四.凛藤恭太郎と月ノ輪祭
そして始まった月ノ輪祭・二日目にして最終日。
放送部の凛藤恭太郎は文化祭を騒がす人物を追うことになってしまうが……。
一方、花川春樹はクラスの仕事でビラ配りを任されていた。
……『月ノ輪祭へようこそ!〜一日目(前・中・後)〜』からの続き。
[二日目・8:59]a
凛藤恭太郎は、校舎内を走っていた。
右も左も文化祭一色。よく見れば、誰が気づくのか、天井にまでもポスターが貼ってあった。急いでいる俺でさえ気づいてしまっているか、と恭太郎は小走りのまま苦笑いをした。
広いとは言えない廊下を、横一列にならんで歩く女子グループの間を体を横にしてすり抜ける。知り合いがいたらしく、「あ、凛藤くん」と呟いていたけれど、あいにく今は振り向く余裕さえない。
つい先ほど、恭太郎が自分のケータイのディスプレイを見てみれば、珍しく楢卯月からメールが来ていた。届いたのは一時間ほど前で、『昨日、凛藤くんが言っていた定期放送のことについて』というもの。
気が変わってくれたのだろうか。すぐに訊ねたいが、直接会ってからの方が確実だ。というか、時間があまり残っていないのだ。なるべく早く会わなければ。そう思い、恭太郎は『了解』と一言返したあと、楢がいるだろうと予想する場所に駆け出したのだった。
[二日目・9:00]A
月ノ輪祭の二日目の始まりを告げる放送が響く。今日は開会式などがないため、一般公開が昨日よりも一時間早いのだ。
まあ、僕は朝から店番を担当しているので、どこかに遊びにいくことはできない。昨日、散々遊んだし、仕方ない。
僕――花川春樹の一年六組では、喫茶店を開いている。お菓子、アイスやジュースを販売しているのだ。昨日はそれなりに売り上げていて、急遽、クラスメートたちが買い出しに出掛けたほどなのだ。
そろそろ一般客の姿も見え始めるだろう。パンケーキなどを作る係がホットプレートを温めたり、せっせと準備していた。
僕はといえばお金の管理などの会計を担当しているので、後方のドアのすぐそば、教室を見渡せる位置で、椅子に座って机に頬杖をついている。楽で気楽な仕事を引き受けたものだ。ひとつ不満を言わせてもらえば、さっきから僕の頭をはたくように、僕と密着していくつもの風船が浮いていることくらいだ。見ると、風船から伸びた凧糸が、僕の座る椅子の足に縛り付けられている。もうちょっとマシな飾り付けはできなかったのだろうか。
体をねじり、非難するような目で風船を睨んでいたら、
「花川春樹くぅん? なにぼけっとしているのかなァ?」
フルネームで名前を呼ばれ、僕ははっと我に返った。
風船と苦闘している間に寄ってきたらしく、僕の脇に、紺色のクラスTシャツの上にエプロンをつけた少女が立っていた。頭に黄色のカチューシャをつけている。少女は腰に手を当てて、咎めるような口調で言う。
「他のみんなはせっせと動いているのに、どうして花川くんだけここでじっとしてるのかなァ? クラス全体でやるものだから、みんな平等に働かなくちゃ」
彼女が千両万衣である。トレードマークはいつも欠かさない黄色のカチューシャだそうだ。
僕たちのクラスは、なべて彼女に歯向かうことができない。その理由は、怒らせると怖いから反抗するのが恐れ多いというわけでも、美人だから攻撃しづらいというわけでもなく(美人というか、可愛いがピタリとくる)、千両万衣こそが文化祭において、六組一番の貢献者だからだ。文化委員で、文化祭準備を率先して引っ張ってくれた。彼女がいなければ、今の六組はないだろう。
「いや、だってさ」
優しい口調だが、多分、我らが文化委員様はお怒りだ。僕は風船と戦うのをやめて、必死に釈明する。
「他の奴らが働いているのはその仕事を今しなければならないからだろ? 僕は会計係りだから、仕事をする必要がないんだ」
「じゃ、客引きでもしてこようか。会計はあたしがやっておくから、そこにあるビラを全部処分しておいてくれない?」
千両が親指で、近くの机上のA4サイズの紙の束を示した。あの分厚いの、ビラだったのか……。
「処分ってことはつまり捨ててこいと」
「そんなわけないでしょう」
彼女にしては珍しく言い方が冷たかった。
……うわあ、すごく行きたくない。ここでじっとしていたい。動かなくて済むと睨んで選んだ会計係りなのに。でもそれをあからさまに口にすれば彼女の逆鱗にふれかねないので、僕は目で訴える。千両も黙って僕を見返してきた。
無言の空気が二人を包む。その間も、ぽむぽむと風船が僕の頭に体当たりをしていた。
かちゃかちゃと小手がぶつかる音や、忙しなく上がるクラスメートの声が聞こえる。……みんな、頑張っているのは確かなのだ。
「……わかった」
折れたのは僕だった。
「やるよ。ビラは全部任せろ」
嫌な仕事を引き受けてしまった。
続きます。




