二.加賀屋蓮と迷子
前回の続き。
[一日目・13:33]
いくら職員室の前で待っても、せいじくんの連れが来ない。いよいよ不安になってきた。ここまで来たら最後までせいじくんを見届けたくなってくる。
八瀬辺さんが大仰に嘆息する。
「ホントにどうしたんだろ。……ちょっとわたし、再三放送をかけてもらうように行ってくるね」
言うが早いか、タッタッタッとかけていく。足取りは軽いけれど、彼女の背中はどこかもの寂しかった。
職員室の壁に加賀屋さんと並んでもたれかかる。リュックサックを背負ったせいじくんはまた加賀屋さんにひっついている。
わたしはこの機会にと、もう一度しゃがんで男の子に目線を合わせる。
「せいじくんは兄弟はいるの?」
「……」
誰がこの子にこうやって話しかけても口を開こうとしてくれない。小さくなった吽形みたいだ。
「その水筒、せいじくんの? 飲んでみたいなあ、わたし」
「……」
うんともすんとも言わない。本当に像に話しかけているみたいな気持ちになってきて、少しだけ寂しい。
むう。
声ぐらいは聞いてみたいなあ。
「えい」
「きゃっ」
脇腹を指で刺してやると、せいじくんが反射で飛び退いた。
中々可愛い反応するじゃない。声は聞けたけれど、でもどうやら逆効果だったようで、ぷいと視線を逸らされてしまった。
「春樹みたいに生意気な子だなあ」
「何やってんだ、椿さん」
「この吽形の口を開かせようとしたんです」
加賀屋さんは首を傾げている。
ちょうどそのときに、放送がかかった。例の迷子放送だ。さっきもそうだったけれど、八瀬辺さんのものではない。
放送が終わってから、加賀屋さんが口を開いた。
「もしかして、聞こえていないんじゃないか。どこか放送が聞こえない場所にいたりして」
「そうですか……?」
わたしは『月ノ輪祭のしおり』を広げてみる。校内地図を指でなぞる。加賀屋さんが覗き込んで言う。
「例えば――体育館は放送がかからないんじゃないか。劇をやっているから、そこだけ放送を切っていると思うぞ」
「違うと思いますよ。子がどこかに行ったというのに、のんきに劇を見ている親がいるとは思えませんし」
「そうか……。グラウンドに店はないからまず行かないだろうけど、仮にそうだとしても校内だったら放送は聞こえるな」
「というか、放送も何も連れ子がいなくなってしまったら職員室か受付か、そういうところに真っ先に向かうと思いますよ。普通の親なら」
せいじくんのお母さんは普通の親だと信じたい。
「でも、どうしますか、加賀屋さん。もしこのまま母親が来なかったら」
「探す。せいじと出会ったのも何かの縁だろうし」
わたしは立ち上がった。
「じゃあ、わたしも協力します。乗りかかった船ですから」
「ありがとう。――あ、椿さん」
それから、加賀屋さんは思い出したように言った。
「椿さんならできるんじゃないか」
首を傾げる。
「何をです?」
「推理だ。せいじの母親についての。いつかの放火事件のときのように。推理小説に出てくる、探偵みたいに」
わたしは理屈を並べて推理を披露するステレオタイプの探偵が好きではない。感情で動かないと、人間らしくないと思うから。そこが兄の春樹と違うのだろう。でも、真鈴さんじゃないけれど、自分が他人の役に立てるのならば、それはどんなに幸せなことか。
わたしは加賀屋さんを見て、せいじくんを見て、それからもう一度加賀屋さんに向き直る。
「できる限りのことはやってみましょう。少し、わたしに時間をください」
続きます。




