零.花川春樹と前夜
いよいよ始まる坂月高校文化祭、またの名を『月ノ輪祭』!
花川春樹と仲間たちを巡る転換期になるだろう事件。
部屋で寝転びながら『月ノ輪祭のしおり』を眺めていた。ふと自分の頬が緩むのを感じて、わざと無表情を装ってみる。まあ、誰も見ていないのだけど――
「なにその変な顔」
気づけば目の前で妹の椿が正座していた。いつの間に。椿は生意気な口調で続ける。
「春樹って案外表情に変化あるんだね」
僕はうつ伏せになったまま椿を見上げる。
「いつ僕の部屋に入った。というかどうして入った」
「明日から春樹の学校で文化祭があるじゃない? しっかり二日間とも顔を出しますよって伝えておこうかなと思って。――で、何考えていたの今。しおりを見ながら」
ぐっと好奇心に満ちた顔を近づけてくる。僕は顔をしかめた。
「文化祭に脅迫状が来たから学校側も大変だな、とか」
「嘘」
いやまあ、一週間程前に高校に脅迫状が来たのは本当だけど。『月ノ輪祭を中止しろ』と書かれた紙が生徒会アンケートボックスから見つかったらしい。昨日、僕の知らぬところで、無事に解決したそうだが。
ちなみに、『月ノ輪祭』というのは僕が通う坂月高校文化祭の俗称である。月の輪といえば多くは満月のことで、ちょうど九月のこの時期に中秋の名月が見られることと、『坂月』の音が盃と同じで、それを満月に見立てたことから来ているらしい。去年十一年ぶりに復活したらしい後夜祭のキャンプファイヤーも、元はといえばお月見のためだそうだ。そもそも後夜祭が月ノ輪祭本体で、今やっている月ノ輪祭が前夜祭だという説もあったりする。
まあ、そんなことどうでもいいのだけど。
「僕が何を考えようか勝手だろ」
「ふーん。そう」
「なんだその含みのある納得の仕方は」
椿は訝しむ僕を無視して立ち上がり、ドアの前まで歩いていく。
「楽しい文化祭になるといいね。――わたし、この文化祭はね、何かしらのターニングポイントになる予感がしているの」
そう残して部屋を出て行った。
僕は首を傾げる。
どうしたんだあいつ。
――月ノ輪祭は、もう明日。
続きます。




