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ユースフル!  作者: 幕滝
揺れる、揺れる。
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一.それから秋

ひょんなことから、真鈴あやめは幼馴染のような関係である花川春樹の机の中から、洋封筒を見つけてしまう。その中には、女子生徒を隠し撮ったような写真が数枚。気持ちの浮き沈みが激しい真鈴は、すぐに落ち込んでしまう。

 期待するけれど何も起こることなく過ぎる夏休みは、真鈴ますずあやめの人生において記念すべき十回目を終えた。やっぱり今年も例年と同じく、平穏平和無事安泰に通り過ぎていった。例えるのならば、台風のようなものだ。多くの場合は被害が少ない。しかし、被害に遭う人はいる。

 そして台風が過ぎたあと晴天になる台風一過のように、夏休みの終わりと入れ違いに二学期が始まりを告げる。久しぶりに出会うクラスメートの面々は、日焼けなどを除けば大きな変化は見られなかった。クラスに一人ぐらいは、腕か足に包帯を巻いている人がいると思っていたのだけど、そんなことはなかった。まあ、一ヶ月程度会わなかっただけだし、現にそんなことを言うわたしでさえも、自分が思う範囲では何も変わっていない。日焼けには注意していたから、肌の色さえ変わっていない。

 『男子三日会わざれば刮目して見よ』と誰か偉い人(忘れた)が言っていたそうだけど、わたしと幼馴染のような関係である花川はなかわ春樹はるきこと通称・ハル(ちなみにこの呼び方をしているのはわたしだけ)なんかは、『一ヶ月コールドスリープでもしていたの?』と問いたくなるほど相変わらず。授業中は頬杖をついて黒板を睨んでいるが、先生の話は聞き流し、休み時間には何がそんなに面白いのかいつも文庫本を開いている。わたしの見る限り、ハルが誰かと喋るのは、わたしや、彼の隣席に位置するさかい麻子まこさんや、八組の加賀屋かがやれんくんぐらいで、それも相手から話しかけられるまでは口を開かない。誰かとコミュニケーションを取るのが苦手というわけではないのだろうけど、どうして友好関係を広めようと努力しないのかな。積極的に積極的になろうとしない、そのスタイルが格好良いとでも思っているのだろうか。

 でも彼には、すごい能力がある。何でも見抜く慧眼の持ち主なのだ。度々、わたしが持ち込んだ面倒事を嫌だ嫌だと言いながらも、最後には解決してくれる。小学生の頃からそうだ。中学校が違ったゆえ、会えなかった三年間を超え、運良く同じ高校に通うようになってからも、彼の推理力は衰えるどころか、進歩していた。

 ――いやまあ、待て、わたし。そんなに彼のことについて語ってどうするつもりなんだ。ハルについてなら、まだまだ話を広げることはできるだろうけど――徹宵語り続けることができるだろうけど――だからってそんなことをしてどうするの。

 あ、でも、ほら、堺さんに話しかけられているのに、またぶすっとした顔をしてる。堺さんのほうは笑みを含んだ表情をしているのに、何がそんなに面白くないんだろう。笑顔を返してあげようよ。でも、笑えと言ったら口を引きつらせてしまうような彼にそんなことを言うのは酷かな。

 そういえば、今、ハルと話している堺さん。烏の濡れ羽色をした流れるような髪を持つ、どこか不思議な雰囲気が漂う頭の良い眼鏡の少女。彼女ってば、すっかりわたしと顔を合わせてくれなくなってしまっていた。話しかけようと近くに寄ると、同極同士の磁石を近づけた時みたいに、避けるように離れていく。どうしてだかわからない。最初は偶然だと自分に言い聞かせていたけれど、一学期はあんなに喋ったのに、二学期が始まって一週間、ほとんど言葉を交わしてないのだから、堺さんが自分の意思でわたしを遠ざけていると考えざるを得ない。だって、『おはよう』って挨拶もしてないんだよ? ハルや他のクラスメートとは普通に会話しているから、わたしからだけみたいだけど……。わたし、何かしたっけ? 強引にすれば話してくれるだろうけど、こちらに心当たりがないだけに、何も考えずに突撃するのはちょっと恐い。ハルにでも探りを入れてもらおうかなあ。

 コツコツ。

 と、机をノックする音。

 視線を音源のほうへ向けると、目の前に現国担当の森重もりしげ先生が老眼を細めて立っていた。指で叩いたらしい。老教諭は温かみのある声色で、わたしをたしなめる。

「今は授業中。よそ見はいけませんよ」

 それだけ言うと、先生はまた『蜘蛛の糸』の解説に戻っていく。森重先生のおっしゃる通り、今は授業中。わたしは一番前の席で堺さんは最後列だから、そりゃ、後ろのほうを向いていたりしたら気づくよね。注意だけで仮借してくれたことに感謝しないと。

 もう一度だけ堺さんのほうを一瞥すると、彼女と目が合ってしまった。互いに虚を突かれた気になって、視線が交差したまま固まる。だけど次の瞬間には、彼女は何事も無かったように視線を机に下げてしまった。

 ……うーん、ホントにわたし、彼女に何かしたのかな?


 堺さんに理由を問いただすことなく、今日も放課後を向かえた。この時間になると、校内の雰囲気が一変し、いつになく騒がしくなる。坂月高校文化祭――別名、つきさいまで時間的余裕は一週間しかないから、どこの組、文化系クラブも人、物をフルに使って活動しているのだ。

 いつか、ハルと一緒に、映画研究部のインテリ部長に物知り顔をして言われた。

「楽しみにしている真鈴さんの興を削がさせるかもしれないんやけどね、我らが坂月高校において、文化祭はさほど面白みのある行事ではない。三年生は毎年例外なくどのクラスも何らかの劇をすることが暗黙の了解になってるし、他の二学年も、模擬店、喫茶店、ゲームと決まってる。言うなればマンネリ化している。どこも失敗を恐れて変わったことをしようとしないんやね、これが。ああ、真鈴さん、そんなきつい目せえへんといて。マンネリ化は事実やけど、三年生は最後に思い出を残そうと、何らかのパフォーマンスをしたり、有志でダンスをしたりしてる。そうやから、三年生だけは見所があって楽しいよ」

 それから、彼は眼鏡をくいっと押し上げて、

「俺ら映研部は毎年、例年以上の映画を作っているから、君達も見に来てね。今年の一年生は押し並べて演技も顔もいいんだ。美人が三人も増えたし。出来の良いパンフレットの販売もしております」

 と宣伝されてしまった。ちゃっかり――いや、『しっかり』している方だ。よく学校の隅っこで数人が撮影しているのを見るけど、作品のほうは見たことがなかった。先輩のおごりが実力に見合ったものかどうか、確かめてあげよう。

 三年生と映研は活気に溢れているみたいだけど、一年生もそれなりのクオリティを持って文化祭に臨まないといけない。五分も透かない店構えは無理だろうけど、少しでも良い出来にしようと文化委員を中心にコマネズミのように働いている。

 わたしたち六組は多数決の結果、喫茶店をすることになった。無事に学校で数枠しかない喫茶店の枠も勝ち取ることができた。

 そうは言っても、テーブルと椅子を用意し、仕入れてきたお菓子類やアイスやジュースを転売するだけ。部屋の飾り付けに時間と労力があらかた持っていかれる。それに見合った成果を出せるといいのだけど。

 協議の結果、場所は普通教室より少し広い特別教室を借りることになった。別に六組の教室でもすることはできるだろうけど、円滑に作業を行うため、他の誰も使っていない空き教室を使うべきだろうという結論に至った。先生方も、授業をする上で教室後方に大きな置物が置いてあったら、授業がしにくいだろうし。

 そんなわけだから放課後、クラスメートはその特別教室と呼ばれる部屋に移動して、飾り付けや必要な物を作ったりしている。

「真鈴、これ、この色で合ってるよな」

 ハルがペンキの入った缶を指差して言う。物臭なハルでさえ、ダンボールを組み立てて、ゴミ箱の色塗り作業をしている。あからさまに面倒くさそうな顔をしているのだけど。

 下絵とペンキを見比べてから、

「それでいいんじゃない」

 と返すと、

「適当な返事だな」

「でも、適当な答えでしょ」

 まさかこの犬を模したキャラクターの笑顔に青を塗るような色音痴はいないだろう。

 わたしは別のを塗りながら切り出した。普通を装って。

「ところでさ、ハル」

 作業をするハルの眉がピクっと動く。

「何だ。また面倒事か? やめてくれよ、やらないからな」

「そうは言っても、結局はわたしの望んだ通りにしてくれるじゃない。――そういえば、どうしてなの?」

 戸惑ったような時間を空けてから、こちらに目を向けることなく、答えが返ってきた。

「それは……、あれだろ。真鈴がいつもしつこいからだろ」

 ふうん。自分では案外、気づかないものだ。

 話が逸れた。

「ふうん。まあ、ハルには嬉しいだろうけど、今回は違うんだよ」

 今、わたしたちの作業チームに、堺さんはいなかった。

「堺さんのことだけど……わたし、避けられているよね」

 一瞬、ハルの手が止まる。だけどすぐに、その停止はどう塗るかを考えていましたとでも言うように、色塗りを再開する。それと同時に、口が開いた。

「気のせいだろ。そんなことないって。しかし、言われてみれば、今学期が始まってから、堺さんと真鈴が喋っているところを見てないな。……喧嘩でもしたのか」

 何をピント外れなことを。わたしは作業を止めることなくかぶりを振った。もう少しでこの絵を塗り終えられそうだ。

「まさか。一学期の修了式も口喧嘩の一つもなく過ぎたというのに。むしろ、してみたいぐらいだよ。堺さんと、ケンカ」

「……そうなのか」

 ハルのことをあまり知らない人なら見逃してしまうと思うけれど、わたしにはわかる。彼、今、返事をするのを少しためらった。ハル、もしかして何かを知っている?

 けれど、質問する前に、わたしの作業が終わってしまって、些細な問いは、頭から出て行ってしまった。

「やったあ、できたっ」

 昨日からわたしの放課後を犠牲に色を塗り続けてきたゴミ箱! 我ながら良くできている。

「む。案外上手いんだな、真鈴」

「こういうのは得意だからね――って、ハルのそれ……、何?」

 わたしが思わず言葉を詰まらせるほどのデザインが、そこにはあった。犬の笑顔が描かれているはずのそこには、黒と薄茶色でぐちゃぐちゃになった気味の悪いスライムのような何かが笑っていた。うん、不気味に笑っているのだけはわかる。

「やっぱりおかしいかな」

 いや、下手と一言で言い表すことはできるかもしれない。だけど、こう、何だろう、こんなときにだけ引き合いに出してくるのは失礼だけど、わたしには価値がわからないピカソが世界的に評価されているように、彼のセンスを認めてくれる人がい――、

「――ないね、下手だ。下絵を描いてくれた子に失礼だよ」

「言うじゃないか」

 ハルが苦笑いする。彼がこういうことに関して、てんで苦手なのは知っていたけれど。

「さて、と」

 完成の感動とハルとのお喋りもそこそこに、仕事をいち早く終えたわたしは、文化委員に次の指示を仰いだ。

「あ、ちょうどいいとこに来てくれた」

 六組文化委員、千両せんりょう万衣まいさん。えくぼが似合うリスみたいな子。小動物めいた彼女は映研に所属していて、あちらのほうも文化祭でやらねばならぬことはあるだろうけど、こっちを優先してくれている。率先してクラスを仕切る力がある、見た目とは違って頼りになる人だ。

 リスさんは安堵の表情を浮かべて、

「今、手が開いている人がいなくて、困っていたところだった。ちょっと教室に戻って、ダンボールを持ってきてくれない? 教室の後ろのほうにあるらしいから」

 あ、それならお安い御用だ。今日、何度か見た。堺さんとハルの席の近くに立て掛けてあったのを覚えている。


 果たしてダンボールは記憶通りの場所に置いてあった。教室後方、窓の近く。思っていたよりちょっと量が多いような気がする。学校に残れる者は一人残らず文化祭の準備に出払っているので、教室には誰もいない。これは何往復かしないといけないよ。

 だけど、力仕事というほどのものではない。両腕の袖を少しまくり、気合を入れる。……さあ、やるよ!

 腕を目一杯に伸ばして、ダンボールを掴む。持ち上げる。ふふふ……、ダンボールといえど、所詮は紙。女のわたしでも、あまり苦労することなく持っていけ――おっとっと。重心がずれてしまった。危ない危な……うわっ!

 頭が理解したときには遅かった。体がのけぞったかと思いきや、わたしはダンボールに押されるように、背中から床に倒れ込んだ。――危険であることを忘れないうちは安全である――何故かそんな言葉が頭に浮かぶ。危険性を過小評価したバチが当たったのだ。

「……痛いっ!」

 幸い、真後ろの机には当たらなかったけれど、なんと間抜けなポーズだろう。ダンボールを布団替わりに床についているように見えるんじゃなかろうか。

 起き上がらないことには始まらない。わたしを押し倒したこの忌々しいダンボールを横にのける。それから仰向けになった体を返して視線を斜め上にすると、すぐ前にある椅子の背もたれの隙間を抜けて、机の物入れの中から覗く白い角が見えた。

「……封筒?」

 起き上がって制服についた埃をはたくのもそこそこに、それを机の中から取り出した。眩しいほど白い洋封筒。いや、いつもはこんなふうに人の物を勝手に見たりしないよ? わたしが気になったのは、こんな物珍しい――それこそ、ベタなラブレターにでも使われそうな――はがきサイズの封筒をどのような目的で使ったりするのかな、と気になったから。というかラブレターだと思ってました。しかし、どうやら違うらしい。封はされていないし、何かが入っているみたいだけど、それは手紙のようなものではない。残念。

 教室を見渡す。わたししかいない。ドアも閉まっていて外からは見えない。

 ここまでやっちゃったら、中身、見たいよね。というか見ないわけにはいかないよね。うん、ちょっとだけだから。神様も許してくれるはず。もうバチは当たらないはず。

 封筒の中に入っていたのは、六枚の写真だった。何人か、ウチの高校で見たことがあるような人が写っている。制服に身をくるみ、校内を友達を歩きながら談笑している茶髪の女子生徒(というか、正真正銘、千両さんである!)が中心のが二枚と、同じく制服を着ているけれど、どこか見慣れた道路で自転車を転がしている髪の長い女子生徒が二枚、今度は私服姿でどこかの商店街(おそらく坂月商店街だろう、この高校から割と近くにある)のまばらな人ごみの中を進むボブカットの女子の横顔が二枚。どこで見たかは覚えていないけれど、目にしたことがあるような気がするし、ここの生徒じゃないかな……多分。

 普通の写真と違って珍しいのが、全てカメラ目線ではないところ。だから自然な顔をしている。それに、ちょっと引いた位置から撮っているみたい。

 全部、可愛いめの女の人が被写体だし、これじゃあ、まるで、

「……盗み撮りをしているみたいだよねえ」

 むしろ、これを盗撮と呼ばなくてどうするんだ。この盗み撮り写真は洋封筒の中に収まっていた。そしてその洋封筒は机の物入れの中に入っていた。だから、その机の持ち主が盗撮犯もしくはそれに準ずる者になる。

 ――今日のわたし、何か冴えてるなあ!

 窓側の列、その一番後ろの席。犯人はクラスメートだ。さて、この席は誰だったっけ?

 わたしの頭を、やる気のなさそうな、だけど嫌いではない、むしろ愛着のある顔がふっと現れては消える。花川春樹。ハル。

「うそ?」

 気づくと、声が洩れていた。

 窓側の列、その一番後ろの席。そして一つ付け加えるのなら、堺さんの隣。

 バチが当たった。

 この封筒の持ち主は、ハルだ。



 ――月ノ輪祭まで、あと四日。

続きます。

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