六.花川春樹と定期放送#6
前回の続き。恭太郎・推理編。
・凛藤恭太郎*一年八組。放送部。
・楢卯月*一年八組。春樹とは中学時代からの付き合い。
・花川春樹*一年六組。主人公。
・千両万衣*一年六組。文化委員。
[二日目・16:06]a
凛藤恭太郎はふとマイクに真剣に顔を向ける楢卯月の顔を盗み見た。恭太郎の視線に気づいたのか、楢が顔をあげて微笑む。やっぱりこの距離だと緊張してどぎまぎしてしまう。今日一日ずーっと一緒にいたはずなのに。慣れない。
(いかん、今は定期放送の真っ最中だ……)
気を取り直して、恭太郎は手元の原稿に目を落とした。話の構成は組んである。全校中に向かって、ミリオネアの正体を話すと宣言したばかりなのだし。話さないことには放送室を出ることはできない。恭太郎は緩んでいた顔を揉む。深呼吸をする。そしてもう一度マイクと自分を隔てるウインドスクリーンに口を近づけた。
[二日目・16:07]A
視線をスピーカーから下に向けると、千両万衣が楽しそうに体を揺らしていた。スピーカーからは、凛藤という放送部がマイクを通して話す声が聞こえてくる。
彼が、一連の事件の真相を話すというのだ。
『放送部に《アッキピテル・ミリオネア》と名乗る予告状が届いたのがそもそもの始まりでした。始めは誰もが悪戯だと皆が思った。しかしミリオネアは本当に現れ、予告通り、騒ぎを起こし始めた。昨日ミリオネアが現れた場所は順番に、渡り廊下、美術部、将棋部。今日狙われたのは一年六組、三階東女子トイレです』
『一見バラバラな標的に見えるわね』
ゲストである楢卯月が合の手を入れた。
『ええそうです。しかし、ミリオネアの狙う場所にはある法則――ルールがあったのです。このルールは誰にでも見破れるものでした。月ノ輪祭に二日間とも参加しているひとたちには。
まあ、種を明かさせてもらいますと、いずれもこの定期放送に登場した場所を狙っているようなんです。一回の定期放送につき、一か所』
『舐められたものね』
『そうですね、情けないことに』
あまり情けなさそうにしているようには聞こえないのだが。
『この調子でいくと、たった今紹介した、後夜祭のキャンプファイヤーが狙われかねません。十一年前の二の舞にはなってはいけません。狙われるとわかっているのに、同じ轍を踏みたくはない』
……じゃあ、キャンプファイヤーを紹介しなければいいじゃないか、という挙げ足取りは口には出さない。
楢が疑問を呈した。
『十一年前に何かあったの?』
僕はそういえば十一年前の話を彼女本人からメールで聞いていた。それのせいもあって、楢の合の手がますますわざとらしく思えてきた。
『ええ。実は、十一年前にも、ミリオネアのようなお調子者がいたんです。といっても、そっちの場合は、ミリオネアよりも罪の重い、連続盗難でしたが。十一年前、という単語を出してきたところを見るに、おそらくミリオネアは十一年前の事件を模倣しているのでしょう。面白いことに、十一年前の犯人の最終標的も、キャンプファイヤーにありました』
『その十一年前の初代ミリオネアはキャンプファイヤーで何をしたの? 薪を盗んだとか?』
『いえいえ。もっと酷いことですよ。盗んだ品々を、ファイヤーストームの薪の中に隠していたのです。もちろん、誰も知るはずもなく、火をつけられ、隠されたことが判明した時には手遅れでした。
そしてここからが更に問題。盗んだものの中に、火薬――花火があったのです。それも、大量の』
さて、と凛藤が話題を転換させる接続詞を口にした。
『楢さん。火薬に火をつけるとどうなるでしょう?』
間を置く。
『爆発するわね。……じゃあ、もしかして、今までキャンプファイヤーが中止になっていたのって』
凛藤が楢の言葉の先を読んで言う。
『その通りです。後夜祭のキャンプファイヤーは、花火が大爆発を起こしたために中止になったのです。夜に大きな音を立てたとなればもちろん、周辺の住民からのクレームは免れませんよね。
だっておかしいでしょう?
ただキャンプファイヤーというイベントそのものに住民からクレームがあって、キャンプファイヤーがなくなったとなれば、復活するなんてことはまずありえない。昔より、ますます住宅が増えているのが今の時代ですからね。このあたりも例外ではないでしょう。
けれど、十一年前のにのみ、何かが起きたとすれば、話は別です。十一年ぶりのキャンプファイヤーの復活は、もう初代ミリオネアが過去の話となったから――時効になったと学校側が判断したからのことでしょう』
不意に、千両万衣がこちらを振り向いた。嬉しそうな顔をしている。
「隠されていた秘密が明かされたときって、こう、背筋がゾクリとするというか、鳥肌が立つよね!」
「そう、だな」
僕の返事を聞いて満足したのか、また彼女は僕に背を向けてスピーカーを見上げた。相変わらず凛藤の声が続く。
『ぶっちゃけ、先生たちが密かにミリオネアを追っているという噂を耳にしますが、あれは復活したばかりのキャンプファイヤーを、また狙われてはかなわないと思ったからなんでしょう。二度もそんなことが起きれば、伝統ある後夜祭のキャンプファイヤーは、今度こそ復活することが不可能になるでしょうから』
『じゃあ、ミリオネアの動機は……キャンプファイヤーを潰すこと?』
『さあ、なんでしょうね。こればかりはわかりません。ですが、予告状や犯行声明などのやり方から察するに、ただ目立ちたいだけなのかもしれませんね。俺はこっちのほうが可能性があると思います』
『ふうん。……じゃあ、いい加減、犯人の正体を教えてくれないかしら』
いいでしょう、と凛藤。
『お昼頃、匿名希望なんですが、目撃証言が寄せられました。読み上げますね。――五回目の定期のあと、ミリオネアらしき人物を目撃しました。顔は見えませんでしたが、紺色の服を着た女子生徒です――。紺色の服を着た女性、というのなら、学外の人でも十分あり得ますが、この匿名希望さんは女子生徒だと断言している』
『何かしらの生徒である証があったってわけね』
『ええ。おそらく、制服なんだろうと思います。学校指定のスカートを履いていたんです。そうすると、紺色の服、というのは各々のクラスで揃えているTシャツだという可能性が高い。調べたところ、紺色のクラスTシャツを採用しているクラスは全部で五クラス』
『容疑者は……ざっと百八十人ってところね』
楢が冗談交じりにふふ、と笑う。
『ですね。ここから一気に絞っていきたいと思います。ミリオネアは、一日に三度ずつ、一定の間隔を置いて行動している。このことから、ある程度、自由の効く人でなければなりません。もちろん、一クラスにひとつずつ、お店を出しているわけですから、自由の効くひとなんてそういない。余裕があるだろうと思われる、劇がある三年生の中に、紺色のクラスTシャツはないですし』
『サボってたら自由が効くわね』
『サボりは違います。サボりなら、引き留められてしまえば、計画が途中で止められてしまうかもしれない。計画的に自由の効く人じゃなければミリオネアにはなりえません』
『でも、クラスの仕事を好きにできるひとなんているのかしら……』
『いるじゃないですか』
何言ってるんですか、と凛藤は言う。
『クラスメートに仕事を分担する役目がある文化委員なら、文句を言われずに好きなタイミングで休むことができるでしょう?』
僕はまた視線を下にずらして、紺色のシャツを着ている千両の背中を見る。彼女は当然のことながら、文化委員だ。
まあ、まだ容疑者候補は五人いる。一クラスにひとりずつ、文化委員がいるのだから。
『それじゃあ、かなり絞れたとはいえ、まだ五人いるわ』
僕の考えを楢が代弁してくれた。
『わかってますよ。……さて、ここで最初に戻って考えてみましょう。ミリオネアは、定期放送の内容をもとに行動している。よく考えてみれば、ミリオネアはかなりの超人だということがわかります。だって、定期放送を聞いたあと、すぐに事件を起こしているんですから。大音量を出すための用意も大変だろうに、しかもそれを誰にもばれずに成し遂げている。さながらエスパーのようです。
まあ、本物のエスパーなんているわけないですし、タネはありますよね』
短い間を置いて、
『ミリオネアは放送部の原稿を知っていたんです』
『で、でも、放送部の中に文化委員はいないわよ? だって、放送部にしか原稿を知る機会はないわけだし』
『放送部は出し物の内容紹介をしたわけです。そのときに、各文化委員や部長に話を聞いていると明かしましたよね。少なくとも、文化委員や部長の人は自分のクラスが定期放送で紹介されることを知っていた。
そして、被害にあったクラスの中に、そのクラスが放送で紹介されることを知っていなければ実行できないものがあるんですよっ』
凛藤の声が興奮気味になっている。いよいよ、推理はクライマックスに近づいているのだと思った。
それはなに? 楢が水を向ける。
『風船を割られたクラスがありました。調べたところ、かんきつ類のエキスを風船にかけたとわかりました』
『ああ、風船にかんきつ類の皮の汁をかけると割れるって聞いたことがあるわ』
『これを実行するには、かんきつ類の皮のエキスを用意しておかなくてはなりません。風船が飾り付けの中にあることも知ってなくてはならないし、それが手の届く範囲にあることも知っていなければなりません。ならば、必然的に、そのクラスの文化委員が犯人だということになります。知っている人は知っているんじゃないでしょうか。彼女の名前を』
千両を見れば、彼女はこちらに背を向けているので、何を思っているのかはわからない。じっと、視線を上にしている。
短い間を置いたあと、凛藤恭太郎は断言した。
『ミリオネアは、風船を割られた一年六組の文化委員である、千両万衣さんだということになります』
僕は、何の反応も示さない千両に話しかけた。教室の端から、端の距離を保って。
「本当に、お前なのか」
千両が振り向く。顔は笑っていた。空元気のような気もする。
「あたしは、ミリオネアだよ。凛藤くんも言っていたじゃない。名指しされたから、自首しないといけないや。あーあ、最後まで捕まらないと思っていたのになあ」
「そうじゃない」
僕の言葉を無視して、千両は教室のドアに向かう。彼女が手をかけたあたりで、楢卯月の声が聞こえた。もちろん、スピーカーからだ。
『以上、月ノ輪祭放送部特別企画、怪盗ミリオネアを追え! でした。どうですか、犯人探し、楽しんでくれたでしょうか。千両万衣さんには名前を借りただけです。本当の彼女は、文化委員として、クラスを一生懸命引っ張ってくれていた、真面目な娘です。なお、責任は全て放送部にあります』
思わず笑みがこぼれた。初めから事件そのものを、ドッキリとして処理するつもりだったのか。千両も僕と同じように驚いているようだ。千両はさながら妹を自慢する姉のように僕に言った。
「楢さんはね、クールで知的だから、とっつきにくいように思われがちだけど、実はとても優しい娘なのさ。あたしには、なんでもしてくれるんだから」
言うと、僕の返答も待たずに、千両万衣は教室を出て行った。教室には僕だけが取り残される。
定期放送はまだ終わっていない。凛藤はニュースキャスターのような、冷めた口調に戻っていた。
『さて、一時間ぐらいあとに閉会式をして、六時半から後夜祭があります。こちらは生徒のみですので、一般のお客様はここでお別れですね。十一年ぶりのキャンプファイヤーも楽しみです!
では、最後の定期放送、ご清聴ありがとうございました。楢さんも、二度の登場、ありがとうございました。最後は俺の好きな、軽音楽部のオリジナル。《お祭りは終わった》という意味があるこの曲を流してお別れといきたい思います。では、また来年、お会いしましょう!』
指定した音楽が流れ始める。
しかしまだ、月ノ輪祭は終わらない。
月ノ輪祭は終わりません。




