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ユースフル!  作者: 幕滝
Welcome to TUKINOWA FESTA !! 〜二日目〜
63/67

六.花川春樹と月ノ輪祭

前回の続き。

・花川椿*中学生三年生。春樹の妹。

・花川春樹*一年六組。主人公。

・凛藤恭太郎*一年八組。放送部。

・楢卯月*一年八組。春樹とは中学時代からの付き合い。

・八瀬辺楓*二年五組。放送部。

・千両万衣*一年六組。文化委員。

[二日目・13:18]B


 電話がかかってきた。スマートフォンに表示された名前はわたしの兄である花川はなかわ春樹はるき。別に無視してやってもいいけれど、春樹から電話なんて珍しいから、大変な用事でもあるのかもしれない。

 横髪をかきあげて、スマホを耳に当てた。

椿つばき、お前なのか?』

 もしもしという隙すらなく、春樹の声でいきなりそう問われた。

「何の話をしてるの?」

『……身に覚えがないというのか?』

 ……え、なんだろう。春樹はなにを責めようとしているの?

 んー、あれかな。一週間前、春樹が買いだめしていたアイスの最後のひとつを、わたしが勝手に食べたやつ。でも、さすがにそんなことで電話してこないでしょ……。

 じゃ、昨日、春樹が文化祭デートしていた真鈴ますずあやめさんを、わたしが奪ってしまったこと? それでも、このタイミングで電話してくるとは思えないなあ。

「やっぱり心当たりがないけど」

 わたしが答えると、春樹は向こうで誰かと話し出した。女の人の声が聞こえる。知らない女の人だ。『椿さんはどう言ってるんですか』と言っている……と思う。はっきり聞こえないので断言できないけれど。

 数秒あと、再びわたしに向けた春樹の声が聞こえてきた。責めるような口調ではなくなっている。恐る恐るといった口調だ。

『なあ、椿。お前、さかい麻子まこって人と知り合いか?』

「サカイマコ……」

 どこかで聞いたことがあるような気がする。誰だったっけ。

「……あ、思い出した」

『知ってるのか?』

 わたしは頷いた。向こうに伝わらないのはわかっているけれど。

「うん。春樹……お兄ちゃんの友達、黒縁眼鏡で長い黒髪でイイ子ちゃんで、そして、ストーカーだね」

『は? ストーカー?』

「断定はできないけれど」

 わたしは視線を上にして、記憶を探りながら話し出す。

「一年前の五月かなあ。ちょうど、中学校で連続放火事件があったときあたり。わたしの学年である噂があったの。やけに礼儀正しい黒縁の眼鏡をかけた少女が、『ツバキ』という名前の生徒を探しているって。わたし、変なことに色々首を突っ込んできたからね、また誰かに恨まれてるのかなあって警戒していたの」

『色々首を突っ込んできたってのは初耳だぞ』

 無視する。

「それで、ディフェンスばかりじゃ駄目だなって思って、逆に向こうのことを探ろうと思ったの。友達に協力してもらってね。そしてストーカーの名前が『堺麻子』だってことを知った。まあ、その他色々調べさせてもらった結果、どうやら無害っぽいってことがわかったんだけどね」

『堺さんが『ツバキ』という少女を探していたのは玉依葵って人のためなんだ。気にするな。……それで?』

 それで……。まだ堺麻子について話せと? 彼女のことでそこまで引き出しはないのだけど。

「それで、お兄ちゃんと同じクラスになったって知って驚きたまげたのが今年の七月」

『それで?』

「それで? それでってなに?」

『それではそれでだ』

 埒があかないと思ったのか、春樹が言う。

『椿、お前は堺さんに会ったことないのか?』

 ん……。

「ないよ」

『一度も?』

 しつこいなあ。

「ないよ」

「…………」

 相手が黙ってしまった。

「どうしたの?」

『坂月高校の説明会で、堺さんに会ったりは?』

 質問されてばっかりで、全然こちらの問いには答えてくれない。尋問されてる気分だ。わたしは少し憤然とした態度を口調に表しながら、答える。

「……ないって」

 また返事がなくなった。兄の質問の意図がさっぱりわからない。

『そもそもお前、月ノ輪祭に来てるのか?』

 今度は話題を変えてくる。春樹に振り回されることが無性に気に食わない。

「来てないよ。今、家」

 居間のソファーに深くもたれかかって、テレビを観ている。さすがに電話に出るときにテレビは消音にしたけれど。

 月ノ輪祭は昨日のうちに目ぼしいところはすべてまわったから、今日はもう行かないことにした。その趣旨を伝えると、

『そうか。……じゃあな』

 と一方的に別れの挨拶を告げてきた。こちらは納得していないのに。と思っていたら、春樹は何かを思い出したように、ああ、そうだ、と小さく漏らした。

『お前、急に僕のことを気持ち悪い呼び方をするようになったけど、どうしたんだ。悪いものでも食ったか』

 わたしは含み笑いをする。『春樹お兄ちゃん』ってやつか。数日前までは春樹って呼び捨てだったから、わたしも春樹も慣れていない。

 少し間を置いてから、なるべく意味ありげに言った。

「わたしにもターニングポイントが来たんだよ」

 相手の返答を待たずに、こちらから通話を切った。今頃、春樹はクエスチョンマークを浮かべているに違いない。ふふふ。仕返し。いい気味だ。


[二日目・13:20]a


 なら卯月うつきが放送室に戻ってきたのは、一時二十分ごろだった。恭太郎きょうたろうかえでのふたりきりの放送部のドアを半分程度開けると、申し訳なさそうに顔だけ出して、上目づかいに、

「ごめんなさい、お昼ご飯を食べていて遅れました」

 と謝罪した。別に彼女はいってしまえば部外者だから、ここにいることが不思議なくらいなのだが。

 席に着くと、楢は彼女にしては珍しく興奮気味に、ふたりに問いかけた。

「ミリオネアを捕まえることができましたか?」

 恭太郎は力なく首を振る。

「駄目だった。空振り。俺はずっと二年五組を見張っていたのだけど、そこは何事もなくて、被害にあったのは三階の女子トイレだった」

「女子トイレですか」

 楓が頷く。

「そう。定期放送でわたしがトイレについて喋ったでしょう? 多分、ミリオネアのルールは定期放送内で話題に上がった場所ってことなんじゃないのかなってのが、わたしと凛藤りんどうクンの見解」

「目撃証言とかは」

「今のところはない。そもそも人が少ない場所を狙ったみたいだから、仕方ないといえば仕方ない。犯人を見たって人がいれば放送部まで教えてくれればいいんだけど」

 がたっと八瀬辺やせべ楓が立ち上がる。

「ちょっとわたし、放送部の《みんなの声ボックス》覗いてみるね」

 そう言って、放送部を出て行った。正直、恭太郎は期待していなかった。今までのお便りも、特に犯人の正体に繋がりそうなものはなかったからだ。

 しばらくして、勢いよく放送室のドアが開かれ、ハガキサイズの紙――投稿用のプリント――を持った楓が現れた。

「見て見て! ミリオネアを見たって報告が!」

「本当ですかっ?」

 驚いて、恭太郎は思わず席を立ってしまった。だが楢に見られていることに気づいて、それが瞬時に彼を冷静にした。

「……ガセネタじゃないんですか?」

「ううん。それっぽくない感じ」

 八瀬辺は紙を机の上に置き、恭太郎と楢が覗き込む。匿名だった。恭太郎がメッセージ欄に書かれた鉛筆書きの一言を読み上げる。

「『五回目の定期のあと、被害に遭った三階の女子トイレ近くでミリオネアらしき人物を目撃しました。顔は見えませんでしたが、紺色の服を着た女子生徒です』」

 楢が言う。

「もし間違いだったとしても、これを書いた人に悪意はなさそう。故意に嘘情報を書き込むのなら、もっと具体的に、誰それが犯人だと書けばいいもの」

 それから、小さく付け足した。

「かと言ってこれを百パーセント信じちゃうってのも危険だけど」

「でもこれがもしミリオネアによる操作のかく乱のためとかだったらどうする?」

 八瀬辺の質問には恭太郎が答えた。

「俺、思うんですけど、ミリオネアはそんなことはしないんじゃないかと思います。だって、ミリオネアって律儀に予告状を出してきたり、わざわざ犯行声明を置いていくような人なんですよ? 彼、もしくは彼女なりにフェアに行動すると思うんです。自身のルールに従って」

「嘘をつくのはミリオネアのルールから外れると?」

 恭太郎は頷いた。

「そういうことです。例えるなら、ひっかけ問題を出す人のような心理です」

 納得したように、楓は落ち着いて席に座ったが、

「まあ、これが正しかったとしても、わかったことといえば、犯人はやっぱり女子ってことくらいだねえ」

 と言った。

 恭太郎は内心焦っていた。被害は五件。定期放送に従ってターゲットを決めるのなら、あと一回でミリオネアの動きは完全に終わる。それだけで捕まえる技量が果たして俺にあるのか? 少なすぎる制限時間で、犯人に辿り着くなんて無理だったんじゃないのか? そんな疑問が絶えず湧いてくる。

 恭太郎はそんな暗い考えを振り払うように、ぶるぶると首を振った。楢がどうしたの? と訊いてくる。

「いや、なにもないよ」

 恭太郎は考える。そうだ。彼女に良いところを見せるためにも、俺は頑張らないと。花川というやつに勝たなければいけない。ここで頑張らないと、もう彼女を振り向かせるチャンスはなくなるかもしれない。

 あと五時間もしないうちに月ノ輪祭は終わり、後夜祭が始まる。どんな気持ちで後夜祭を迎えることができるかは、俺の腕にかかっている。恭太郎はそう強く思った。

 恭太郎は端にもうひとつだけある机、その上に置いてある定期放送の原稿の束に目をやった。次に狙われる場所。それが被害を受けるのだけは防がなければ。放送に注意すれば、ミリオネアを待ち伏せすることはそう難しくない。

 楢が誰ともなしに呟いた。

「もうめぼしい情報は入ってこないかもしれないのよね」

 それから、上目づかいで恭太郎に視線を合わせてきた。

「凛藤くん。あなたは、推理、できる?」

 推理をする。人生初めての経験だが、やらなければ、もうあとはないと恭太郎は心に強く刻んだ。

 目標時間は最後の定期放送まで。それまでに犯人を見つけ出すことができるのだろうか。恭太郎は目を通したばかりの匿名による目撃証言を眺める。これは女性による筆記だろうと彼は思った。

 すると次の瞬間、頭に雷が落ちてくるような感覚に襲われた。

「……楢さん、八瀬辺先輩!」

 急に声を荒げた恭太郎を見て、楓がどうしたのという顔をする。

「もしかすると、ぐっとミリオネアに近づけるかもしれません……!」

 恭太郎は壁にかかった時計を見た。大丈夫、まだ時間はある。


[二日目・15:55]A


 月ノ輪祭もあと一時間程度で終わるという頃、ジュースやお菓子やらのストックが尽きた。そんなわけで少し早いが店仕舞いすることになり、今教室にいる客が最後ということになった。クラスメートの何人かは、心なしリラックスした表情になっている。

 文化委員の千両せんりょう万衣まいが、少し離れた場所でクラスメートの女子に喋る声が聞こえた。

「昨日よりも少しだけ多く買い出しをしたんだけどねえ。もっと買い物しとけばよかった」

 悔しそうにそう言うが、彼女の顔はほころんでいた。充分に、クラスの出し物は成功したと言ってもいいだろう。

 そうして最後の客も去り、千両が教壇に立って、今日当番に当たっているクラスメートに向かって声を張り上げる。

「みなさん、お疲れ様でした! 後片付けはあとでいいから、残り一時間ほどの月ノ輪祭を楽しんできてください!」

 その言葉を皮切りに、今まで店員だったクラスメートが、それぞれお疲れ様と労い合いながら、教室を出て行く。一、二分のうちに、教室に静けさが降りてきた。僕はといえば、まだ会計係りの椅子におさまったままでいた。

 黄色のカチューシャをつけている千両万衣は、教壇に立ってこちらを不思議そうに見ていた。その顔に話しかける。

「なんだよ」

「遊びに行ってもいいよ? 約束通り、昼休憩から戻ってきたあとはしっかり働いてくれたし。お疲れ様」

「お疲れ様。遊びに行くといっても、昨日十分に回ったからな」

「真鈴さんと、だね」

「…………」

「いや、そんな怪訝そうな顔しないで。昨日、堺さんと真鈴さんから聞いたんだ」

 僕と千両、どちらも互いに近づこうとしないから、教室の端から端の距離での会話だ。部屋には僕と千両のふたりだけになっていたからできるのである。

「千両こそ、どこかに行かなくていいのか? ずっとクラスに付きっきりだったんだろ」

「いいのあたしは。一度言ったと思うけれど、休みは自由にもらってたし。ずっと働いていたってわけじゃないんだ」

「そうか」

「そうだよ」

 千両が天井を仰いだ。

「それに、よく聞こえるだろうしねえ。ここなら」

 彼女が言い終えるか否やという時、教壇の真上にあるスピーカーから、六度目のピアノの音が流れてきた。

「来たね最後の定期放送」

 彼女はピアノの演奏にリズムを刻んだりして、こころなしか楽しげだ。僕は言う。

「ミリオネアって知ってるか。騒が師でもいいのだけど」

 僕が訊くと、千両は片目をウインクして、人差し指を口元に持ってきた。静かに、という意味なのだろう。僕は肩をすくめ、千両と同じようにスピーカーへ視線を注ぐ。やがてピアノが止んだ。

『こんにちは、みなさん。月ノ輪祭もあと一時間でお終いとなります、ラストスパート、頑張ってください。放送部より、定期放送です。最後の六回目は、予定していた放送部部長に代わり、俺、凛藤恭太郎が四回目と同じくパーソナリティーを務めます。

 早速ですが、最後のゲスト。これまた第四回と同じく、一年八組の楢卯月さんです』

 ……また、楢?

「あいつってそんなに目立ちたがるタイプの人間だったっけなあ」

 ひとりごちると、千両が視線を下げて僕を見た。

「花川くんって楢さんと知り合いだったんだ?」

「まあな。中学が同じだった。中学校時代の同期で一番よく喋った異性かもしれん」

 年上にまで範囲を広げたら、別の人が出てくるけれど。

『こんにちは。楢卯月です。でしゃばってしまってすみません』

『楢さん、よろしくお願いします。では早速ですけど、出し物紹介のコーナーです』

 次も騒が師が動くのであれば、ここで紹介されるものが狙われるのだろうな。

『しかしながら、月ノ輪祭もあと一時間となりました。なので今回は別のものを紹介したいと思います。月ノ輪祭と並ぶイベントの話ですよ』

『ああ、もしかしてあれのこと?』

『ええ、そうです。あれです。みなさん、お待ちかねの――』

 凛藤は溜めてから、一息に吐き出すように言った。

『――後夜祭です!』

 凛藤の台詞のあとに、口笛や拍手で祝うような効果音が流れた。まあ、台本通りなのだろう。

『有志によるダンスやコントなどの出し物をしたりします。俺たち一年生にとっては初めてで、わくわくですね』

 説明口調で凛藤が続ける。

『一説には、現在の月ノ輪祭は実は前夜祭で、後夜祭が月ノ輪祭本体とも言われています。昔はただの月見だったそうですね』

『団子を食べたり?』

 はははと凛藤が笑う。

『そうですね。そして今夜の後夜祭では、あるものが復活します』

『え、凛藤くん、なんなの。気になる』

 今のは棒読みっぽくて不自然だった。楢、お前はそれでも映研の看板女優なのか。

『キャンプファイヤーですよ。火を囲んで踊るんです。既にグラウンドの真ん中あたりで組んだ薪を見た人がいることでしょう。ちなみに、十一年前までは普通にやってたらしいですね。近所の苦情があって中止になっていたそうですが』

 それから二、三、キャンプファイヤーについて喋ったあと、凛藤が『ところで』と話題を転換した。それを区切りに、明るいトーンから、真面目な口調に変わった。

『月ノ輪祭ももうすぐ終了です。ですから、伝えておこうと思うことがあります。第四回の時に話した、ミリオネアのことです』

 お、やっときた。千両がスピーカーに顔を向けたままひとりごちる。どうやら騒が師の話題を楽しみにしていたらしい。

『俺の煽るような台詞で、探偵みたくミリオネアを追っていた人もいたでしょう。その件は謝罪します。すみませんでした。だからそのお詫びに、ミリオネアの正体についてお話ししたいと思います』

 ガサガサと紙のすれる音がする。必要なものを整理しているのだろう。

 凛藤という青年の推理を、とくと拝聴させてもらおう。

続きます。

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