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ユースフル!  作者: 幕滝
卒業式でさようなら。
32/67

四.重い想いは淀み、すれ違い

前回の続き。

 幼馴染からメールが届いた。夏の日差しに汗ばむ手で、ケータイを操作する。今年のお盆も、泊まりに来ることができるそうだ。今から楽しみである。メールに続きがあるのに気づいて、下にスクロールさせる。すると『追伸』の二文字が現れた。続く言葉は、『卒業式の件について、どうしても調べたいんです』だった。

 なんのことを言っているのかは分かっている。……ああ、あまり好きじゃない日のことを思い出してしまった。一年半前の三月。わたし――玉依葵が坂月三中を訪れた最後の日のこと。


 最後の日だから、早めに起きて、クリーニングに出しておいた黒のブレザーの袖に腕を通し、学校に向かうことにした。今日は卒業式なのだ。

 誰もいない廊下を歩き、新鮮な気持ちに浸る。思わずスキップでもしそうなくらい心が弾んでいた。卒業式が終われば、更にもう一つ楽しみがあるのだ。花川少年とのデート! ウキウキした気持ちで教室に足を踏み入れる。他の教室には同じように早く登校していた生徒もいたけれど、このクラスの一番乗りはわたしみたいだ。

 誰もいない教室で深呼吸する。良いくらいに涼しい三月の空気。すごく静かで、まるでこの世界にわたししかいないみたいな気持ちになる。なんちゃって。

「…………え?」

 だけど、そんな気持ちは霧のように消えていった。黒板に乱雑に大きく、十数文字の記号とアルファベットが書かれているのに気付いたのだ――いや、正確に言うと、その文字の連なりが、わたしのやっているブログ『ユースフル』のURLだということに気付いたのだ。

 『ユースフル』のことはわたしの友達と幼馴染にしか教えていない。少ししか知らないのに、ここにそのブログの住所が記されている。ご丁寧にhttpから。――一体全体どういうことだろう?

 ひとまずわたしが最初にしたことはそれを消すことだった。そのままにしておけば、誰かの目に触れることを防ぐことはできない。わたしはこのブログの存在を大人数に教えるつもりはなかった。わたしの情報がたくさん詰まっているのだから。全く知らない人に見られるのはいいけれど、中途半端にわたしのことを知っている人に覗かれるのは勘弁だ。

 次にしたことは容疑者を絞り込むことだった。犯行時間は分からないが、朝一番に来てやったという可能性もある。それなら学校にいるかもしれない。まずは隣のクラスに向かうことにしたわたしだったが――そこででも信じられないものが目に飛び込んできた。

 この教室の黒板にも、わたしのブログのURLが同じように乱雑な字で板書されていたのだ。このクラスには既に二人の女子が来ていたが、黒板の文字列については気にしていない様子。ありがたかった。

 わたしは黒板消しを引っ掴み、跡が残らないまでに強く消した。藪から棒に現れては黒板の文字を消すわたしを見て、二人の女子は目を丸くしていた。わたしは逃げるように教室を退出した。

 部屋を出たところで、一つの嫌なポシビリティーが頭に浮かんだ。――二度あることは三度あるという。二つの教室に残されていた文字たち。それならば、三度と言わず、他の教室全てに同様の悪戯がなされているのではないだろうか? 

 わたしはすぐにその隣の教室を覗いた――すると残念ながら、予想に違わず、ここの黒板にもURLが残されていた。ぼちぼち、生徒が登校してきている。他の教室にもあるのなら、さっさと行動しないといけない。

 それからしたことは他の教室を回って黒板の文字を消していくことだった。犯人はしっかりと、全ての三年生の教室の黒板に書き残していったのだ。焦っていたから、いちいち教室にいた人なんて覚えられない。

 全部を回ってから、わたしは水道に向かった。七クラス分、黒板一杯に書かれた文字を消したのだから、ブレザーの袖の色は十分前のそれと逆転していた。手も同じようにチョークの粉に覆われていた。三月の汚い雪を水で流しながら、わたしは頭の中で、次にどうするかを考えていた。

 ――だって、流石に許せないじゃない、こんなこと。それも卒業式の日にするなんて。いくらわたしでも、頭に血が上るのを止められない。もし、誰かがわたしの目の前にやってきて、『自分が犯人です。ですがこれにはれっきとした理由があって――』などと言われても、その顔面にストレートをお見舞いしてやる。

 冷静になって考えてみれば、容疑者はそこまで多くない。ブログの存在を知っている人に限られてくる。えーっと、ざっと十人程度だろうか。特に仲の良い女友達だけに教えていた。この手の込んだ悪戯をすることができたのは彼女らのみ。だけど、人の深奥を見透かすことはできないとは思うけれど、皆、こんなことをするような人じゃ、絶対ない。

 ……ああ、こんなところがダメなのかなあ。もっと客観的に考えないといけないってまた花川少年に言われそう。

 ――あ、そうだ、花川少年だ! 彼なら、この許せない悪戯の犯人を突き止めてくれるかもしれない!


 卒業式は驚く程滞りなく、そしてあっけなく終わった。わたしのピアノも抜群に上手く出来た。小菊先生に頼んだことも、結局は良い方に転がったらしい。つまり人に迷惑がかからない側。花川少年はわたしの期待通りに楽譜の入れ替えに気づいてくれたのだ。

 本当に花川少年に言わなければならないことが多すぎて困るなあ。まずは楽譜のお礼。その次に今日あった許せないこと。それから……引越しをすること。いつか言おうと思って引き伸ばし続けていた。引越し先は県内だけど、ここから距離がある。会おうとしなければまず会うことは出来ない距離だ。わたしの進学もあって、気軽に会いにいくのは難しくなりそうである。

 皆と最後に何十枚も写真を撮って、これからも遊ぼうなど叶わないであろう約束してから、わたしは帰宅した。お昼ご飯を食べ終わってからも、花川少年との約束の時間まではまだ余裕があった。だからわたしは、ブログの内容を変更することにした。あまり人の目に触れてないとは言え、やっぱりそのままにしておくのは嫌だったから。わたしは、一時間程度かけて、ブログの全ての記事を書き換えた。というより、記事の中身を空白にして読めないようにした。そうした理由は、この『ユースフル』を形だけは残しておきたかったからと、皆からのコメントを消したくはなかったからだ。

 その作業のついでに、今までのコメントを眺めてみる。そうして思い返される。記念すべき最初のコメント、色々なペンネーム、多くはないけれど、定期的に覗いてくれる人もいた。そんな人に対しては申し訳ない気持ちで一杯だ。その中の、一人のあるコメントでわたしは目を留める。つい先日にくれた、『ツバキ』という人の変わったメッセージ。『ツバキ』さんは、最初のほうによく顔を出してくれていた人だ。最近までご無沙汰していたのに、くれたと思ったら忠告のようなものをよこした。

 内容は、驚くべきものだった。記事の少ない情報で、到底思いつかない推理を披露してきたのだ。ちなみに、わたしは彼女、もしくは彼をあまり良く思っていない。散々、上から目線で語ったくせに、その推理は外れていたのだ。騙されたとも言える。外れているなどを気にしなければ、まるで花川少年が書いたような――うん?

 一つ、嫌なことを思いついてしまった。

 花川少年の妹の名前は『椿』という。黒髪に映える白の髪飾りが印象的な娘だ。そしてこのメッセージもツバキ。……果たしてこれは偶然なのだろうか。両方が『つばき』に関係のあり、さらに驚くべき推理を展開することが出来た。

 わたしの推論は――考えたくはないのだけれど――この二人は同一人物で、花川少年は妹の名前を借りて、『ユースフル』にコメントを残している。それが正しいのならば、間違った答えをわたしに教えて、恥をかかせたことになる。どうやってこのブログの存在を知ったのかは定かではないけれど、人の口に戸は立てられないというし、どこかから漏れたのだろう。

 ……待って。それなら。

 今日、黒板にURLを書き残していった人は、彼になるんじゃ――だって彼は字が綺麗じゃないし、もしかしたら長い付き合いの中で知らず知らずのうちに彼に迷惑をかけていたのかもしれないし。

「…………」

 わたしが早く登校しなければ、あの数文字は全校生徒に知れ渡っていた。例え、お茶目な悪戯だったといえど――チョークの粉で真っ白になったブレザーの袖を思い出した――いくら花川少年でも、それは許せないよ。

 信じていただけに、それは……それは。


 今日は病み上がりだった。

 三日前に風邪を引いてしまった。六時過ぎまで冷たい風が吹き晒す駅前で玉依先輩を待っていたからじゃないかと思う。結局あのまま玉依先輩は来なかった。あの人が約束を破るなんて思いもしなかったが。

 三日経って、風邪が収まってきた頃、僕は玉依先輩の家に向かうことにした。どうして来なかったのか心配したからだ。もしかしたら彼女も風邪を引いたのかもしれない。

 玉依先輩の家は僕の家から十分有るか無きかの場所にある。到着して、違和感を覚えた。異様にひっそりとしている。インターホンを押してみるが返事はなかった。幾度目かのチャイムを鳴らしたとき、僕のケータイから着信音が流れた。

 見ると、楢からだった。連絡先を交換してから初めてのメール。今はそれどころじゃないのだけど、いちおう目を通しておくことにした。件名もない彼女らしい無粋なメール、その本文を読んで、僕は目を見張った。目を疑った。

 要約すると――玉依先輩は二日前、引越しをした。このことは卒業式が終わって数日経つまで秘密にしてくれと頼まれていたから、僕には言えなかったらしい。引越し先は楢にも知らされていないそうだ。

 ぽっかりと胸に穴が空いたようだった。返信する気にはならなかった。

 自転車に乗っていく気分になれず、僕は自転車を押して帰りながら、深々と後悔した。

 中学校に来ないで欲しいと口では言いつつも、玉依先輩は遊びに来てくれると信じていた。ほぼ毎日話していた僕だったら、彼女の変化に気づくことができたのではないだろうか。いつでも会えるのに、玉依先輩がわざわざ周りに迷惑をかけてまで中学校にいる時間を伸ばしたいと思ったのは、このことが理由なんじゃないだろうか。あんなに言葉を交わしたのに、僕は玉依先輩の連絡先も知らないし――ケータイを持っていないとしても、僕から教えることはできたはずだし――、引越し先がどうこう以前に、引越しをすること自体初耳だった。

 僕は、彼女をほとんど知らなかったのだ。どうして三日前に待ち合わせ場所に来てくれなかったのか、それも聞けてないのに。

 どうすれば会えるのだろうか。

 考えているうちに口から言葉が漏れていた。

「それと、根本的に……」

 ……どうして、玉依先輩は『さようなら』も言わずに行ってしまったのだろう?

ありがとうございました。


これ、よく考えたら卒業式の話じゃないですね……。

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