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ユースフル!  作者: 幕滝
Welcome to TUKINOWA FESTA !! 〜二日目〜
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六.花川春樹と推理

前回の続き。春樹・推理編。

・凛藤恭太郎*一年八組。放送部。

・楢卯月*一年八組。春樹とは中学時代からの付き合い。

・花川春樹*一年六組。主人公。

・堺麻子*一年六組。人を疑ったりしない性格。

・千両万衣*一年六組。文化委員。

・真鈴あやめ*一年六組。ポニーテールがトレードマーク。

・花川椿*中学生三年生。春樹の妹。

・布志名駿竹*生徒会役員。脅迫状を出して停学中。

[二日目・18:46]a


 太陽は沈んで見えなくなり、わずかに残った紅い夕空に、夜空が覆いかぶさっているようだ。星もちらほらと見え始めている。残念ながら満月までまだ日があるため、綺麗な円ではないけれど、月も輪郭がはっきりしている。

 閉会式を終え、生徒はぞろぞろとグラウンドへと向かって歩いている。グラウンドの中央にあるキャンプファイヤーのために組まれた薪が点火されるのは七時からだ。なお、後夜祭は月ノ輪祭と違って自由参加なため、生徒の何割かは既に帰ってしまっているようだが、それでも校舎の三階から見えるグラウンドでは、結構な数の黒い粒のような人影がうごめいている。

 凛藤恭太郎は今朝と同じように、校舎内を走っていた。まあ、今回は早歩きのようなスピードだが。電気がついた校舎内は静まり返っていて、自分の足音が不気味に響く。

 閉会式のあと、後夜祭までの空いた時間に、全校生徒で一斉に掃除をしたため、校舎内のポスターはほとんどはがされていた。ただそれでも、処分し忘れられた張り紙がちらほらと蛍光灯に照らされている。

 恭太郎は楢卯月を探していた。今日のうちに、改めて礼を言おうと、一度グラウンドに出てみたのだが見つからなくて、彼女の友達である井口に訊ねたところ、まだ八組の教室にいると言われたのだった。

 推理は恭太郎が導き出したもの(楢の手伝いもあって)だが、ミリオネアのひと騒動を放送部のドッキリにしてしまうというのは楢のアイデアだった。彼女は恭太郎に、

「そうすることで、他の生徒に責められることなく、千両万衣に自首を勧めることができるわ」

 と説明した。恭太郎は犯人を暴くことしか頭になかった自分を少し恥じた。そういえばミリオネア、もとい千両万衣はどうなったのだろう。勝手なことをしたせいで、当然のことながら楠井先生に怒られてしまい、そのせいで頭から吹き飛んでいた。

 楢に会ったらすぐにお礼を言えるよう、恭太郎は既に台詞を考えていた。何度も脳内で反芻する。そしてもう一度、できればもう一度、彼女に自分の気持ちを伝えよう。

 四階にあがり、八組の教室がある方を向く。窓から明かりが漏れていた――のだが。

「…………」

 教室の前に、見るからに怪しい人物がいた。紺色のTシャツの女子生徒。髪は頭の高い位置で結っている。八組のドアに耳を当てながら足を曲げていて、明らかに中を盗聴する姿勢だ。ポニーテールの少女はこちらを向いて座っているので、目があってしまった。

 お互いに固まる。

「おい……」

 恭太郎が話しかけようとすると、少女はしっ、と人差し指を手に当てた。静かに、というジェスチャーらしい。

 別に騒ごうとは思わないが、この教室にお目当ての楢卯月がいるかもしれないのだ。ひとまず少女に状況を訊ねようと近寄る。前方ドアのところで、楢卯月の名前を呼ぶ男の声が中から聞こえた。

 慌てて、恭太郎は壁に張り付く。

 気づけば体が勝手にそうしていた。そして、そのあとに続いた、妙に大人びた声――楢卯月の声で、彼はもう少し様子を見ようという気になった。

 ――花川くん。話があるのよ。

 顔も声も知らなかったライバルが、そこにいる。


[二日目・18:48]A


「楢、一体何の用で、僕を呼び出そうと思ったのか聞こうか」

 閉会式が終わり、教室の掃除が済み、いざグラウンドへいかん、と思った矢先、楢卯月から今日何度目かの電話が来た。

 後夜祭のキャンプファイヤーが始まる前に、八組に来てほしいというのだ。素直に行ってみると、楢以外誰もいなくて、教室はがらんとしていた。代休明けの水曜日からまた授業を受けられるように、机や椅子は列に並べられていた。

 白いシャツにジーパンという装いの楢卯月は僕の言葉にこう応えた。

「花川くん。話があるのよ」

 いつになくかしこまった口調。教室にふたりきりというシチュエーションだ。……折角の機会だな。

「僕も楢に確かめたいことがいくつかある」

 そう、と呟いて、楢は近くの机に小さな身体をもたれかからせる。目で、そちらから先に話せと合図してきた。

「どこから話そうかな」

 僕はひとりごちて、楢と同じように机に寄りかかって楽な体勢をとる。ふたりの距離は、それほど近いわけではない。むしろ一対一で会話をするには少し遠いくらいだろう。まあ、定期放送時の、千両万衣の時ほどじゃないが。

「長くなるが、勘弁してくれ」

 距離があるため、自然と声も大きくなる。

「まずは……そうだな。千両の件だ」

 定期放送のあと、姿を消した千両万衣は、先生に自分が騒が師だと自白しにいったらしい。閉会式のときにちらりと姿を見たが、浮かない顔をしていた。後夜祭には行ってないっぽい。

「ミリオネア、あるいは騒が師である千両万衣の本当の目的を訊ねたい」

「本当の目的も何も、ただお祭り気分に酔っていただけでしょう」

 楢の言葉を無視し、僕は続ける。

「……あいつは、他人の罪をかばうためにミリオネアを演じたんじゃないのか?」

「どういう意味?」

 細い目が僕を見つめる。楢卯月ほど、感情の読み取りにくいやつはいないが、訝しんでいることだけはわかった。

「彼女の、ミリオネアとしての行動は傍から見ると、月ノ輪祭に乗じた調子乗りがはしゃいでいるように見えるが、それは違う。予告状や犯行声明を出したり、大きな音を出すその行動に意味があったんだろう。

 大きな音を出した理由は、犯罪性の最も低い方法の中で、広く人に伝わるから。人は音に敏感だ。コインが床に落ちた音がしただけで誰もが振り向く。今回のように、藪から棒に爆音がすれば、どこから音がしたのかを探るだろう。それに、大きな音は聞こえる範囲も広い。数回に渡れば耳にしたという人も多くなるに違いない」

「わからないわね。一番広く伝わるって、そんなの、目立ちたいのと変わらないじゃない」

 僕はすんなりと頷いた。

「ああ、そうだ。千両は目立ちたかったんだ。そのための犯行声明だ。ミリオネアを月ノ輪祭の間に全校中に広めたくてそうしたんだ。

 当然ながら、教職員にもそのことが伝わる。まあ、教職員に教えるために、千両万衣は一番最初に予告状を放送部に送りつけた。先生にとってみれば、予告状の内容は、十一年前を模倣しますよ、と宣言されたようなものだ。また後夜祭を潰されかねない。教職員はさぞ神経質になったことだろう。

 放送部に予告状が渡ったことにより、それが紹介され、探偵志願者という目立ちたがり屋まで現れ、ミリオネアを追い始める。

 これが千両の狙いだ」

「ふうん。よくやるわね、千両さんも」

 楢は腕組をして、さほど興味なさそうに言う。

「でもどうして千両さんはわざわざそんなことをするの? 先生からも、生徒からも追われるようなことを」

「捕まりたかったんだよ、千両は。ミリオネアだとみんなに認知された状態で」

 言うと、楢は眉間に小じわを寄せ、

「はあ? なに、捕まったらボーナスでももらえるというの?」

 と疑問を呈した。

「だから言ったろ。あいつは他人の罪をかばうためにミリオネアになった。これは僕の推測だがな、千両万衣は布志名駿竹と知り合いだったんだろう」

「だれ」

「数日前、坂月高校に『月ノ輪祭を中止しろ』という趣旨の脅迫状を出した本人だ。五人いる生徒会のひとり。今は停学中」

「解決したって聞いたけど、まさか生徒会のひとがそんなことをするなんてね」

 わざとらしく、手を口元にあて、驚いたポーズをする楢。もうちょっと子供っぽかったら可愛げもあったのに。

「ミリオネアの予告状と、脅迫状の差出人に共通するワードがあったらしい。偶然とは思えないから、どちらかが真似をしたものだとわかる。この場合、予告状の方があとだ。だから、ミリオネアもとい千両万衣は、脅迫状を出した布志名駿竹のフリをしたことになる。

 学校側も、脅迫状と予告状の差出人が同一人物だと考えるだろう。しかし布志名駿竹は停学中の身。予告状は出せない。だけど実際問題、騒ぎが校内のあちらこちらで起きている。さすれば、考えられることはひとつ。布志名駿竹は濡れ衣だった。犯人は他にいる。

 その状態で千両万衣が一連の犯人だとわかれば布志名駿竹はどうなる? 処分は免除されるだろう。代わりに千両がそれ相応の処分を受けることになるが」

 まとめると。楢が言う。

「花川くんは、千両さんが布志名って人の身代わりになるために、ミリオネアとして好き放題暴れまわっていたって言いたいわけね」

 頷く。

「ただ『あたしが真犯人です。だから布志名駿竹を許してあげてください』じゃ、説得力に欠けるからな。だから騒ぎを起こし、さも自分が真犯人だと思わせた。自首ではなく、誰かに捕まえられた形をとるほうが説得力も高いから、探偵志願者に自分を追わせるようにした。説得力のためだけの行動だから、犯罪性の低い方法を選んだ。考えれば考えるほど、身代わりのためだってことがわかるぞ」

 ふと楢は視線を外し、窓の方を向いた。外は真っ暗だ。窓に僕たちの姿が反射している。

「じゃあ、どうして千両さんは布志名駿竹のためにそこまでするの……っていうのは、さすがに野暮な質問かしら」

 千両万衣と布志名駿竹は学年こそ違うが、かたや文化委員、かたや生徒会役員だ。文化祭の会議で会っているだろうことは確実だし、それ以外の接点があったのかもしれない。『かもしれない』ばかりだが、脅迫状と予告状の差出人の名前に共通点があるために、簡単には捨てがたい可能性だ。

「質問いい?」

 楢が訊ねる。

「千両さんは自分を捕まえてほしいから、みんなに探偵として動いてもらうように仕向けたって言ったわよね。でも、凛藤くんが押し通さなければ、予告状が放送で紹介されることも、校内中に広く伝わることもなかったのよ。そこは運任せで済ますの?」

「楢、どうして僕が今、お前にこのことを喋っているんだと思う?」

 さあ、と楢が肩をすくめた。彼女は嘘が得意だ。少なくともポーカーフェイスは完璧だな。僕は楢を指差す。

「お前が千両万衣の共犯だからだよ。放送部に接触し、協力しているように見せかけ、都合のよいほうへ放送部――主に凛藤だっけか――を誘導したんだ」

 ふふふ、とおかしそうに笑う。

「花川くんの言うことっていつも面白い。でも証拠はないんでしょう? わたしが千両さんの仲間だって証拠。友達だってことを証拠にされちゃかなわないわ」

「あるぞ、証拠」

 堺さんの顔がふっと頭をよぎる。

「目撃証言がある。五回目の定期放送後、狙われた女子トイレから出てくるお前を見たというな。ちょうどその時間は千両は自分の教室にいてアリバイがあったわけだし、ドッペルゲンガーじゃないのだから、千両には共犯がいたと考えるのが自然だ。彼女がミリオネアだと認めた今となってはな」

「その共犯が、わたしだと。よかったら教えてくれないかしら。わたしを見たというその人の名前。ありもしないことを言わないでくれるって物申したいわね」

 よいしょっ、と言って、両手で身体を持ち上げ、彼女は机に座る。

「堺麻子。知ってるよな」

 楢は右に首を傾げた。

「……さあ、知らないわね。面識ないわ」

「堺さんは『女子トイレ前で、花川椿を見た』と言っていた」

 今度は反対に左に首を傾げる楢。おかっぱの横髪がふわりと揺れる。

「んん。椿さん? それじゃあ、花川くんの妹さんが犯人だってことになるじゃない」

「ならないよ。お前が僕の妹の名前で堺さんに接触していたことは知ってる」

 楢はなにを言っても落ち着き払った表情でこちらを見る。

「去年、まだ坂月高校に入る前、ここの学校説明会にお前は花川椿の名前で参加しただろう。そのときに堺さんと会ったはずだ」

「花川椿の名前で参加はしたわね。だって、花川くんに頼まれたもの」

 宙に浮いた足をぶらぶらさせる楢。

 楢の言っていることは正しい。僕は去年、急用のため、代わりに第一志望であった坂月高校の説明会に参加してくれと楢卯月に頼んだのだ。見返りでふたりでカラオケに行ったような気がする。

「花川くんの代わりなのだから、花川姓を名乗るべきだと思ってね」

 だからって妹の名前をかたることはなかったろうに。

「そこから堺さんの勘違いが始まった。堺さんはずっと、楢卯月は花川春樹の妹だと思い込んでいたんだ。身長のせいで年が下に見えたのもあったのだろう」

 楢が初めてむっと不機嫌そうな顔をした。密かに身長のことを気にしていたのかもしれない。

「認めるわけじゃないけれど、わたしと花川くんって中学時代はよく似ているって言われてたわよね」

 ほら、中学二年生の頃の担任である小菊先生とかに、『ふたりはそっくりだな』って。卒業式の準備をしているときに。

 と楢は言う。言われてみれば、そんなこともあった。心外だが。顔は似ていないが、オーラみたいなのが似ているんだと言われた。

「……話を戻す。せめて制服姿の楢を目撃していれば、堺さんも何かがおかしいと思っただろう。だが、今日の楢の服装は――」

 楢は首を引いて、自分の足を覆うジーパンを見た。

「上下とも私服ね。これ映研用に借りた物なんだけど、センス悪いわよね?」

 センスが悪いと思っていたのは僕だけだったわけではないらしい。

「お前の顔写真を見せたら、堺さんはこの人だと断言してくれたよ。この可能性を思いついたときは半信半疑だったが。学校生活の間で、一度でもすれ違っていれば、ばれていただろうし」

「わたしの写真なんて持ってたの? 花川くん、気持ち悪っ」

 誤解だ。

「中学校の卒業アルバムの個人写真だよ。椿に写真の写真を撮ってメールで送ってもらった」

 これが最後。これで、僕の手札はなくなった。これでもまだ反論するというのなら、彼女を認めさせることはできないだろう。

 短い時間のあと、楢はふう、と嘆息した。

「……そうね」

 不敵に笑う。

「わたしが千両さんの共犯者よ。あなたの妹さんの名前をかたったのは、ほんの出来心」

 彼女はひとつ息をついてから、話し出した。

「千両さんに協力を頼まれて、一度は断ったのよ。月ノ輪祭・一日目は完全にノータッチだし。

 でも二日目から気が変わったの。

 千両さんも、定期放送を利用すれば校内にミリオネアの存在を知らしめることはできるだろうけど、あいにく予告状の存在は放送されずじまいで困っているようだったし。それじゃ、やっぱり手伝わせてもらおうかしら、とね。放送部の凛藤くんと面識があるし、一度は定期放送のゲストのオファーも来ていたから、それを利用させてもらって、放送部に侵入した。

 月ノ輪祭が進むうち、不特定多数の出しゃばり生徒諸君に千両さんを捕まえさせてもらうより、凛藤くん自身に解かせたほうが簡単だし、後処理も楽だと思った。だから、プラン変更をして、彼をその気にさせて、推理を誘導した。さも自分の力でやっているように錯覚させてね。

 まあ、わたしがついていると言っても、彼の力を信じているわけではなかったから、いちおう保険で花川くんにも調査を要請したんだけどね。

 花川くんならすぐにピンときたと思うけれど、女子トイレで千両万衣さんらしき人物を見たという嘘の目撃証言は、わたしがやったものよ。八瀬辺先輩や凛藤くんにばれないように放送部に届いたお便りの中で、デマ情報とそうでないものを選り分けたりもしたわね。本当に必要な情報のみを凛藤くんに与えた。情報が錯綜していたら、取捨選択に慣れていないだろう凛藤くんに事件解決は少しハードルが高すぎるもの」

 凛藤くんは、チェスでいうポーンよ。自分がナイトだと勘違いしている、ね。楢はそう比喩した。

「マジョリティーで一般ピーポーである最弱のぽーんにそれほど期待はしていなかった。でもりんどうくんはわたしの引いたレールを通って、見事にプロモーションしてみせた。よくやったと思う」

 その賞賛の言葉は、凛藤に向けてなのか? それとも、黒幕として糸を引いていた自分自身に言っているのだろうか?

「まあ、わたしの前にこうやって立っている花川くんは正真正銘のナイトね」

 楢はそう付け加えた。それは蛇足だと思う。僕はそんなことではつけあがらない。

「花川くん、これは知っていたかしら。ミリオネアの由来。千両さんのご家庭は別に金持ちというわけではないのに、どうしてそんな名前にしたのか。千両万衣から千と万を取って並べると、千万になるでしょ。一千万。そういえば昔に、ミリオネアっていうクイズ番組があったわよね。あれの最大賞金が一千万円。そこから、ミリオネアってつけたのよ。十一年前の犯人は、本名をいじったものだってミステリ研の文集に書かれていたから、それを倣ったの」

 そうか。テレビは観ないからなあ、僕。

「それで?」

 机に腰かけたまま、彼女は両手を広げて見せた。

「それでわたしはどうすればいいのかしら。友人のために自分を犠牲にして動いたわたしは。凛藤くんを利用してしまったわたしは。自首すればいいのかしら?」

 首を傾げて、僕の言葉を待つ楢卯月。自嘲気味に口角をあげている彼女からは、余裕が感じ取れた。

「あー、違うんだ」

 僕はひらひらと手を振った。

「まだ話の途中。白日の下に晒すつもりは微塵もない」

「白目の下に晒す? 白眼視されるなんて、花川くんの普段通りじゃない」

「混ぜっ返すなよ」

 あと少しだけ傷ついた。白目と白日。漢字が似ているだけじゃないか。

 僕はごほんっとわざとらしく咳をした。

「楢が千両の片棒を担いでいたことを認めさせたのは、必要な過程みたいなもんだ。それに関しては、特に何も思っていない。騒が師を僕が追っていたのだって、捕まえたいっていう意思が僕にあったわけじゃないしな」

 楢は力が抜けたように、横に伸ばした両腕を下ろした。自嘲気味な笑みも消えていた。

「……あなたが一番聞きたかったことは、なに?」

 ストレートにそう訊ねてきた。だからストレートに答える。

「堺さんと真鈴が喧嘩する要因となったのは、お前か?」

 楢は、今度はさっきと逆の方へ首を傾げた。

「そのふたりって喧嘩してるの?」

「喧嘩していた。過去形だ。事情を説明して、もう仲直りしたけれどな」

「なにがあったの」

「夏休みにひと悶着。心当たりあるだろ」

「だからなんなのよ」

 とぼけているのか、本当にわからないのか、彼女の表情からはやはり読み取れない。本当に、一から十まで説明しないと認めてくれないらしい。

「つい数時間前に堺さんから聞いた話だ。堺さんと真鈴は夏休みが始まってすぐに、ふたりで市立図書館で課題をしていたらしい。俗に言う、夏休みの宿題ってやつだ。数十分で集中力の途切れた真鈴に、堺さんは休憩してきていいですよと言ったそうだ――」

続きます。

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