四.凛藤恭太郎と定期放送#4
前回の続き。
・凛藤恭太郎*一年八組。放送部。
・楢卯月*一年八組。春樹とは中学時代からの付き合い。
・八瀬辺楓*二年五組。放送部。
・花川春樹*一年六組。主人公。
・加賀屋蓮*一年八組。春樹の唯一の男友達。
[二日目・9:28]a
相変わらずケータイに夢中な八瀬辺楓とふたりきりの放送室で、恭太郎がノートにペンを走らせているところで、楢が戻ってきた。長いトイレだったな。口にはしないつもりだったが、恭太郎の考えを読み取ったのか、楢は小さく合掌して、謝ってきた。
「ごめんなさい。友達と会って、お喋りしてしまってたの」
恭太郎に責めるつもりはハナからなかった。
楢は彼女に目もくれない楓を一瞥したあと、恭太郎の手元のノートを覗き込んだ。
「なにしてるの?」
彼はシャーペンを動かす手を止めて答えた。
「第四回目の定期放送までもう三十分足らずだから、喋らないといけないことをメモしてた」
ふうん、と楢は呟き、ノートの文字列を眺めたあと、恭太郎に訊ねた。
「凛藤くんは騒が師のことを調べたあとはどうするつもりなの?」
「ん?」
放送部やクラスの仕事はもうないから、多分、普通に月ノ輪祭を回る予定。と恭太郎は続けて答えた。
「じゃあ、騒が師のことは調べたりしないのね」
「そりゃまあ、騒が師をこれ以上追っても仕方ないし。俺が今、騒が師のことを考えているのは、定期放送のネタになるからだよ。もう出番はないから、わざわざ追う必要もない」
恭太郎が断言すると、楢は考えるような仕草を見せた。
「どうした?」
「……凛藤くんはミリオネアからのメッセージを紹介するつもりでいるのよね? あれには挑発するような一言も含まれている。ミリオネアの言葉に乗るひともいないわけじゃないでしょう」
「そう……だな」
「だからこういうのはどうかしら。探偵志願者を募って、ミリオネアを捕まえること自体をイベントにしちゃうの。上手くことが進めば、スタンプラリーよりも大きな、学校中を巻き込んだイベントにすることができるわ。それに、騒が師もとっちめられる。一石二鳥じゃない?」
なるほど、なかなか面白いことを考える。恭太郎はそう感じた。予告状が届いた放送部だからこそできるイベントだし、これを見逃す手はないかもしれない。
「ただ、問題があるねえ」
不意に楓が発言した。どうやら聞き耳を立てていたらしい。
「予告状とこれまでの騒ぎだけじゃ、犯人に辿り着くヒントが少なすぎるよ。あまりに無理な話だと、誰も参加したがらないかもしれない」
楓の反論に楢が応える。
「ミリオネアからのメッセージに、ひと騒ぎではなくそれの六、七倍の騒ぎを起こすとあります。つまり、月ノ輪祭の最中に、六、七回は騒音騒ぎを起こすってことですよね。まだ犯行は三度のみ。ミリオネアが動く可能性はまだ十分にあります。残り三、四回のうちに、ミリオネアを現行犯で捕まえることがなきにしもあらずです。無理な話ではありません。それに、予告状を出すような性格です。これからわざとヒントになるようなものを残していくかもしれないでしょう?」
饒舌に話す楢を見て、恭太郎はあっけにとられていた。この人は瞬時にここまで考えることができるのか。
そう感じたのは楓も同様だったようで、すっかり打ち負かされたようだ。
「うん、まあ、楢チャンの言う通りかー。まだまだ騒が師を捕まえるチャンスは大いにあるね。面白そうだし、あたしも手伝わせてよ」
楓に礼を述べ、恭太郎はノートに向き直る。定期放送まであと三十分。楢に助言をしてもらいながら、恭太郎は文字を書き連ねていく。
[二日目・9:58]A
始めに比べ、幾分軽くなったビラの束を抱えながら、漸次賑やかになってきた廊下を、時々思い出したように通行人にビラ――あと四十枚くらいだろうか――を渡して進む。頭を働かせる準備をしながら。楢が言うには、十時頃から始まる放送部の定期放送にて、騒が師について、これまでに判明した情報を紹介することになっているらしい。僕はそれを待っているのだ。
……楢からの依頼により『十一年前からの刺客・ミリオネア』とやらの正体を探ることになった僕だった。
もちろん、たかだかビラ三十枚で引き受けたわけじゃない。それに、最終的に楢に託したビラは十枚程度だ。
僕にしては珍しく、条件や約束は何もつけなかった。
楢からの頼み事自体が珍しいから、採算度外視して、引き受けることにした。例えばこれが真鈴あやめだったりしたら、僕はにべもなく断っているだろう。それに、必ず成功しろと言われたわけではないし。
ダメ元でいいのだ。
まあ、無条件でも、やると宣言したからにはやらなければ。僕は面倒くさがりだが嘘つきではないのだ。
そんなことを考えながらビラを通行人に配っていると、見慣れた顔の男子生徒が、前から歩いてきているのを見つけた。どうやら僕と同時にむこうもこちらに気づいたようで、手を挙げて合図をしてくる。
「よう、春樹」
僕の名前を呼ぶ野太い声。がっちりとした体格。僕の唯一無二の男友達、加賀屋蓮だ。彼は僕とは違うクラス。昨日、店番をしていたから、今日は多分、自由なのだろう。
「どうしたんだ、加賀屋。ひとりで文化祭巡りとは寂しいやつだな」
僕がいつものように軽口を言うと、なぜか加賀屋は気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「今は一人だがな、昨日はずっと憧れの人と一緒だった」
僕は苦笑いを浮かべる。自慢気に言ってくるところを見るに、女の子なのだろう。そのニヤニヤはそれを思い出したからか。
「へえ……。それはそれは。誰なんだ、その憧れの人ってのは」
義理で僕が訊くと、加賀屋はふっといつもの表情に戻った。
「言うわけないだろ。……ところで春樹は何をしてるんだ?」
ビラの束を脇に抱え、そこから一枚抜いて加賀屋に手渡す。
「これを配ってた。暇だったら来てくれ」
千両には客引きをしろとも言われてたから、これでいちおう約束は守った。
加賀屋は受け取ったビラを見ながら言う。
「喫茶店ねえ。俺らんとこの下位互換みたいだな」
「お前らの悪趣味甘味処が僕たちより優れているとは思えないんだが」
加賀屋のクラス、八組は店員が女装男装をしてアイスなど氷菓を販売するというコンセプトになっている。正直、昨日の加賀屋の『不思議の国のアリス』のコスプレは見てられなかった。
じゃあな、と言おうとしたとき、天井からピアノの演奏が流れてきた。つい、音のするほうを二人して見てしまう。スピーカーからだ。定期放送の第四回目が始まったらしい。
「確か、放送部だよな」
「ああ。聴きたいからちょっと静かにしていてくれ」
加賀屋は黙って肩をすくめて、近くの壁にもたれかかった。
例によって十秒満たない音楽が止まる。続いたのは、昨日のどれとも違う、知らない男子生徒の声だった。第一回目のナントカカエデと違って、落ち着いた雰囲気だ。
『おはようございます、みなさん。二日目で最終日の今日も、文化祭を楽しんでいきましょう。放送部より、定期放送です。第四回目の今回は、俺、一年八組、凛藤恭太郎がお送りします。
正直申しますと、俺、すごく緊張してるんです。今、俺の隣でゲストがスタンバイしているんですが、ちょっと恥ずかしいですね』
凛藤と名乗るパーソナリティーの息継ぎの間を狙って、加賀屋がぼそっと呟いた。
「あいつ、そういえば放送部だったな」
どうやら加賀屋は凛藤を知っているらしい。僕は名前を聞かされても心当たりは全くない。
『ゲストとのトークの前に、恒例の文化祭の出し物紹介コーナー。今回紹介するのは一年六組《みんなの喫茶店》――』
意外なことに僕のクラスの店が紹介されたのだけど、はっきり言ってこれはどうでもいいので聞き流した。おそらくこのあとのゲストとのトークが、騒が師に関することなのだろう。
ありがたいことに数分間も僕たちの店について割いてくれたあと、やっとゲストのトークのコーナーが始まる。
『さて、ゲストの紹介です。どうやら映画研究部の宣伝に来たらしいです、一年八組、楢卯月さん!』
楢卯月という名前を聞いて、加賀屋がピクリと肩を震わせた。そういえば加賀屋は楢のことが苦手だって言ってたな。
『楢卯月です。……ねえ、凛藤くん。これって本当にマイクのスイッチ入ってるの?』
『はは。入ってるよ』
僕も凛藤と同じように苦笑した。やはり機械音痴なんだな、楢のやつ。横目に見ると、加賀屋も微妙に口角が上がっていた。
『ほら、楢さん。言いたいことがあるんでしょう?』
『わかってるわよ……。――えっと、春から夏にかけて、校舎のあちらこちらで撮影機材を構えて演技している謎の集団を見たことはありませんか? 実はそれ、わたしが所属する映画研究部の活動の一環なんです』
『へえ。薄々予想はつくけれど、それは何をしていたんですか?』
なんだか頭に来る相槌だな。そう思ってたら加賀屋がつぶやいた。
「なんだか春樹がするみたいな相槌だな」
「…………」
これからは自分の発言には注意しよう……。
『実は、映画を撮っていたの』
『ほう。どんな映画なんですか』
『この坂月高校を舞台にした青春モノです。ちょっとミステリ的なスパイスも加えてありますので、気になった方は観に来てください。会場は二階の会議室です』
『いやあ、実は俺も昨日、観に行ったんですけど、なかなか面白かったです。これが本当に素人の手によるものなのかって思いました。みなさんもどうか会議室まで足を運んでください。損はしませんよ。一年生も美人揃いですしね』
評価が少し過度なのはPRなのだから仕方ない。
『……まだ定期放送の時間はありますね。ちょっと喋ってもいいですか、楢さん。昨日、我が放送部にある予告状が届いたんですよ』
お、やっとか。
『その予告状を読み上げましょうか。えっと……、《あたしはこの月ノ輪祭でひと騒ぎ――いや、それの六、七倍もの騒ぎを起こしてやる。あたしを捉えられるものなら捉えてみなさい。十一年前からの刺客・アッキピテル・ミリオネア》。もうお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんね。そうです、どうやらこのアッキピテル・ミリオネアは、昨日校内を騒がせた――えっと、さ、さわ……?』
凛藤がわざとらしくとぼける。
『騒が師でしょ? 学校のあちらこちらで騒ぎを起こす手口からそう名付けられたっぽいわね。誰が考えたのかは知らないけれど』
『そうでした、騒が師。それと、ミリオネアがどうも同一人物っぽいんですよね。放送部に挑戦状が送られてきた、と部内では軽い騒ぎになっているんです。
ミリオネアの言葉に乗るのもアリかな、とは思うのですが、手の数や頭脳、残された時間的猶予を踏まえて考えると、俺たちだけではおそらく無理です。――そこで!』
ふと廊下を見渡せば、足を止めて放送に聞き入っている人も少なくはなかった。昨日の三度の定期放送ではここまで人を惹きつけはしなかっただろう。それほどまでに、みんなは騒が師に興味があるのだ。
『これをお聞きのみなさん。どうですか、俺たちで力を合わせてミリオネアを捕まえてみませんか?
といってもまあ、ミリオネアを現行犯逮捕できるだろう時間帯は、月ノ輪祭の間と、運が良ければそのあとに始まる後夜祭の間でしょうけど』
「後夜祭って確か、火を焚いてキャンプファイヤーをするんだよな」
さっき、グラウンドで先生たちが薪を組んでいるのを見たんだ、と加賀屋が呟く。
『まあ、ノーヒントの状態から一日で犯人に辿り着く、というのは無理な話でしょうから、既に放送部でわかっている情報をみなさんと共有をしたいと思います。探偵志願のみなさん、メモの準備はいいですか?』
僕は急いでポケットからペンを取り出す。そして千両に心の中で詫びを入れながら、抱えている余るほどのビラの一枚を裏返し、ペンを構える。
「いいのか春樹? それ、クラスのやつなんじゃ……」
加賀屋の言葉はひとまず無視しよう。
少し間があり、凛藤の口調が変わった。文字を読みながら話しているようだ。僕は話を聞きながら随所随所を書き留める。
『犯行手口は決まって、時限式の何かを用意し、大きな音を出すというものです。
犯行場所は今のところ三か所。
始めは昨日の十時半頃に校舎と体育館の間の渡り廊下。隅に置かれていた熊のぬいぐるみが突然、ジリリリリと大きな音を響かせたらしいです。案の定、ぬいぐるみ内に目覚まし時計が仕込まれていたっぽいです。
次は昨日の昼過ぎ、美術室。美術部が作品の展示会場に使っていた美術室、その教室後方に置かれていた上半身のみの男の接骨像が叫びだしました。美術部員が不審に思って調べてみると、石膏像の後ろに古いカセットデッキが置いてありました。これに男の叫び声を録音していたみたいです。
三つめは昨日の四時頃、将棋部。将棋部は将棋の駒を模した的を狙う射撃ゲームをやっているんですが、突然、ババンババンと火薬が破裂する音がどこからともなく鳴り、調べた将棋部が死角になっている場所で使われたばかりのクラッカーを発見したらしいです』
ここから再び喋り口調に戻る。
『今日はまだ騒が師は動いていないようですが、六、七倍の騒ぎを起こすと予告状にはあります。今日もまた三、四回、騒ぎを起こす可能性があります。みなさんは気を付けてください』
『凛藤くん、質問していいかしら?』
楢が口を挟む。
『その三つが全部、騒が師、もといミリオネアの仕業だとどうして言いきれるの? 偶然、それらしい悪戯があったと考えることもできるのでは?』
『ああ、その点は大丈夫です。その三件とも、ミリオネアのものと思われる遺留品がありましたから。意図的なものですけど。なんでもメッセージが残されていたそうで。
残し方はカードとしてだったり、クラッカーに記されたりと、方法はバラバラですが、内容はすべて同じ。一言、《十一年前からの刺客・アッキピテル・ミリオネア》とだけ。本人と見て間違いないでしょう』
『なるほど。なんだか小説に出てくるような怪盗みたい……。ミリオネアを捕まえるのだったら、やっぱり待ち伏せがいいかしら?』
『やっぱりそれが一番の良策なんじゃないかと思いますよ。でも楢さん。次にミリオネアが現れる場所がわかっているわけではないから、待ち伏せならヤマ勘で張るしかないです』
『せめてミリオネアが狙う場所の法則性がわかればいいんだけど』
『そうですねー。……おおっと、楢さん。もう時間のようだ。第四回定期放送も一旦お別れにしましょう。
あ、その前にミリオネアに関する情報を手に入れた方は俺たちに教えてくれるとありがたいです。もしかすると紹介させていただくかもしれません。放送室前にあるアンケート用紙がありますので、そこに書いて放送室前にある《みんなの声ボックス》に投函してください。あ、普通のお便りも待ってますよ!
では、ゲストの楢卯月さん。なにかリクエスト曲ありますか? 最後にそれを流してお別れにしましょう』
『そうね――』
しばらくして、楢が指定した曲が流れ始める。
「じゃ、俺はもうそろそろ行くから。暇だったら春樹んとこのクラスにも行ってやるよ」
加賀屋は壁から背を離し、僕が来た方向へと歩いていった。
……さて。
頭上をピアノの音が通り過ぎていく中、僕は考える。
事件を解決するうえで必要なのは情報だ。
折角、校内を自由に歩き回れる仕事を千両に任されたのだ。足を使おう。向かうは――、そうだな、被害にあった場所を順番に。
調査、開始だ。
続きます。




