぇ綺麗に見えた・・・」
そう言ってハルはポ〜とした顔をした。
きっと相手がハルだったから、こうなれたのかもしれない。
ハルといるようになって自分の気持ちの変化や体の変化が嬉しかった。
「ハルとならなんでもできるような気がするなぁ」
「え・・・。なんでもって?」
「いろ〜んなこと」
小さくウインクすると、ハルは少しだけ顔を赤らめた。
大人に見えたり、子供に見えたり・・・
ハルを見ているだけで幸せな気持ちになれた。




