一.真鈴あやめとスタンプラリー
前回の続き。真鈴あやめ解決編。
[一日目・12:30]
図書室の前でスタンプを押し、『ピーターパン』を見て映研の自主制作映画も見たあとはお昼時になってしまったので、焼きそばを買うことにした。その店では八組の悪趣味甘味処と違ってテーブルがなかったので、PTAによる『休憩所』とかいう名前まんまの部屋の椅子を借りることにした。ここのテーブルは八組とは違って、カフェなどに置いてあってもおかしくない、丸テーブルだった。
「よかったね、劇も映画も」
使い捨てのタッパーに入った焼きそばをすする。
「そうだな。思ってたよりかはましだった」
それに楢があんなに演技が上手いとは知らなかった。脚本もよかった。坂月高校の隠された歴史を暴くというもので、中々良く作られていた。楢にあんな才能があるとは思わなかった。次に会ったらそう伝えよう。
「次はどこに行こうか」
真鈴はしおりと台紙を交互に見比べながら、割り箸をパチンと割った。僕もそれにならう。
「そうだね。スタンプラリーがひとつしか埋まってないんだよ。挑戦するからには何かひとつでも欲しいし」
「ふうん。ちょっと見せろ」
台紙に手を伸ばすと、真鈴ははしの先じゃないほうで僕の手を払った。真鈴が目を細めて僕を睨んでくる。
「今日ぐらい頭を休めてもらって構わないから。手を出さなくていいよ」
うーん、言葉は優しいのだけど。
「でも真鈴じゃあ」
無理――と言おうとしたけれど、なんとか踏みとどまった。喧嘩になるのは嫌だったし、何よりそれじゃあ僕が真鈴より頭が良いことを自負しているような言い方になる。
真鈴は焼きそばを口に運びながら、呟いた。
「変」
「ん?」
「変だよ。おかしいよ」
「何が」
真鈴は台紙を差し出して、その一点を指差した。三つ目のヒントが書かれた部分だ。
「今、ふと思ったのだけど、どうして、このヒントだけ手抜きなんだろう? 『図書室の前』だなんて、直接すぎるんじゃないかな。それに、スタンプ二つから景品がもらえるのだから、あってもなくても変わらないこのヒントはいらないんじゃないかな」
ふむ。
謎にしては小さすぎるけれど、会話のネタには十分になる。
「あれ。その顔はわかってるね」
「まあな。『月ノ輪祭のしおり』の地図を見てみろ」
言われた通り、真鈴はしおりに目を落とす。
「文化祭の一番の目玉は三年生のクラスが全て参加している演劇だ。ほら、いつかの映研の先輩も三年生は力を入れているって言ってただろ。自然、人もそこに集まるようになる。で、劇を行うのは体育館。――それに対して、図書室の位置はどこだ?」
「えっと、八組の近く。下足室の真上」
「階は?」
「四階」
「四階で、さらに人が集まる体育館より遠い。これはつまり、八組付近には人が集まりにくいってことだ」
あ、なるほど。と真鈴。僕が何を言うかわかったらしい。
「このヒントだけ簡単だから、みんながこう思うね。『まずはそこのスタンプから押してみよう』って。そうなればそのあたりに自然、人が集まる。人の動きを誘導するためのものだったってわけだね」
「そういうこと。簡単だろ」
「……でも」
真鈴はまだ納得していないような顔している。
「どうして、これは三つ目のヒントなの? 一つ目じゃないのはどうして?」
「それは」
少し考える。
十秒程度――本来なら気まずい空気になってもおかしくないくらいの間を置いて、口を開いた。
「端っこが手抜きだったら、生徒会役員全員で考えて案が出てこなかったんだなで終わる。というか真鈴が疑問を持つこともなかった。けれど、生徒会役員は五人いて、スタンプの枠は五つあり、さらに真ん中が手抜き。――ということは、五人がひとりひとつのヒントを担当したんだ。三番目を担当する生徒会役員が手を抜いたから、三つ目が簡単なヒントになってしまった」
なるほどねえ、と真鈴がこぼす。真鈴は箸で焼きそばの人参を寄せ集めながら、また呟いた。
「でも、本当に手を抜いたのかな」
「なんで」
「だってさ、あの生徒会の子が言ってたじゃない。『生徒会長に何度も駄目出しもらっ』たって。三つ目の子だけ許されたのはおかしくないかな」
ふむ。
「おかしいな。いくらでもつじつま合わせの屁理屈は思いつくかもしれないけれど、ここでそんなこと言ったって意味ないしな」
焼きそばをすする。
ずずず。
喉を鳴らす。
ごくん。
「じゃあ、これはどうだ。締め切りに間に合わなくて、簡単な案を出さざるを得なかった」
「アレになるんだったら、生徒会長も妥協するとは思うんだけど」
「いや」
僕は首を横に振る。
「『三つ目の人』が、突然、締め切りの日にどうしても出せなくなったとしたらどうだ?」
「答えとなるスタンプを置いている場所はあらかじめ決めていたはずだ。かぶったりしないようにな。他の役員のヒントをそのまま使うことはできないだろう。だから仕方がなく、思いつきの簡単なヒントで対処したんだ」
「じゃあ締め切りの日に出せなかったわけは?」
「学校を休んでしまえば出せなくなる」
「メールとかすればよかったんじゃないかな」
「そういうのが億劫だったんじゃないか。まあ、いくらでも理由はある……」
ん。……いや。
「どうしたの?」
見ればいつの間にか真鈴の焼きそばはほとんど無くなっていた。僕はと言えばすっかり手が止まっている。
「そういえば、今日、生徒会役員がひとり休んでいたな」
「う、うん」
突然の話題の転換に真鈴は戸惑いながらも頷いた。
「真鈴が理由を聞いたらお茶を濁すような言い方をしていた。でもどうやら風邪や病気ではないらしい。じゃあ、どうして休んだのだろう。生徒会役員の言葉じりから人に話せるようなものではなさそうということはわかる」
「それで? 何が言いたいの」
真鈴が先を促してくる。
「休んでいる人と、スタンプラリーの締め切りの日に休んだ人が同一人物だったら? 休んでいる、人には言えない理由が同じだったら?」
あまりに長く喋っているので、口の中では唾液が洪水を起こしかけていた。
椿と昨夜喋った。『月ノ輪祭を中止しろ』という脅迫状が学校で見つかったが、解決したと。時期的にも一昨日とピタリと合うのである。
「――そいつは、脅迫状を提出し、停学処分を受けたんだよ」
真鈴の反応は微妙なものだった。ふうんと呟き、空になったタッパーに割り箸を入れて、『ごちそうさまでした』と合掌した。
「ハル」
不意に、彼女が僕のあだ名を口にする。
「確かにすごかった。まさかそういう答えが出るとは思わなかったよ。でも謎解きはここまでです。わたしが話を振ったのだから、あまりきついことは言えないけれどね、こんなお話をしても楽しくないよ。小さな不思議をちょこっと話すだけでいいの。それを突き詰める必要はないと思うんだよね」
「すまん」
素直に謝った。相手の性格を頭に入れておくべきだった。真鈴が僕に謎解きを強制させるのは、誰かの役に立ちたいからだ。こんな風な、人を糾弾しかねない謎解きを彼女があまり好かないことは僕も知っていたはずだった。
「……さあ、早く食べてよ。次行こう!」
真鈴は人が変わったように愛好を崩して明るくなった。この切り替えの早さが彼女の良いところだと僕は思う。
せっかくの月ノ輪祭。興を削ぐような真似をしてはいけない。この文化祭を、真鈴あやめと不和になってしまうターニングポイントにはしたくない。まだまだ回っていない店はたくさんあるのだから。
そのとき、スピーカーからまたピアノの演奏が流れてきた。放送部による二度目の定期放送だ。今回は美術部の紹介だった。魅力的な紹介が無事に終わり、僕は真鈴に目を向けた。
彼女の目が光る。何を言おうとしているのかは薄々勘づいたから、僕が先を言ってしまう。
「次は美術部に行こうか、真鈴」
「うん!」
まあ、まずやることは、このすっかり冷え切ってしまった焼きそばを腹に詰め込むことだけど。
ありがとうございました。続きます。




