表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユースフル!  作者: 幕滝
卒業式でさようなら。
31/67

三.卒業式でさようなら。

前回の続きです。解決編。

 今度は体育館で監督を始めた小菊先生のもとへ向かう。働くと言ったくせに、楢は僕についてきた。

「小菊先生」

 僕が呼ぶと、小菊先生は腰に両手を当てて睨んできた。

「花川。先生は先生がいなくても皆がちゃんと自分たちで動いてくれると思ったから、外でしたくもない掃除をしていたんだ。なのにあんたは。他の人たちは自分で判断して動いているんだよ」

 それから僕の後ろで隠れるようにしている楢を見て、

「あんたもだよ、楢。本当に二人はそっくりなんだから」

 いつかも言われたことがあるけれど、どこが似ているのか分からない。

「すみません。わたしは花川くんが椅子に座ってサボっているのを止めようとしていたのですが……」

「わかったからわかったから。泣くな泣くな。ほら、花川のせいだぞ」

 何嘘ついてんだ。そのおかっぱをはたいてやろうか。楢とそっくりと言われたのも気に入らないし。

 まあ、怒られるのは分かっていたことだ。僕は先生が言葉を切ったタイミングを狙って言う。

「ちゃんと反省しています。ちゃんと働きますからその前に、訊きたいことがいくつかあるんですけど」

「訊きたいこと?」

 小菊先生が繰り返す。一体、誰が楽譜を入れ替えたのか。まずはこの体育館が先程まで誰も入ってないか確かめる。

「この体育館の鍵を開けたのは先生ですよね。六時間目が始まるとき」

「もちろん」

「五時間目は体育館って使われていましたか?」

 小菊先生は少し考えるようにしてから、かぶりを振った。

「ないね」

 よかった。これで体育館に侵入できる時間をしっかりと固定できた。

「ここに来てからは何をしていたんですか」

「入口近くで掃除していたぐらいだね。あ、いや、その前に、全員集めて何をするのかを説明していた……あ、お前その時いなかったな?」

 痛いところを突かれた。後ろで楢がクスリと笑った。強引に次の質問に移る。

「そ、それはそうと、入口で掃除していたのなら、出入りした人とか覚えていますよね」

「うん、完璧。入っていった人ばかりで出て行った人なんていないから。そうか花川、先生が掃除を始めてからこの体育館に入ったんだな? 遅刻としてチェックするぞ」

 また痛いところを。それにしてもひどいな小菊先生。僕ばっかり責める。楢もいたのに。

「では最後に、クリアファイルを持っていた人とかいませんでしたか?」

 小菊先生の眉がわずかに寄った。大方、どうして何度も変わったことを訊くのかと思っているのだろう。しかしそれでも考えてくれたらしい。数秒後、小菊先生は断言した。

「いなかった」


 ステージの反対側、大量のパイプ椅子をしまった倉庫へと続く生徒の列に並ぶ。列が進む毎に倉庫からパイプ椅子を持って生徒が出てくる。時には友人とお喋りしながら。またある時には無言で一度にいくつも運びながら。

 そして僕の番が来た。倉庫の中に入って、折りたたまれているパイプ椅子から一つを持ち上げ、体育館の、まだパイプ椅子が置かれていない場所まで持っていく。後ろからついてくる楢に言う。

「楢、誰が楽譜を盗んだんだと思う?」

 ちなみに一枚しかない『旅立ちの日に』、『トルコ行進曲』は元あった場所に戻しておいた。単に邪魔だったから。また小菊先生に何か言われるかもしれないし。

 楢は短く答えた。

「知らない」

 大人みたいな言動をする楢だけど、背は決して高くない。男子としては平均程度の僕より拳いくつ分か低いし、腕は細い。見た目だけで言うのなら体躯は子どもだ。それなりの重さがあるパイプ椅子を運ぶのは思いのほか難しいことなのかもしれない。

 とはいえ、身体が細いのは僕も同じ。パイプ椅子を運び、開いて並べる。僕は自分が設置した椅子に腰を下ろした。楢も自分が置いた椅子の上に座り込む。いつの間にか小菊先生は倉庫からパイプ椅子を外に運び出して生徒に渡す仕事に熱中しているので、バレやしないだろう。

 いちおう働いたしな。

 頑張ったし。

 それでは。

「…………」

 僕は腕組して瞑目した。一体、四組の誰がこんなことをしたのだろうか?


 頭に衝撃を感じて目を開けた。頭頂部を押さえながら後ろを振り向くと、目の前に天然パーマの小菊先生が手を手刀の形にしてこっちを見下ろしていた。

「全部終わったぞ。あんた、結局一つしか運んでいないじゃないか」

 横に目をやると、楢は口元に手をやっていた。笑っているらしい。僕が黙り始めてからずっと横で何も言わずにじっとしていたことはありがたかったけど、どうして楢だけお咎め無しなのかは頭に来る。

 今はそんなことどうでもいいか。

 チョップされる数十秒前に推理は完成していた。あとはどうやって話をまとめるかを考えていた。……それと、もう少しサボれたらいいなあ、とかも考えていた。

 周りを見れば、既にクラスメートたちは出入り口に向かっている。僕は小菊先生に言う。

「小菊先生、知っていますか? 誰かによって『旅立ちの日に』と『トルコ行進曲』の楽譜が入れ替えられていたんです」

 小菊先生は問う。

「大丈夫なのか、それ。楽譜はどこにあるんだ? 音楽の先生が持っていたらいいけど……」

「ええ、大丈夫です」

 僕は椅子から立ち上がって間にパイプ椅子を挟んでいる状態で先生と向き合う。

「でもまずは大切なことから言うべきでしょう」

 僕は僕より背の高い小菊先生を見据えた。

「卒業式は卒業生にとって生徒として学校にいられる最後の日です。そんな日にアクシデントを起こそうとするなんて、『先生』以前に、人として駄目です。……でしょう、小菊先生?」

「小菊先生が犯人なの、花川くん?」

 楢を見ずにコクリと頷いた。

 小菊先生は息を吐いて、下を向く。天然パーマの頭をかいて、

「バレちゃったかぁ……。花川くんはともかく、他の人がいるところでバレるわけにはいかなかったのに。悪いことをしたと思っている。あんたの言う通り、人間失格だな。――何なら最低だ、と罵ってくれてもいい」

「いえ、まずは僕の話を聞いてください」

 素直に認めたことに僕は胸を撫で下ろした。単純そうだが、朴念仁というわけではないらしい。僕は、罪を認めたからではなく、先生を責める気にはならなかった。

 クラスメートが僕たちを残し全員出て行き、僕と楢と小菊先生だけが取り残された体育館に僕の声が響く。

「体育館が開いていた時間からして、楽譜を入れ替える機会は一瞬しかありません。僕がここに来たときには既に『トルコ行進曲』に替えられたあとだったんですから。この条件で、犯人は問題を二つ抱えることになります」

 思考を小菊先生のチョップで邪魔されたことは否めないが、どのように話すかはある程度決まっている。

「ところで、パイプ椅子は倉庫から遠いところから並べていくんですよね。つまり、ステージ側から。まあ、奥からやったほうが楽ですからね、当然でしょう。ここで問題になるのは、ピアノがステージ近くにあったことです」

 小菊先生は僕を見て無表情のまま何も言わない。僕は人差し指を立てた。

「初めにピアノ近くを椅子が埋めていく。だからもちろん、人はそこに集まります。その時に楽譜を入れ替え、そして処分するというのは難しいことなんじゃないでしょうか。他の生徒たちに見つかる可能性がありますから。これが問題その一です」

 パイプ椅子が運ばれたあとだから、僕と楢はグランドピアノの近くで先生に邪魔されるまで話をすることができたのだ。

 続いて中指も立てた。

「次。楽譜の持ち込みです。僕、昼休みにここに来ていたんです。そのとき、楽譜が入ったクリアファイルはありませんでした。今日の昼時点でなかったものだから、犯人が持ち込んだものです。でも、犯人はどうやって持ち込んだのか? 制服の下に仕込むのはちょっと難しく、あらかじめ体育館内に置いておくことはできません。玉依先輩がピアノの椅子の上に置いておくことなんて読めるはずがないんですから。これが問題その二です」

 僕は指を立てた手を拳にする。

「では、その両方をクリアできる人は? そんな人は一人しかいません。それがこの体育館を開けた小菊先生です。あなたなら、生徒が来る前に鍵を開けて先にすり替えることもできるでしょうし、生徒が作業を始めてからも、誰からも疑問を持たれずに遂行できるでしょう」

 犯人が四組のメンバーだということは間違っていなかったわけだ。

「確かにできるな」

 小菊先生がそう応答した。

「じゃあ、分かっているらしい花川に訊くけれど、『旅立ちの日に』の楽譜はどこに消えたんたんだと思う? この体育館にあるのだけど」

 こんな風に挑戦的に訊いてくるということは……なるほど。

 僕は床を指差した。

「この体育館全体に敷かれている、シートの下じゃないんですか?」

 シートはもちろんのこと、何枚も使っている。体育館の床全体を覆えるほどの大きさのわけがない。楽譜を手に入れられれば、しゃがんでシートの切れ目を持ち上げて下にすべり込ませるだけで隠すことができる。それに先生がわざわざ訊いてきたということは、卒業式という機会にしか隠すことができない場所ということだろう。それ以外――例えばステージの幕の裏とかならば、わざわざ訊いてくるとは思えない。

 僕が言うと、小菊先生は、ふふふ、と笑った。小菊先生は髪をかきあげた。

「ご名答。当たりすぎていて笑えてくる。……だけど」

 小菊先生は余裕の表情で僕をじっと見つめた。

「――先生の動機まではわからないだろう?」

 動機。

 先生の立場があるのに、卒業式を邪魔しようとした、その動機。

 これを考えていたから、僕は犯人である先生を責める気にはならなかったのだ。僕はゆっくりと言う。

「自信はそれほどありませんが、――『玉依先輩に頼まれた』に〇,五フラン賭けます」

 ちなみに僕はフランの為替レートも曖昧だ。

 僕の言葉を聞き、小菊先生は一歩後ずさった。

「怖いな、花川」

 本当に怯えているようだった。

「先生が生徒に、大人が子どもに言ってはいけないのかもしれないけど、恐いよ」

 つまり、僕の推理は当たっていたのか。よかった。

 僕は内心で胸を撫で下ろし、外面では平生と同じように淡々と話す。

「そんなことないでしょう。こんなの、理屈を話せばすぐに馬鹿らしくなりますよ。タネがバレているマジックのように」

 さっきから黙りっぱなしの楢は興味がなさそうにステージのほうを向いていた。

 僕は説明する。……と言っても長くはない。

「だって楽譜の存在を知っている人は限られていますから。玉依先輩は椅子の上に楽譜を置きっぱなしにしていました。しかしピアノ椅子の上にある楽譜に何人の人が気づくか。それと――」

 僕は指を一本立てた。

「あればびっくりするでしょうが、別段必要のない『トルコ行進曲』をわざわざ用意したということは、計画的な犯行です。昼休みから今までの間で準備して、入れ替えることができる人間というのは、玉依先輩ぐらいなんです。僕は楽譜を持っていませんし。だから、玉依先輩が小菊先生にそうするように頼んだのだと思いました」

 僕はそこで軽く肩をすくめた。

「でも、僕が予想できるのはそこまでです。どうして玉依先輩が頼んだのかまでは流石にわかりません。どうしてなんですか」

 小菊先生は楢をチラリと見て、少し考えてから、

「さっきも言ったけれど、本当は花川以外には知られたくなかったんだ。玉依に花川少年になら教えてもいい、と言われたから」

 楢は無表情でステージに目を向けたまま、耳を両手で押さえた。

「今なら何も聞こえませんよ」

 苦笑いする。小菊先生に気を使うのであれば、外に出ればいいだろうに。自分も聞きたいということか。

 小菊先生も苦笑しながら、

「まあこれで、約束は守れるな。じゃあ、楢にも悪いし、さっさと話そう」

 パイプ椅子に座る楢はじっと前を向いたまま。瞬きさえしない。植物みたいだ。まさにナラだな。

「五時間目も始まるという頃、玉依が理科室にやってきた。何でも誰からか先生の担任するクラスがパイプ椅子を並べる係を任されたということを聞いたらしい。それで、バレたときは全責任を負うから、『旅立ちの日に』の楽譜をどこかに移してほしいと言ってきた。先生も先生としての立場があるし、他の生徒にも悪いだろう。だから、断るつもりだった。だが、いちおう理由を尋ねたんだよ。それで気が変わって、協力することにした。……花川、お前に関係することだよ」

 小菊先生はそこで言葉を一旦切ってから、理由を口にした。

「『一秒でも長く花川少年の先輩でありたい』だそうだ。楽譜がないというハプニングが起きれば、卒業式の終わり――この中学の生徒である時間がわずかに伸びる。その雀の涙ほどの時でも、とのことだ」

 僕はピアノ椅子に座り、うつむく玉依先輩を思い出した。

 先生は笑みを浮かべて、

「感想は?」

 そんなことを問われても。僕は昼と同じようなことしか言えなかった。

「卒業しようが、僕の先輩であるのに変わりはないのに」

 本当に迷惑をかける先輩だ。僕だけでなく、下手すれば中学校の人全員を巻き込むことをするなんて。

「小菊先生。一つ教えて欲しいことが」

 どんなに考えても分からなかったこと。

「玉依先輩はどうして『トルコ行進曲』を選んだのですか?」

 小菊先生は笑って、

「ただ、手元にあった楽譜がそれだけだった、というだけみたいだぞ」

 なんだそれ。特に考えもなかったのか。道理で分からないわけだ。

 と思ったら、話が続く。

「玉依にとって、これは一種の賭けだったそうだ。別に楽譜は入れ替える必要なんてなかっただろう。ただ誰かに盗られたで済んだのに、わざわざ別の楽譜を用意した。曰く、『もしかしたら彼が異変に気づき、わたしの馬鹿らしい悪戯を止めてくれるかもしれないと思ったから――止めてくれるかもしれないと信じていたから』、玉依はわざわざ六時間目の前にすり替えるように先生に頼んだ。自分のしたいことと周りにかける迷惑とに板挟み状態になっている彼女なりの選択だったんだろう。――先生も玉依とは特に親しくしていたからな、最後くらい願いを叶えてあげたかったんだ」

 そうして、告白は終わった。

「……終わったかしら」

 聞かザルの姿勢でいる楢が呟いた。僕がそれに返事をすると、彼女はだらりと腕を下ろす。

「やっぱり聞こえているんじゃないか」

「あら、なんか言った?」

「…………」

 とぼけるのが下手すぎる。


「それにしても、花川くん?」

 体育館から教室に戻る途中、楢が言った。小菊先生は職員室に寄ってから来るらしいから、別ルートで戻っていった。

「小菊先生が犯行を否定し続けていた場合、どうする気だったの?」

 いつものことだが、あまり知りたがっているようには見えない。

「ああ、それか。保険があったよ」

 本当は人を引っ掛けるというのは好きじゃないのだけど。

「最初に僕が小菊先生に言ったのは、楽譜が入れ替えられたということだけだ。なのに、あの先生は、『大丈夫なのか』と訊き返してきた。この人は何の話かわかっているのだと確信したよ」

 楢は顎に人差し指を当てて、平坦な口調で言う。

「確かに不自然だったわね」

 それから話題を変えてきた。ポケットからケータイを取り出して、

「花川くん。わたし二ヶ月程前にケータイを買ってもらったの。電番押してくれないかしら? あとついでに玉依先輩のも」

「言うのが遅すぎないか?」

 二ヶ月前って……。

 それに玉依先輩の連絡先は知らない。あの人、ケータイ持ってないし。


 今日は学校が休みだった。三年生の卒業式があったから。その卒業生の中に、僕とよく話す先輩がいる。その先輩にどこかに行こうと誘われ、僕は今、こうして待ち合わせ場所である駅前にいるのだった。

 上は紺のスウェット。下は何の工夫もないジーパン。もう春が目前とはいえ、少し寒い格好だった。余分な物は持って来ず、必要最低限で済ませたため、僕の持ち物は、なけなしのお小遣いが詰まった財布とケータイだけしかない。身軽だ。

 坂月駅前。絶えず人と車、たまに電車の騒音がする中、僕は一人で突っ立っている。ケータイをポケットから取り出して時間を確認する。三時数分過ぎ。約束は三時だから、ちょっとばかし来るのが遅いな。でもまあ、あの人は時間にルーズだし。多少、迷惑をかけられるのは慣れている。それに迷惑をかけられるのは、これで最後になるかもしれないのだ。

 肝心の目的地だが、これは僕がしっかりと考えてきた。一日しかない猶予で考えたのだから、少しだけお粗末な部分があるかもしれないけれど、プランは完璧……なんじゃないかと思う。

 賑やかな駅前。過ぎていく人々。それを何ともなしに眺める。何かを待っているのはどうやら僕とバス停で列を作っている人たちだけみたいだ。小学生の頃の同級生に、人を待つのは好きだと言っていた物好きがいた。でも僕はそいつみたいに人を待つのは好きじゃない。こんなところで一人、手持ち無沙汰というのは辛い。玉依先輩の連絡先は知らないから、どれくらい遅れるのかも訊けないし。

「…………むっ」

 人の隙間を縫う冷たい突風に身を震わせる。

 ……玉依先輩、早く来ないだろうか。

続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ