五.楢卯月と定期放送#5
前回の続き。
・凛藤恭太郎*一年八組。放送部。
・八瀬辺楓*二年五組。放送部。
・花川春樹*一年六組。主人公。
・堺麻子*一年六組。人を疑ったりしない性格。
[二日目・12:15]a
次の定期放送は楓が再びパーソナリティーをつとめることになっている。
放送室で、恭太郎とお花を摘みに行っていたらしい楓が二人、机を挟んで向かい合う。楢卯月は別の用があると言って、どこかに行ってしまった。
机の上には次回用の原稿が数枚置かれている。恭太郎は原稿の一枚を手に取りながら言う。
「俺の推理では、ミリオネアは、舐めたことに俺たち放送部の定期放送で紹介された出し物をターゲットにするっぽいんです。だから次のターゲットはここ」
原稿の中の一文を指差す。楓も、そこに目の焦点を合わせた。
「二年五組の、クイズゲーム……。ああ、わたしのクラスかあ」
「そうなりますね」
恭太郎が頷くと、楓は小さく合掌して、片目を閉じた。
「お願い。別のところの紹介に変えてくれない? いくらクラスにほとんど参加してないとはいえ、自分たちの出し物が妨害されるのを黙ってみておくわけにはいかないし」
「はあ。でも、二年五組の文化委員に取材をしたときに、そちらの出し物を紹介させていただきますって宣言しましたし。それを客寄せのあてにしてるかもしれませんよ」
「でもねえ」
納得してくれない先輩に、恭太郎は少し強く言った。
「それに、八瀬辺先輩には悪いですけど、今から他のクラスの出し物を調べて原稿にするってのは無理ですよ。原稿の差し替えを、原稿の執筆を引き受けてくれた部長に無断でするにはいきませんし……」
そうねえ、と楓は嫌々ながらも了解したようだった。疲れたように楓は言う。
「お便りは昨日よりも明らかに増えているけど、これといってミリオネアに近づける手がかりはないわけだし……」
恭太郎に視線を向ける。
「待ち伏せするつもりなんでしょう? 絶対に捕まえなさいよ、犯人」
恭太郎は、無言で頷いた。
[二日目・12:55]A
二十分だけと約束をして、クラスの仕事を抜けてきた。定期放送が始まる前に、虫押さえに昨日と同じ店で焼きそばをたいらげた。
そのあとに僕が向かった場所は二年五組の教室。出し物はクイズゲーム。もちろん、遊びに来たわけではない。騒が師の、次のターゲットがおそらくここなのだ。――放送部に内通している楢卯月にいち早く原稿の内容をメールで教えてもらった。楢によると、放送部の凛藤恭太郎とやらも、騒が師の法則性に気づいているらしい。
教室には入らず、僕は廊下から様子を伺う。教室内は他の部屋と同じように、カラフルに装飾がされていたが、今回は何か破裂したりするものはなさそうだ。客はそれほど多いわけではない。やはり、フード系のお店に客を持っていかれているのだろう。
もうそろそろ定期放送が始まるかな、と思ってケータイを探したまさにその時、天井のスピーカーからピアノの調べが流れてきた。もうすでに四度も聞いた、定期放送のオープニング曲だ。そして、聞き覚えのある女の声。
『はいはい、こんにちは、みなさん! 放送部より、定期放送です! 第五回目は第一回と同じく、不肖わたし、八瀬辺楓がお送りしますよっ。
いやあ、どういうわけか放送部への便りがどっと増えて、嬉しい限りです』
少しの間を置いたあと、
『えっと、ゲストや、出し物紹介の前に、まずはお伝えしておくことが』
騒が師のことかもしれないと、耳に神経を集中させ、目をつむる。
『これは生徒だけでなく、一般のお客様にも聞いてほしいことなんですが、トイレでは、ティッシュペーパーは流さないようお願いします。昨日、清掃委員から便器が詰まっていたと報告があったらしくて。汚い話でごめんなさい。昼食の方もいるでしょうに、失礼しました』
……肩すかしをくらった気分だ。
『さて、ゲストの紹介です。第一回目はゲストがいなかったので、ちょっとドキドキしてますわたし。
さて、嬉しいことに、自らゲストとして出演してみたいと言ってくれた方です! 三年二組の』
『どーもどーも! 飛燕やで!』
パーソナリティーの言葉を遮り、彼女をさらに上回る元気と一瞬でわかる関西弁で登場したのは、いつかの映画研究部の部長だった。確か眼鏡をかけていた。
『知ってる人は知ってると思うんやけど、俺、映画研究部ってところに所属してて。つい二時間前に、ウチの楢卯月っていう娘がゲストとして登場してるのを聞いて、ほんなら、俺も出てみようかなって思ったわけやねんけど、なんか悪い気、するなァ、こう縦続けに映研の連中が出てきて。――まあ、よろしくな、八瀬辺さん』
『は、はい。よろしくお願いします。開始早々辟易してますよわたし。
……さて、飛燕さん。飛燕さんも何か言いたいことがあってここに来たんでしょうけど、まずは出し物紹介させてくれませんか。本当は出し物紹介してからゲスト紹介するつもりだったんですから』
ええでー、と気楽な調子で飛燕が応える。
『ありがとうございます。……二年五組の《早押しクイズ!》です。どストレートなタイトル通り、早押しクイズに挑戦するという内容です。これ、実はわたしのクラスなんですよ。だから紹介にも力が入るってものです。クイズが苦手だって人も、参加賞とかありますから、ぜひ来てください』
僕は改めて目の前の教室を見る。やっぱり楢の言っていた通り、ここで合っていた。さて、もうぼーっと放送を聞いてられない。次のターゲットが全校中に宣言された。いつ騒が師が現れてもおかしくないのだ。教室に入る人に気を配る。特に、何か荷物を持っている人は要注意だ。
『五組の文化委員さんにインタビューしてみたところ、「用意したクイズは全部で五百問もあるから、何度来ても楽しんでもらえるぜ!」だそうです。定期放送で紹介するって教えたら、喜んでました』
『あれ、八瀬辺さん、頬染めてどないしたんや。文化委員さんってもしかして男か?』
『変なこと言わないでください! 染めてないですよっ!』
八瀬辺楓はときたま合の手を入れる飛燕と会話しながら、数分にわたる出し物の紹介を終えた。その間、怪しい人が教室に入っていくことはなかった。
飛燕は楢と続いて二連続で映研の紹介をし、ラジオは飛燕のリクエストしたアニソンで締めた。意識から外れていた喧噪が再び舞い戻ってくる。
放送の効果があったのかよくわからない客数だった。少なくとも僕には放送前とあまり客足は変わっていないように感じた。ただ気になるのは――僕と同じように、廊下を行き来する人を睨むように観察する数人の生徒。おそらく、定期放送に影響されて探偵を志願した暇人たちだ。もっと時間を有効に使うことはできないのか。
「……ま、僕が言えた立場じゃないよな」
自嘲的な笑みと共に、僕がつぶやいたちょうどそのとき、制服のポケットが震えた。ケータイのバイブレーション機能だ。長いこと震えているから、電話らしい。相変わらず廊下に視線を這わせながら、画面を表示させる。『堺麻子』とあった。
僕がもしもしと返事をするとすぐに彼女の声が飛んでくる。
『もしもし、花川さん!』
「どうした」
千両が自分のポリシーを守っているのなら、堺さんは今はおそらく自由時間だ。
だがしかし、続く言葉は、僕のそんな疑問など忘却の彼方へ吹き飛ばすほど威力のあるものだった。
『騒が師が、別のところに現れたんです!』
「なんだって?」
さらにもう二分待ち、二年五組にはもう騒が師は現れないだろうと見切りをつけた僕は彼女のもとへ向かった。
[二日目・13:10]a
さっきまで、二年五組の前で周りをキョロキョロしていた紺色の服を着た男子生徒が突然走り去っていったのを恭太郎は見た。密かに容疑者候補に入れていたのだが、彼はシロだったか。
「いやしかし、ミリオネアはいつ現れるのかなあ」
[二日目・13:12]A
花川さん、遅かったですね。堺さんのもとへ向かった僕を彼女はそんな言葉で迎えてくれた。
三階、特別教室・三の前。この教室は校舎の端にあり、文化祭中は空き部屋になっている。そのため、本当はこのあたりには人は少ないはずだった。それなのに、すぐ近くに見える女子トイレの入り口を何人かの野次馬が囲っている。性別に関係なく、だ。女子トイレの前には、女の先生が立ちふさがっていた。
「何があったんだ?」
僕が訊くと、堺さんはトイレの方を目で示した。
「今度は爆竹です。女子トイレの個室からバババンと。私、驚いて身がすくんでしまいました」
そう言い、紺色のクラスTシャツの胸に右手を当てた。
「堺さんはどこにいたんだ?」
そして僕は女子トイレの入り口を見て少し考えてから、付け加えた。
「……嫌だったら答えなくていいけど」
「どういう意味ですか?」
どうやら僕の心配は杞憂だったらしい。堺さんは後ろに回していた左手を前に持ってきた。彼女の指は、画用紙の端をつまんでいる。
「これのせいです」
見ると、『一年七組、たこせん』と、白の画用紙に黒のマジックペンで乱雑に大きく書かれていた。量産型の手抜きといった感じの宣伝用ポスターだ。
「たまたまそこの階段を上り終えた時に、すぐ目の前で女子生徒が窓に貼られたこのポスターにべったり張り付くようにしているのが見えたんです。それで私、気になって訊ねてみました。彼女はどうやら文化祭実行委員らしくて、学校の許可がない、違反しているこのポスターをはがそうと躍起になっていたみたいで。それで『私が代わりにやっておきますよ』と申し出たわけです」
いかにも篤実な人柄の堺さんらしいけど、やっぱりこの人、自ら文化祭を楽しもうという気持ちはないんだなあ……。殺身成仁精神、さすがです。
「どこのメーカーのセロハンテープを使っているのか、このポスターが全然剥がれなくて四苦八苦しているときに、バババババンと火薬が破裂するような音がして。ちょうど定期放送のすぐあとでしたね。音はその女子トイレからだとすぐにわかりました。で、おそるおそる中に入ってみると、火薬の匂いとともに、爆竹が落ちていました。床の白に同化していて最初は気づきませんでしたが、カードみたいなのも落ちていて。すぐにわかりました。これは騒が師の仕業だと。それで、慌てて花川さんに連絡を」
「騒が師は?」
「トイレにはすでに誰もいませんでしたから、爆竹に火をつけたあと、すぐにトイレを出て行ったのかと」
それから遅れて音を聞いた野次馬や先生が集まってきたそうだ。カードの内容は今までと全く同じらしい。さすが真面目な堺さんだ、カードをとんずらしてくるようなことはなかったようだ。――と思っていたら、
「花川さん、秘密ですよ」
彼女がポスターを掴んでいた手首をぐるりと回した。今まで画用紙に隠れて見えなかったが、親指のところにグリーディングカードらしきものがあった。
「教職員たちが騒が師を追っていると聞きますけど、私は花川さんのほうがよくやれると信じてるんですよ。やる気を出した花川さんがいれば百人力です」
信用もここまでくると怖い。受け取っておくけれど。
「堺さんは階段前の、女子トイレが見える位置にいたんだよな? 誰か怪しい人、見てないのか?」
女子トイレから特別教室の方向は袋小路になっている。非常階段もない。そのため、女子トイレから出てどこかへ行くにはその反対側、階段の方向へ行かないといけない。そのため、階段の前の窓で頑張っている堺さんの後ろを必ず通っていかなくてはいけないのだ。
頼みの綱である彼女は少し間を置いてから、答えた。
「ただひとり、私の後ろを通って女子トイレに入っていった人がいました。よく考えてみると、その人が私の後ろをもう一度通ったあとすぐに爆竹が鳴っていましたね」
なんと。
僕は一歩距離を詰める。
「誰だ? 顔は見たか? 知ってるやつか?」
僕の問いに、堺さんは困ったような笑みを浮かべながら、頷いた。
「――椿さんです。……花川さんの、妹の」
呆然となった。
続きます。




