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ユースフル!  作者: 幕滝
邂逅と回顧。
41/67

四.邂逅。

多分、前回の続き。

 それから、時は川のように流れていき、六月初旬。坂月高校。

 スクールバッグを肩にかけた腕とは反対の手で、コンコンと木製のドアをノックし、横に滑らせます。中では先生方がそれぞれの椅子に座って、おのがじし作業をしています。ここは職員室なのです。六時間目の前の休み時間ですけど、少し遅めの昼食をとっている方もいます。

 誰も私に気づいてくれていないようです。誰ともなしに、声をかけます。

「堺麻子と申します。楠居先生はいらっしゃいますか」

 すると、私から一番近い島の席に座っていた中年の男の先生――見たことがあると思ったら、なんと瑠璃枝先生です――が、奥のほうにいるよと教えてくれました。言われた通りに向かうと、半年前に見たそのままの姿である楠居先生が座っていました。近くまで来ると、彼は私に気づいてくれたようです。楠居先生は驚いたように私を見ました。

「おや。もしかして、堺さんじゃないのか」

「はい、そのもしかしてです。覚えていてくれたんですね」

 素直に嬉しいです。最後に会ったのは去年のことですのに。

「そりゃ、忘れられないよ。君と、あの花川さんのことはね。堺さんも僕のことを覚えていてくれたみたいで」

 あれから、花川さんとは会っていません。だから、どの高校に行ったのかも知りません。というかそもそも、学校説明会は中学三年だけが参加できるものではないので、年下だってありえるのです。

「はい。相変わらずですね、楠居先生も、この学校の雰囲気も」

 私は周りを見渡しました。

「学校の雰囲気……。そんなものあるかな。もしあるのだとしても、まあ、それは今学期までだけどね」

 ?

「なぜですか」

 ちょっと嫌な不安を胸に抱きつつ、訊きます。

「ん。いや、深い理由があるというわけじゃない。夏休みを利用しての改装工事を行うというだけだから」

 よかったです。登校日初日から学校が閉校されることを聞かされるんじゃないかとひやひやしました。

 楠居先生は思い出したように言いました。

「堺さん、僕のクラスだよね。今まで欠席していただけで」

「はい。一年六組です。昨日日本に帰ってきたところで、今日の午前中に荷物の整理などをしていました」

「今日ぐらい休んでいてよかったのに。疲れたろうし」

「いえ、私は元気ですよ。どちらかというと、楠居先生のほうが疲れているように見えますけど」

 心なし、笑いにも元気がなさそうですし。

 はああ……、と深い深いため息をついてから、楠居先生は言いました。

「また、ちょっとあってね。でも大丈夫、今回は君に迷惑をかけるつもりはないから」

 それから彼は職員室の壁にかかった時計にちらりと目をやりました。

「まだ休み時間は始まったばかりで十分だけだけど、学校を探索してきたらいい。次、六組の授業は僕の数学だし、多少遅れても大丈夫だからさ。転校生ではないけれど、君の紹介は月曜日でいいだろう。朝礼の時間を利用すればいいし」

「では、そうさせてもらいます。もちろん授業には遅れないようにするつもりです」

「真面目だねえ」

「よく言われます。――失礼します」

 踵を返そうとしたところで、楠居先生が思い出したように私を引き止めました。

「あ、そうだ、堺さん。別に今すぐじゃなくてもいいと思うけれど、一年八組を一度覗くことをおすすめするよ」

 それから、軽くウインク。

「……?」

 どういう意図があるのかはわかりませんが、それは八組に行けば分かることなのでしょう。またいつか、行ってみることにします。

 私はもう一度失礼しますとだけ言って、職員室を辞しました。

 廊下は右と左に伸びています。右側の廊下の途中で、女子生徒のグループがひとつ、雑談しています。左側は曲がり角の壁まで、誰もいません。

「……」

 では、左に進みましょうかね。

 特に理由はないんですけど。


 うっかりしていました。

 もうそろそろチャイムが鳴る頃だろうと思い、教室に向かおうとしましたが、六組の教室の場所を調べていないことに気づきました。それから探し始めましたのですけど、間に合わずチャイムが鳴ってしまいました。夢中になっているうちに、校舎の隅のほうにきてしまっていたみたいで、誰かに尋ねようにもできません。六組の教室を見つけたのはとっくに授業が始まっているだろう時刻でした。

 言い訳がましいですけど、中々見つけられないのもそのはず、一年生の教室は全て四階にあり、さらに校舎自体が縦に長いような形をしているので、反対の隅にいた私からは距離があったのです。

 普通なら遅刻です。

 でも、楠居先生に多少遅れてもいいと言われていましたし、そこまで気が重くなったというわけではないです。せめて授業の邪魔にならないようにと、静かに教室後方のドアを開き、中に入りました。楠居先生が黒板に方程式のようなものを書いているところを見ると、やはり既に授業は始まっているようです。少しざわついてはいますが、皆さん、集中しているようで私に気づいた様子の人はいません。教室を見渡し、たったひとつだけ空いている席を見つけました。

 一番後ろの席、窓から二番目の列。おそらくあそこが私の席でしょう。そことその隣の男子生徒の窓側の席だけが、机の群れでできた四角形から、ひょっこりはみだしたようになっていたので、障害なくたどり着くことができました。

 ――早速、数学の用意を。

 そう心の中でつぶやき、私はずっと肩にかけていたスクールバッグから教科書類を取り出し、机の上で開きます。さて、授業を受ける準備は万端です。楠居先生の数学、とても楽しみです。ちょっと青息吐息なのが気になりますけど。

 するとその時。にわかに声がしました。

「誰……君?」

 隣の男子生徒が私に話しかけてきたのです。少し驚いたような顔をしている彼。ただ、偶然だとは思いますけど――まとっている雰囲気が、半年前に邂逅した花川さんにとても似ていました。どうせ気のせいでしょうが。

 彼が、高校生として初めてお話する生徒さんになるのですね。

 私は少し笑みを含んだ表情をして、自己紹介をします。

「あ、はじめまして。堺麻子と申します」

 私の高校生活はここから始まるのです。

ありがとうございました。もうそろそろ文化祭のお話ですかね。

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